第十話 ナナバ荒野(1/6)
ポークとココロが王都へ行く。
村は長らくその話題でもちきりだった。
子どもの少ないライチェ村では人材の流出を惜しむ声が多かった。
逆に、忌むべきアルノマが村から消えると喜ぶ者もいたようだが、そういった者の声は村の衆、特に木こりの一派が抑えつけていたらしく、ほとんどポークの耳には届かなかった。
手を抜いた仕事は一切せず、先輩の言うことをよく聞くポークはいつの間にか村人の信頼を得ていた。
ポークは皆を尊敬していた。
良いところばかり見ていた。
だからこそ、ポークも好いてもらえたのだろう。
ポークは村での生活に悔いが残らないように一生懸命働いた。
つまり、いつも通りである。
代わり映えしない日々が楽しくて、ああ自分はずっと幸せだったんだとしみじみ感じたのだった。
梅雨が明け、夏が訪れ、出発の日が明日にまで近づいた。
ドリアン第四魔学舎の入学試験を突破できれば二年間の寮生活になる。
ポニータはライチェ村に残るため会う機会はないだろう。
親元を離れるのはやはり寂しい。
ポークは十年間の思い出を噛みしめながら、家を出る準備を進めていた。
着替えも非常食もリュックに詰めた。
移動に使う馬車が苦手なので酔い止めの丸薬も貰った。
靴の替えもあるし、旅の間の勉強用に本も何冊か入れてある。
木こり仲間から貰った新しい木槌はそのまま馬車に積む予定だ。
「大きいリュックでよかったわね」
ポニータがぱんぱんに膨らんだポークのリュックを持ち上げた。
ポニータが担いですらお尻が半分隠れるほど大きい。
ポークもこれを担ぐと動きにくいが、まだまだ背は伸びる。
その度にリュックを新調するわけにはいかないので大きめなのは仕方がない。
それに長く使っていると愛着が湧くものだ。
「オレ、大人になってもこれ使うから」
そう言うとポニータは嬉しそうに微笑み、サイドポケットに手をやった。
「この石、ヘイストンはライガードさんから買ってもらったのよね」
「うん。高かったみたい」
「まったくあの人は口下手なんだから……」
留め具に取りつけられた宝石、ヘイストンをまじまじと見るポニータ。
窓から差す西日に当たりヘイストンは透き通る。
ポークはココロほど宝石に執着していないが、思い出の詰まった石はやはり特別だ。
これを見ると蒸し焼きにされたエビを思い出す。
あれはグロうまな一品だった。
「うーん、ライガードさんだけ宝石をあげるなんて親として悔しい。私もあげちゃおうかな」
「何の話だよ」
「あなたにこれをあげるっていう話」
ポニータは後ろ髪の中に手を入れて、鎖を解いた。
銀色のロケットペンダントが揺れている。
ポニータはポークの首に手を回して外したばかりの鎖を結んだ。
「これって」
「虹のかけらよ」
ポークの胸元にロケットペンダントが光った。
ポニータがペンダント上部の小さな出っ張りを押すと勢いよく蓋が開き、中から虹のかけらが出てきた。
青、赤、黃。
色の定まらない不思議な石である。
「大切なものじゃなかったの?」
「そうよ、これは繋がりの石。虹のかけらはフォクスと私を繋げてくれる。だからあんたにあげたいの。もしあんたがどこかであの人に会えたら、これが親子の証明になるでしょう?」
ポークの父フォクスは有名な冒険者だ。
一昨年、初代冒険者協会会長であるサムソンしか越えたことのない最難関の遺跡、『断離の長城』へと挑み、以来戻ってこない。
あの挑戦家エスペルランスが人生の最後に挑み、戻ってこられなかったのも同じ遺跡だ。
フォクスもエスペルランスと同じ道を辿ったのだろうと、誰もがそう思っている。
だがポークは知っている。
フォクスは今も生きているのだ。
「赤くなって」
ポークが語りかけるとたちまち虹のかけらは色を変え、濃い赤色に染まっていく。
「青くなって」
今度は青い色が生まれ先ほどの赤を飲み込む。
不思議な石だ。
人の言葉を理解している。
「返事がきた」
青と緑が半々。
フォクスが送ってくれたサインだ。
俺は元気に冒険している、と。
ポークは虹のかけらをロケットペンダントの中にしまい、顔を上げた。
「ありがとう母ちゃん」
「いいのよ。約束だしね」
「約束?」
「ええ。フォクスとの約束」
「どんな約束をしたの?」
ポークが聞くと、ポニータは悲しそうに目を伏せ、どこか苦しそうに胸に手をやった。
「虹のかけらを手に入れるのは簡単じゃなかった。冒険の途中で親友が死んじゃったの。だからこの石は絶対に売らない。他の誰にも渡さないって決めたの」
ポニータは友の冥福を祈るように深く目を閉じた。
もう一度目を開けるといつもの笑顔に戻っていた。
「だからこの石は家宝にして、自分たちの子が立派に育ったときに譲ろうってフォクスと決めていたのよ。だから頑張ったあなたにあげるの」
ポークは自分が立派に育ったとまでは思えなかった。
だがポニータが認めてくれたのだ、受け取らないわけにはいかない。
これから虹のかけらに見合う男になればいいのだ。
「オレ、誓うよ。絶対母ちゃんをがっかりさせない。世界一の冒険者になってやる」
胸を叩いて宣言すると、ポニータはぷっと吹き出した。
「あらあら、そういう大きなことを言うお口はお父さんに似たのね」
「笑うなよ!」
ポニータと過ごす最後の夜はいつもと同じように和やかだった。
これから二年もの間、離れて暮らすことに現実味がない。
生まれてからずっと見守ってくれた母。
常にマイペースで周囲を楽しくさせる母。
自分が去った後もどうか健やかでありますようにと、誰にともなくポークは願った。




