第十話 ナナバ荒野(2/6)
出発の日の朝、ポークは日課のランニングを済ませると、リュックと木槌を持って家を出た。
ウゴウゴの前に立ってココロを待っていると、なんだか名残惜しい気持ちになった。
冒険者を目指す前、自分はウゴウゴの店主になるものだと思っていた。
だが他にやることがないからという理由で店主をやるのは店に失礼だ。
やるなら、いつか本気で。
村人との繋がりをくれた店に感謝して、ポークはウゴウゴの看板を撫でた。
ココロはまるで城下を歩く王様のように仰々しく家族を引き連れてやってきた。
「大丈夫だって。野菜は王都に売ってるから!」
過保護に纏わりつく家族を振りほどくのにいっぱいいっぱいの様子だ。
「心配じゃー」といつもより顔をしわくちゃにしているサキはポークを見つけるとなぜかジャガイモをぶつけてきた。
嫌がらせかと思ったが、「ちゃんと食って強くなれ」と言うからには好意だったようである。
ポークは地面に転がったジャガイモを拾ってリュックのサイドポケットに詰めた。
ポークたちは馬車が停めてある村の東口まで歩いて行った。
ライガードは御者となり王都まで連れて行ってくれるのだが、ポニータとは村の中でお別れだ。
ココロもこれが家族と過ごす最後の時間だというのにどうやら昨日のうちに話し尽くしてしまったようで、「早く他の子に会いたーい」と、王都に着いた後の話でポークと盛り上がっていた。
馬車の周りには人だかりができていた。
店で見てきた顔ばかりだ。
みんな名残惜しそうにしながらも、応援してるぜと背中を押してくれた。
人の波に流されて馬車に乗り込むと、無愛想な顔をしたナマハムが遠くからこちらを見ていることに気づいた。
ナマハムはポークと目が合うと声に出さず、頑張れよ、と口を動かした。
ポークの目頭が熱くなる。
「みんなありがとう、行ってくる。次に会うとき、オレは冒険者だ!」
二年後、魔学舎を卒業したら腕慣らしにモモモ森林内の魔物を討伐をしてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、ポークは小さくなる村人たちに手を振り続けた。
馬車の旅は以前ほど辛くなかった。
アボカトロ村で乗った馬車には生臭い魚油の樽が床一面に積んであったが、今回はライチェ村で作った木炭だ。
木炭には脱臭効果があるらしく、ただ置いてあるだけで幌の中の空気が澄んだ気がして乗り物酔いを緩和してくれた。
他にも木炭は役に立った。
調理の際の燃料として使ったり、脱臭剤として干してあるブーツに詰め込んだりだ。
おかげで足くさが若干マシになったらしく、ココロは満足げな表情で使い終えた木炭を箱に戻していた。
買い手の商人は不憫である。
王都ドリアニアは遠く、途中でいくつかの村を経由する必要がある。
到着まで四十日から五十日くらいかかるという話だ。
ライチェ村は王国の隅のほうに位置するためあまり人が寄りつかなかったが、普通の村は商隊の補給地として馬車や人を受け入れているらしい。
慣れてきたとはいえ、馬車での生活は快適とは言えなかった。
鳥籠に閉じ込められて振り回されているような不快さが延々続く。
だからこそ、中継地点の村で一息つけるのが嬉しかった。
安全な宿もある、温かい食事もある、尻も痛くない。
もし馬車で移動しっぱなしだったら、途中で音を上げていただろう。
おかげで長旅にもかかわらず、ポークは持ち前の元気さを維持していた。
三つ目の村と四つ目の村の中間辺りを馬車は進んでいた。
そこはナナバ荒野と呼ばれる砂の多い土地で、植物の発育が悪いため遠くまで見通せる。
もう何日も雨が降っていないせいか、夏だというのに空気は乾燥気味だった。
整地された道や建築物が見当たらないため地図を広げても自分たちが今どこを走っているのかわからない。
このまま本来の道を逸れて試験日に間に合わなくなるのではないかとポークは心配したが、ライガード曰く先人の車輪や馬の蹄の跡を追えばまず道に迷わないらしい。
行く先の砂を見てみるとたしかに馬車の通った痕跡が残っていた。
人の足跡らしきものは見当たらないので、この荒野は荷運びにばかり使われているのだろう。
雨が降ったらどうするんだと聞くと、地形の特徴を記憶しているとライガードは答えた。
