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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第九話 誰よりも広い背中(3/4)

「ブッヒャアアアアア」


 ポークは右足を踏み込むと、腕を目一杯伸ばして槌を振った。

 遠心力を加えた一撃はライガードの胴を狙っている。

 腕でガードされても押し込めるだけの重さは乗せた。


「ふんっ」


 ライガードは冷静に一歩下がって、ポークの槌を回避した。

 思った通りだ。

 ポークは踏み込んだ右足を軸にして槌の勢いそのままに回転した。

 遠心力を乗せた一撃。

 この二周目こそが本命だった。

 今度こそライガードの胴を捉えた。

 しかし。


「今のは良かったぞ」


 木槌が拳で粉砕されていた。

 ポークの腕力に耐える頑丈な武器もライガードの前ではおもちゃ同然だったのだ。

 ポークは壊れた木槌を手放し、ライガードの隣をすり抜けた。

 ココロのアドバイスに従い、太陽が背にくるよう移動したのだ。

 首に熱を感じる。

 ライガードの目が細まった。


「行くぜ!」


 ポークは拳を顔の前に上げて、一気に間合いを詰めた。

 左右の肩の高さを合わせて攻撃の挙動を読ませないように注意する。

 あと一歩踏み込めば拳が当たるという距離にまで接近すると、ライガードがおかしな動きを見せた。

 なんとポークに背を向けたのだ。

 意図はさっぱりわからないが考えている暇はない。

 ポークは前のめりになって右の拳をがら空きの背中に向けて突き出した。

 あと少しで拳が届きそうだったのだが、ライガードは素早く前進してポークの攻撃範囲から逃れる。

 ライガードの左手首には緑色の植物が絡みついていた。

 あれは。


「何やってんだよ、姉ちゃん!」


 植物はココロの右手から伸びていた。

 蔓の鞭でライガードを攻撃したのだ。


「うー、惜しい。最高のタイミングだったのにぃ」


 ココロは悔しそうに唸った。


 ポークは理解した。

 ココロは最初からライガードの背を狙うために、立ち位置を入れ替えろとポークにアドバイスしたのだ。

 二人同時に相手をするというライガードの発言を真に受けて、ポークを囮に使ったのだ。

 そして何食わぬ顔で鞭を振り、ライガードは腕で防いだ。

 セコい。

 セコすぎる。


「姉ちゃん最低だよ。あれだけ頑張っておいて二対一とか、プライドはないのかよ」

「はぁ? あんた馬鹿じゃないの。今日勝つために努力したんでしょ。魔学舎に行くために勉強して、訓練して、仕事もして。遊びとかおしゃれとか他のすべてを捨てたから今があるの。それならそんなくだらないプライドもその辺にポイしなさい。捨てて未来の肥やしにするのよ。あたしたちは勝つ。二人で、勝つんだ!」


