第十話 ナナバ荒野(3/6)
「あー、クソ。いい感じの獲物が通ったと思ったらそこそこの手練でやんの」
程よく筋肉のついた太めの腕をしているが、声の感じからそいつは女性と思われた。
厚着しているためボディラインは確認できない。
冬着のような外套の下には短剣の他、騎士の使うような剣も隠してあった。
みすぼらしい風体の少女には不釣り合いな、装飾の施された長剣だ。
「それはドリアン魔術兵団の紋章。貴様、軍から盗んだか」
「ああ、この剣? 盗んだんじゃねぇ、ちゃんと殺して奪ったよ。換金できねぇから使ってるだけだ」
「……外道が」
「よせよ、照れるぜ」
話をしながら少女は軽快なステップを踏んでいる。
対照的にライガードは槍の穂先を少女に向けてどっしりと腰を落としている。
これは訓練でも狩りでもない。
命の取り合いだ。
ポークの膝は震えていた。
もし今野盗の少女と立ち会ったなら、簡単に首を飛ばされる気がした。
ライガードが動く。
一歩踏み込み、少女の胸部を突いた。少女は半身になって槍をかわすと、下を潜るようにして距離を詰めた。
同時に短剣を投げる。
ライガードは槍を手放し、投げつけられた短剣を指で止めた。
少女はやはり早かった。
ライガードが反撃に出るよりも早く、その顔面に軍の長剣で斬り込んだ。
ライガードは歯で止めた。
にやついた少女の表情が絵の具でも塗ったように青ざめた。
それはそうだろう。
ポークも開いた口が塞がらない。
この歳になっても虫歯がないんだと歯茎むき出しにして自慢していたライガード。
毎晩寝る前に小枝と水でいじめるように歯を掃除していたライガード。
ライガードの歯は頑丈だねと褒めたことはあるが、まさかこんなふうに役に立つとは誰が想像しただろうか。
一瞬の後、ライガードは少女の腹部にパンチを決めた。
それで決着だった。
少女は呻き声を漏らし、今度こそ本当にうつ伏せになって気絶した。
「ココロ、ロープを持ってこい」
ライガードは荷台に積んであったロープを受け取ると、少女の手足を何重にも縛った。
二本の剣はココロに渡し、箱に保管するように指示した。
ポークはまだ心臓が高鳴っていた。
ポークの知る冒険譚に登場する敵は大抵が魔物だった。
人間、しかも歳の近い少女に命を狙われるなんて想像もしていなかった。
なんだか吐き気がした。
ココロを殴ってしまったあの日から、人を傷つける想像をするだけで胸が苦しくなる。
だが現実として彼女のような人間に襲われたとき、反撃しなければ殺されるのだ。
あまりにも理不尽な現実。
冒険の過酷さを思い知った。
「……怪我がなくて良かった。そういえば、数年前から王都周辺で野盗が出るという噂があったな。こいつの仕業かもしれん」
ライガードは少女を抱きかかえて馬車の荷台に乗せ、それから少女の来た岩壁に目をやった。
「仲間がいないとも限らん。まずはここを離れるぞ。二人は追ってくる者がいないか、注意して見ていてくれ」
再び馬車は歩みを進めた。
ポークは人の隠れられそうな岩肌や丘を注視したが、誰かが追ってくる様子は見られなかった。
少女が意識を取り戻したのは彼女の隠れていた岩壁が見えなくなるくらい時間が経ってからだった。
馬車が石に乗り上げた振動で床に頭を打ったようで「痛っ」と言って起きると、寝ぼけ眼で周囲を見回した。
「ライガード、起きたよ!」
ポークが呼ぶとライガードはすぐに馬車を停めて、荷台に上がった。
得体の知れない少女が怖くて、ポークはココロと一緒に荷台の隅に移動した。
「おはよう」
ライガードが言うと、少女も「おはよう」と返した。
なかなか余裕のある態度である。
「さて、おぬしにはいろいろと聞きたいことがある。まず名前を教えてもらおうか」
「うるせぇ死ねよ」
「勘違いするな。頼んでいるのではない。答えないなら灰にすると脅しているんだ」