言われてみれば進んでいる道は平坦だが、遠くに巨大な岩壁がいくつも見える。
何度か通れば覚えそうだが、初見のポークではやはり迷ってしまうだろう。
ちょくちょく方位磁石を見て進行方向を確認するしかない。
「しっかし、魔物いないなぁ」
ポークはライガードの座る御者台の後ろに立った。
旅に出た直後は魔物よいつでもかかってこいと言わんばかりに肩に担いでいた木槌も、今では木炭の散乱を防ぐ重しである。
ココロの蔓の鞭は枯れないように水の入った筒に根本を挿してある。
鳥やウサギなどの小動物はたまに見るが、凶悪強大な魔物とバトルする機会は訪れそうもなかった。
「魔物がいないから人の通る道になったと考えれば、不自然ではあるまい」
そう言いながらライガードは自分の肩を揉んでいた。
馬が道を間違えないよう操縦に気を使い、たまに車輪が空転すると荷台ごと持ち上げて道に戻す。
そうした作業をほとんど一人でやっているため疲れが溜まっているようだった。
だからかもしれない。
遠く遠く、豆粒くらいにしか見えない物体に気づいたのはポークが先だった。
「人?」
手で影をつくって凝視した。
何かが倒れていて微動だにしない。
わずかにだが、風に服がなびいているのがわかった。
ライガードもポークと同じように手で影をつくり遠くを見た。
「行き倒れか」
ライガードは慣れた感じだ。
長く旅をしていれば珍しいものでもないのだろう。
馬車が近づくにつれてはっきりと人の姿が見えてきた。
膝まである毛皮の外套、ところどころほつれた安い布のズボン。
うつ伏せに倒れていて、短く刈り込んだ坊主頭がこちらに向いている。
ポークたちよりも歳上だと思われるが、おそらくはまだ子どもだ。
身長が伸び切っていないようだし、露出した腕は薄汚れているがしわがない。
なぜこんなところで倒れているのだろうか。
「死んでるの?」
荷台からひょっこり顔を出してココロが聞いてきた。
「二人とも、見んほうがいい。綺麗に見えるが腐敗しているかもしれん。それと疫病で死んだ可能性もあるから、なるべく近づくな」
ライガードは少し離れたところに馬車を停めた。
生死を確認するために御者台を降りて、荷台に積んである槍を取りに行く。
すると、行き倒れは最後の力を振り絞ったという感じで腕を動かして地面を擦った。
「いいい生きてる! あの子動いたぞ!」
ポークは驚いた。
すぐ助けないといけないと思い、馬車から飛び降り駆け寄った。
倒れているその子の肌にはじんわりと汗が滲んでいる。
間違いなく生きている。
助けられる。
「止まれポーク!」
声がするのとほとんど同時に、首の後ろを思いきり引っ張られた。
喉が潰れて咳が出る。
後ろで槍を持ったライガードがいつになく真剣な表情で行き倒れを見つめていた。
「どうしたんだよ」
「よく見ろ、足跡だ。こいつはこの道の通行人じゃない」
言われて気づいた。
ポークたちの辿ってきた道には車輪跡と馬の蹄跡しか残っていない。
行き倒れのいる場所より先も同じだ。
よく見ると、行き倒れの足跡は遠くの岩壁から伸びていた。
「他に足跡はない。ということはこいつはあの岩壁からやって来て、ここに倒れていることになる。変だな。仮にこいつがそのまま進んでいっても不毛な荒野が続くだけだ。むしろ目的地はここ、馬車の進路上だったと考える方が自然だ」
ライガードの推理を聞いて背筋が凍った。
先ほど行き倒れが少し動いたことで、その右腕は懐の位置にあった。
足跡のつき方もおかしい。
人間が力尽きて倒れるならば、その直前は足を引きずるかばたばたと小刻みな歩幅をとるはずだ。
しかしどうだ。
この足跡は広い歩幅をとっている。
まるでここに倒れるために急いで走ってきたようだ。
「ポーク、下がれ」
ライガードがポークを馬車の方向へ押した。
ポークは後ずさりしながらその場を離れる。
「……ばれたか」
声が聞こえるのと同時だった。
行き倒れは胸に隠した短剣を手にして飛び起きると、一気に距離を詰め、ライガードの喉を狙った。
ほとんど無駄のない動きだ。
前にいたのがポークであれば喉から岩清水のように血を流していただろう。
だがライガードは手にした槍の柄で刃の軌道を逸らした。
そのまま柄で横殴りにしようとするが、相手はライガードの腹を蹴って間合いから逃れた。
かなり身軽だ。
ただ者ではない。




