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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第十話 ナナバ荒野(4/6)

「死刑より重い刑罰ってなんだ?」


 再び動き出した馬車の中でポークは聞いた。


「あら、あんた知らないの。あれでしょ、前にポニーさんが教えてくれたはず。拷問監獄アリュカトレイズ」

「アリュカトレイズ。ああ、エスペルランスが攻略した遺跡にそんなのがあったような」

「そうそう。元は古代遺跡だったものを改築して、今は監獄として使ってるんだって。収監されると、凄惨な拷問で死ぬまで責め続けられるらしいの。政治犯や犯罪組織のメンバーから情報を引き出す目的で作られたみたいね。収監されるのは極悪人ばかり。それまで最高刑だった死刑を上回る刑罰として悪人どもを震え上がらせたそうよ。あー、怖い怖い。四人も殺したら絶対アリュカトレイズ行きよねー」


 説明しながら、ちらちらとアルトを見るココロ。

 アルトが生意気な態度だったので威圧しようとしたのかもしれない。

 しかしアルトはまったく怯んだ様子も見せず、木箱の縁を枕にしてあくびをした。

 ポークやココロは眼中にないようである。

 ポークはアルトが馬車から逃げられないように出入り口を塞いで座った。

 まるで蒸されているかのように馬車の中の空気が重苦しくなっていった。



 アルトの襲撃から五日が経った。

 初日こそ無口だったアルトだが、食事の量を増やせといった要求に始まり、今ではポークとココロの何気ない会話にも茶々を入れるようになった。


「なぁ姉ちゃん、オレたち試験受かると思うか?」

「あたしは余裕。野菜の魔術師だもん。才能の塊だし、受からせなきゃ審査員はクビよ。あんたはねー、格闘とかが試験にあればチャンスあるかな」

「はっ、豚とサラダが魔学舎に入れるわけねーだろ。お料理教室じゃねーんだぞ」

「サラダ……あたしがサラダ……しゃきっと歯ごたえ超おいしい……」


 アルトにあだ名をつけられて頭を抱えるココロ。

 ライチェ村で甘やかされてきたためか、意外に凹みやすい。

 ずけずけと物を言うアルトとの会話は新鮮だった。

 ライガードからはあまり深くかかわるなと言われているが、狭い馬車の中そうはいかない。

 年齢も近いためどうしても会話が弾んでしまう。

 すると今まで自業自得だと思えていた拘束もなんだか憐れに見えてしまうのだ。


「あー、痛ぇ……」


 たまに漏れる声に同情してしまう。

 手首も足首もきつく縛りすぎて痣になっている。

 もちろん緩めたりはしない。

 彼女は強く狡猾だ。

 一瞬でも隙を見せれば首と胴体がさようならするだろう。

 魔学舎に行けば優秀な学生になるだろうな、と思ったがそれを口にしてはいけないと理解していた。

 ポークは裕福な国に生まれ、裕福な家に育った。

 彼女の出身地タルタンは極貧の紛争地域と聞く。

 人を殺さなければ食べていけない者もいるだろう。

 学校なんて夢のまた夢なのだ。


「なーなー豚野郎。お前からあのジジイに言ってやってくんねーか」

「何を」

「こんなか弱い子をだな、監獄送りにするなんてありえねーから。もう襲わねーから助けてくれって」

「アルトがか弱いとは思えないけど」

「なんだよ褒めんなよ。まーたしかに俺はザンギャク団の中でも強いほうだぜ。けっこー殺したしな。でもまだ若いんだ。更生するかもしんねーじゃん」

「もしアルトを助けたらもう人を襲わない?」

「殺しは控えるよ。半分にする。半殺しだな」


 話にならない。

 ポークだってこの国の法に詳しくはないが、他人を傷つけてはいけないなんて常識として教わるものだ。

 少なくともライチェ村ではそうだった。

 タルタンとドリアン王国では根本的な価値観が異なるのかもしれない。


「やっぱりアルトは一回捕まるべきだと思うよ。もしかしたら若いから許されるかもしれないし」

「んなわけねーだろ。奴らザンギャク団の尻尾を掴みたがってる。仲間の居場所を吐かせるために、アリュカトレイズでぐちゃぐちゃに刻まれるね」

「刻む?」

「いかれ野郎の巣窟だからな。死なねーように調整して手足を少しずつ刻んでいくのさ」


 気の毒な話だ。

