第九話 誰よりも広い背中(2/4)
夕刻の訪れを鐘が告げた。
木こりの仕事は終わりである。
これからライガードと戦い、有効打を当てられなければドリアン第四魔学舎を受験できない。
だが前回の対戦からほんの数日で急激に強くなれるはずもない。
一撃を当てるには奇策が必要だ。
倒した桜を薪の加工場の中に運んだ。
ナマハムは壁に立てかけてある木槌をポークに渡した。
柵を立てるときに使う工事道具である。
「振りやすいように削っておいた。どうだ」
「うん、調子いいよ」
ポークは両手で木槌を持ち、振ってみた。
ナマハムが握りの部分に滑り止めを彫ってくれたおかげで振り回してもすっぽ抜けない。
斧ほどではないが扱いやすい。
ライガードもポークが武器を使うとは思っていないはずだ。
今までと違った攻防になる。
ポークはもうじき十歳になるというのに魔術が一切使えなかった。
生まれ持った怪力のおかげで格闘術は得意だが、それでも魔術が使えないハンデは大きい。
強化魔術が使えれば肉体とともに武器の強度も上げられる。
鉄の剣で岩を貫くこともできるのだ。
しかしポークにはそれができない。
ポークが岩を切ろうとしても剣が耐えきれず折れてしまう。
だから素手にこだわって鍛錬してきた。
一般的な刃物は脆すぎて武器にできないのだ。
そこで槌である。
槌は面で敵を押し潰すため衝撃を分散しやすく、他の武器に比べて耐久性が高い。
その上慣れ親しんでいる斧に形状が似ているため、剣や槍よりも手に馴染んだ。
「じゃあ、行ってくる」
「おう。勝てよ」
ナマハムに背中を見送られ、ポークはココロの家へと向かう。
これから決戦の時を迎えるのはポークだけではないのだ。
ココロは自宅の壁に寄りかかり、腕を組んで待っていた。
「姉ちゃんもう準備できた?」
「とっくにできてる。て、あんたのそれ、何?」
「木槌だ。今日武器デビューする。ライガード、びびるぞ」
「まだ素手のほうが勝機ありそう」
なかなか辛辣な意見をもらったが、ポークも木槌だけで戦うつもりはない。
本命は拳だ。
「姉ちゃんこそ、いつもと同じで大丈夫なのかよ」
「同じじゃないもんね。まぁ見てなさい。今日は絶対ぶっ倒すから」
ココロは腰の右側に蔓の鞭を、左側にウェストバッグを装着している。
バッグはもこもこと膨らんでいて、中に大量のジャガイモが詰まっているのがわかる。
いつもと変わらないスタイルである。
今日はココロにとっても正念場だ。
過去に何度か鞭と爆発イモを使った攻撃でライガードを追い詰めたこともあるが、有効な一打は決められていない。
魔学舎へ行くためには今日中に結果を出さなければならないのだ。
お互いの戦略にダメ出しをしながらポークたちはウゴウゴに向かった。
遠慮なく悪いところを指摘してくれるのでココロの意見は参考になる。
だが指摘し返すと殴られるので、こうしたらもっといいんじゃないかと提案する形でポークは問題点を伝えた。
「ただいま」
ウゴウゴの扉を潜るとポニータが店内の商品を整理していた。
客は一人もいない。
「おかえりなさい。いよいよ今日が最後の勝負ね」
「ライガードは?」
「裏で体操してる。すっごい気合い入ってたわよ」
「マジかよ。なんでライガードが気合い入れてんだよ」
「ライガードさん、あれでかなり楽しんでいたからね。終わっちゃうのが寂しいのかも」
そう話すポニータも今日という日を楽しみにしていたようで、客がいないのをいいことに外の看板を店内に取り込んだ。
少し早めの閉店である。
これで邪魔は入らない。
ポークたちの戦いを見物するつもりなのだろう。
「おう、来たか」
裏口から外に出ると、ライガードが逆立ち歩きで汗を流していた。
ハゲていなければとっくに白髪の生えている年齢なのにその肉体は若々しかった。
「今日で最後だ。全力でかかってこい。大サービスだ、二人同時に相手してもかまわんぞ」
ライガードは逆立ちをやめると挑発的に笑った。
ポークは見せつけるように木槌を突き出す。
「あんまり舐めるなよ。オレたちは一対一でも勝てるように鍛えてきたんだ。それに今日のオレには武器がある。今までと一緒にするな」
「ほう、槌か。新しい挑戦だな」
「オレが先にやる。姉ちゃんは見ていてくれ」
ポークは前に出た。
ライガードの拳の間合いの一歩外である。
すると後ろからココロに服を引かれた。
「ねぇ、ちょっと耳貸して」
ポークの耳は他の人よりも高い位置にある。
屈んでココロの口元に寄せた。
「戦いが始まったら、ライガードと立ち位置を入れ替えなさい。太陽で目が眩むはずだから」
「ああ、そうか。ありがとう」
あまり気にしていなかったが沈みかけの太陽が目に入るポークの立ち位置は不利といえる。
だが逆にライガードは太陽を背にしているため目が慣れていない。
うまく場所を入れ替えられれば隙が生まれるかもしれないのだ。
ココロにしては珍しくまともなアドバイスだ。
「よし、それじゃ始めるよ」
「いつでも来い!」
ライガードは両足を広げてどっしりと低く構えた。
大地に根を張っているような安定感だ。
だがポークは木こりである。
どんなに太く安定した木も倒してきた。
戦い方は知っている。
ポークは木槌を両手に持って水平に構えた。
仕事で慣れた体勢だ。
「おいポーク。普通、槌は上から振るもんだ。それじゃ威力が半減するぞ」
「薪割りならそうする。だけど相手は大木だ。オレはオレの経験を信じる」
木槌のぶんだけポークの方がリーチは長い。
だがその程度の差ならライガードは身体能力でカバーできる。
攻撃の瞬間、爆発的に加速するのだ。
じりじりと擦り足で間合いを詰めていく。
振れば槌がどこに当たるか身体が覚えている。
あと少し。
あと少し。
……今。