ライガードが少女に両手を向けた。
熱気の魔術を発動して馬車内の気温が急激に上がった。
「わかったわかった。答えりゃいいんだろ。俺の名はアル・アルト・タイノ・オカシラツキだ」
「本名か?」
「本名と偽名の違いってなんだ。親に貰った名なんかねぇぞ」
ライガードは少し考え込む様子を見せたが、「ふむ」と納得して向けていた手を下ろした。
「ではアルトよ。出身は?」
「タルタンの今は滅びた小さな集落だ」
タルタン紛争地域。
かつてライガードが活動した無政府地域である。
ドリアン王国を含む三大国に囲まれた南方の地で、アトラ大陸で唯一、冒険者協会の支部が存在しない。
小国家が乱立していて絶対的な権力者が不在なのだ。
協会がタルタンに支部設置の認可を求めるとなると、それは設置地区の権力者をタルタンの盟主と認めるようなものだ。
当然、血で血を洗う戦争の火種となる。
そのため、タルタンが一つの国家として統合されるまで協会の進出はないといわれている。
謎の多い地域だ。
「なるほど、飢えてドリアンに出てきたわけか」
「ははっ、んなわけねぇだろ。飢えるような雑魚は国境を越えらんねぇよ」
おちょくるようなアルトの態度にライガードはむっとした表情を浮かべた。
「ではなぜ、この国にいる」
「さぁな、お頭に聞いてくれ。まぁ多分、金目当てだよ。命令されているのは殺して奪うこと。それだけだからな」
「お頭? お前はどんな集団に属している」
「ザンギャク団だ」
アルトが口にした名前に反応して、ライガードの顔が強張った。
「大罪人ザンギャクの部下か。奴の噂は聞いている。凶悪な野盗団の頭領で、フォーズ共和国の人間を百人近く殺したそうだな。切断した首を板に並べて愉悦に浸るという頭のおかしい男だ」
「ずいぶんと過小評価だな。フォーズじゃたしか五百は殺ったと思うぜ。ドリアンに来てからはまだ大して殺してねぇけどな。お頭や仲間は知らねぇが、俺は四人だけだ。この国の連中はよほどお気楽に生きてきたんだろう。気持ちよく昼寝しているだけで、喉元晒して近寄ってくるんだからな」
アルトが挑発的に笑う。
ポークは彼女が恐ろしかった。
もしライガードがこの旅に同行してくれていなかったらポークは喉を裂かれ、ココロも殺されていただろう。
大して年齢も違わないであろう少女がなぜこんなに酷いことをしているのか理解できなかった。
「なるほど、よくわかった。俺を怒らせてどうしたい」
「楽に殺してくれ。熱いのは苦手だから首をすぱっと頼む。あれで斬首ってのは人道的なんだぜ」
アルトが舌を出して苦痛に顔を歪めた人の真似をするので、ライガードは肩をすくめた。
ポークにもわかった。
彼女は罰を与えたところで絶対に改心しない。
そもそも死を恐れていないから適切な罰など与えられない。
ある意味では無敵の存在である。
「どうするの?」
ポークは聞いた。
ライガードも悩んでいるようだった。
ここで逃してザンギャク団に報告でもされたらこちらの身が危ない。
かといって殺すには幼すぎる。
そんな葛藤が見てとれた。
「仕方がない。余計な荷物になるが、王都まで連れていく。そこで役人に引き渡す。ザンギャク団の人間であれば賞金が出るかもしれんしな。どうもこいつは殺されたがっているように見える。気の毒だが、殺さんよ」
ライガードはアルトをうつ伏せにさせて、ロープの結び目が解けていないか確認した。
手首が死人の色に変わっているが緩めない。
それから仰向けに戻すと、アルトがライガードの顔に唾を吐きかけた。
「死ねよジジイ」
「挑発には乗らん。知っとるな、この国の最高刑は死刑じゃない。四人も殺したんだ。どんな罰であっても受け入れろ」
ライガードは強化魔術でも抜けられないよう、さらに念入りにアルトを縛りあげた。
それからポークに絶対に近づくなと念を押して、御者席に戻っていった。