 プライドとは自尊心であり、見栄でもある。

 格好つけていられる状況ではないというココロの言い分もわかる。

 ポークは一対一で勝ちたかった。

 けれど三年以上やってきて一度も勝てなかった。

 せっかく用意した木槌での攻撃も簡単に防がれてしまった。

 このままではいつもと同じ攻防を繰り返して終わるだろう。

 夢のためにプライドを捨てる強さ、それも冒険者に必要な素養なのかもしれない。


「わかった。情けないけどオレも勝ちたい。ライガード、それでいいか」

「もちろんだ。どちらか片方が攻撃を当てられたら、二人とも入学を許してやろう」


 ライガードは膝を屈める。

 ずんと地面が鳴り、目の前に煙が立った。

 凄まじい跳躍でポークの頭の上を越えていった。


「きゃっ」


 蔓の鞭を握っていたココロは引っ張られる形で前のめりに倒れた。

 鞭はライガードの腕に絡んだまま、ココロの手を離れていった。

 ライガードはポークの後ろに着地すると、手首に絡みついた鞭を丁寧に剥がしていった。


「ほれ返すぞ。自分より体重がある相手には掴まれないように注意しろ」


 ライガードは鞭を簡単に巻いてココロに投げ渡した。

 ココロはそれを拾うと、悔しそうに「うー」と唸った。

 ライガードとココロでは強化魔術の練度に差がありすぎる。

 正面からぶつかっていっては二体一でも勝ち目はないだろう。

 かといってポークとココロは特別な連携を磨いてきたわけではない。

 どうすれば効果的に戦えるか考えていると、ポークは過去に一度だけ、ココロと協力して戦ったときのことを思い出した。


「姉ちゃん、イモをくれ」

「わかった。何個?」

「とにかくたくさんだ」


 ココロがウェストポーチの留め具を外した。

「全部はあげられないけど」と言ってポーチから出したジャガイモをポークの足元に重ねて置いていく。


 アリクイクイが村を襲った日、ポークはジャガイモを遠投してアリクイクイを誘導した。

 ポークの投擲力は当時より上がっている。

 ココロの成長に伴い爆発イモの火力も増しているので、かなりの威力が見込めるだろう。

 腕で防いでも皮膚を焼く。

 当てれば勝ちだ。


「正しい。人間が他の獣よりも圧倒的に優れているのがその投擲力だ。俺も冒険者時代は石を投げまくった。敵の攻撃範囲に入るよりも早く、安全に仕留めることができる。狩りにも必須の能力だ」


 ライガードは腰を低くして身構えた。

 ポークはココロに作戦を伝えるため、口を隠して小声で話した。


「きっとライガードはイモを避ける。近寄ってきたら鞭で応戦してくれ。もっと距離を詰められたらオレが直接攻撃する」

「わかった。じゃああたしからも。あたしが鞭を打つ瞬間、必ず目をつむって」

「なんで?」

「新技よ。うまくいけばライガードの身体の自由を奪えるけど、巻き添えになるかもしれないから」


 また太陽の光を使って何かするのだろうか。

 詳しい戦略を話し合いたかったがこれ以上ライガードを待たせられない。

 言うことに従っていれば問題はないだろう。


 ポークは足元のジャガイモを拾うと、強く握りしめた。


「いくぞ、ライガード。これがオレたちの全力だ」


 アリクイクイと戦ったあの日、ライガードが炎の槍を投げた姿を思い出し、ポークは自分の肉体に重ねた。

 そして、叫ぶ。


「激熱イモォォォォ!」

「爆発イモだし!」


 投げたジャガイモは直線的に進みライガードの胸部を狙う。

 ライガードは半身になってギリギリのところで躱した。

 人間の反応速度とは思えない。

 ポークは次のジャガイモを手にとる。

 最初に投げたジャガイモが地面にぶつかると、乾いた音とともに弾けて消えた。

 土をえぐり、野草に火が着いている。

 二発目、三発目。

 もう放火である。

 見物していたポニータが慌ててウゴウゴに戻っていった。

 火消しは任せるしかない。

 いくら地面を燃やしてもライガードには当たらない。


 ココロはウェストポーチに手を突っ込みジャガイモを取り出した。

 強化魔術を使って投げるのかと思いきや、鞭の先端を操り、巻くようにして握った。

 野菜の魔術で作った鞭は自分の身体のように精密に動かせる。

 先にジャガイモをつけた鞭の完成だ。

 見た目はモーニングスターに近いかもしれない。


 さすがに危機感を覚えたのか、ライガードが距離を詰めてきた。

 だがさせない。

 ポークはジャガイモを投げて牽制する。

 ライガードは立ち止まり、回避に専念した。


「これがあたしの三年半だぁぁぁ!」


 ココロが叫び鞭を振った。

 鞭の先についたジャガイモはライガードの頭部を狙って真上から振り下ろされる。

 やはりというべきか、ジャガイモが重すぎていつもの鞭の速度が出ていない。

 ポークはココロに言われたので、理由はわからないが目をつむる。

 視界が閉じる前にライガードが下がって回避している様子が見えた。

 おそらくジャガイモは足元に着弾したはずだ。

 だが予想していた爆発音がしない。


 代わりにまぶたを貫くほどの強烈な光が生じた。

 光は一瞬で収まったものの、目が眩んでしまいほんの少ししかまぶたを上げられない。


「なんだこれは」


 ライガードが苦しそうに右手で目を押さえていた。

 地面にはぼろぼろに砕けたジャガイモの残骸が落ちている。


「見たかあたしの新技、鞭ぶん投げ光りイモアタックを!」


 なんという、なんというネーミングセンスだ。

 眼球へのダメージもあってか涙が出そうになる。

 こんな効果があるのならあらかじめ説明してもらいたかった。

 最初からポークを巻き込んで反応を愉しむつもりだったとしか思えない。


「鞭よ、拘束しなさい!」


 ココロの操る蔓の鞭がライガードの腕ごと胴体に巻きついていく。

 獲物を締め上げる蛇のようだ。

 ライガードは何重にも縛られて動けなくなった。

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