 楽に殺してくれと願う気持ちもわかる。

 ポークだってそんな拷問を受けるくらいならば死んだ方がマシだと思うかもしれない。

 だがアルトは人殺しだ。


「悪いけど助けられないよ」


 ポークが断言すると、アルトはちっと舌打ちしてつまらなそうに目を閉じる。

 ふて腐れてしまったようだ。


 しばらくすると前触れもなく馬車が止まった。

 ポークが幌から顔を出すと、ライガードが「槍を」と言った。

 緊急事態か。

 ポークは棺のように長い荷物箱から槍を取り出してライガードに手渡した。


「見えるか」

「なんだあれ、虫?」


 ライガードが槍で指した雲の辺りに、小さな黒い点があった。

 鳥であれば羽ばたきや伸ばしきった翼が見えるはずだがそれがない。

 高速で羽根を動かしているのであれば虫で、あの高度にいるのであれば魔物だろう。


 黒い点は凄まじい勢いでこちらへ向かってきた。

 するとそれは丸々と太った蜂であることがわかった。

 黄色と黒の縞々で、尻先の針は調理用ナイフくらいの大きさである。


「蜂の魔物、ビックリビーだ。行動範囲が広く、大陸全土に出没しよる。奴らの作る蜂蜜は忘れてしまった記憶を呼び起こす作用があると言われ、年老いた貴族に薬として使われる。奴らが集めるのは花の蜜じゃない。熟しきった果実だ。それに酒、果実酒も好きだ。最近、葡萄酒の運搬車が立て続けに襲われる事件があった。どうもこの馬車に酒が積んであると勘違いしているようだな」


 ライガードがビックリビーに向けて槍を構えた。

 ビックリビーは槍の届かないところに静止し、こちらの様子を窺っている。


「強いの?」

「針は猛毒だが、単体なら大したことはない。だがこの通り、こちらの攻撃範囲を理解するくらいには知能がある。空へ攻撃する手段がないと対抗するのは難しいだろう」

「石投げようか」

「いや、いい。すぐに仕留める。槍よ、火を纏え」


 ライガードの持つ槍が火にくべたような夕焼け色に変わっていく。

 その周囲はうっすらとした青い炎で纏われている。

 ライガードは槍を脇に構え直した。


「燃やし尽くせい!」


 薙ぎ一閃。

 炎は扇状に広がりビックリビーにぶつかった。

 炎を浴びたビックリビーはぎぃぃと奇声をあげて暴れ、羽根が溶けて地に落ちた。

 すかさずライガードが頭を突いて、動かなくなる。


「すげえな。あっと言う間だ」

「それほど危険な魔物でもないからな。ココロならもっと簡単に倒せたかもしれん。鞭は間合いが測りにくい。だが万が一の事故もないようにやらせてもらった。すまんな」


 振り返るとココロが蔓の鞭を手にして悔しそうに頬を膨らませていた。

 狩る気満々のわっくわくで出てきたのだろう。


「残念だったな姉ちゃん」


 ポークはココロの肩を叩いて荷台に戻った。

 するとアルトが「ビックリビーか」と聞くので、「そうだよ」と答えた。

 アルトは身体を伸縮させて動き、積み荷の木箱に背を当てる。

 久しぶりにまっすぐ顔を見た。


「奴らの巣を発見できればいい金になる。ジジババどもにあの蜂蜜がよく売れるんだ。だから一匹は生きて返せ。逃げていく方向を記録しろ。絶対に全滅させんなよ、もったいねぇ」


 ポークは驚いた。

 なんだかアルトが熟練した冒険者に見えたからだ。

 考えてみれば、野盗生活は冒険者以上にサバイバルだ。

 気軽に町で買い物もできず、野宿が基本。

 魔物も人間も敵に回している。

 相応の能力がなければ務まるはずがなかった。


「すげえな。どこでそんな知識を得たんだ」

「知識って、常識だろうが」

「残念だけどビックリビーは一匹しかいなかったから、もう倒しちゃったよ」

「一匹? いやいや、そんなはずねーだろ」


 アルトが否定したそのとき、ココロの絶叫が聞こえてきた。

 急いで外へ出ると、空に黒い点が群れをなしていた。

 見た感じだと五十弱といった数だ。


「冬なら単体もあり得るけどな、この時期のあいつらは群れるんだよ」


 荷台からアルトの声がした。

 群れるにしても数が多すぎる。

 ライガードもこの数に襲われるのは想定外だったのか、汗を浮かべて固まっていた。

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