第九話 誰よりも広い背中(1/4)
モモモ森林の一角に桜の群生地帯がある。
目についた木はすべて切り倒すと猛っているライチェ村の木こりたちもその一帯には手を出さない。
村人にとって桜は特別なものだからだ。
桜の木は比重が軽くすぐに燃え尽きてしまうため、薪としての価値はあまりない。
しかし枝や幹を細かく刻んだものを獣肉の燻製に使ったとき、その真価が理解できる。
肉に桜の香りが染みつくのだ。
桜の香り成分には多量の魔素が含まれているため日々の疲れを癒やしてくれる。
その旨味と相まって一度食べたらやみつきなのだ。
アトラ大陸で最も魔素濃度の高い植物は、『英雄の花』アズフォーデだといわれている。
その次が桜である。
特に花びらはアズフォーデと同量の魔素を含むため、桜の散った後の土で野菜を作るとこれまた栄養満点のものができるらしい。
桜は大地の恵みであり、切り倒すものではあらず。
それがモモモ森林に生きる者の共通認識である。
もちろん増えすぎは良くないのできちんと区画整理され、野良の桜は伐採の対象となる。
それが木片に姿を変えているのだ。
整理された桜の一帯は毎年春が訪れると満開の花を咲かせる。
すると人々は酒を持ち寄り、飲んで歌って騒いで吐いてと無礼講の宴を催す。
そんな恒例行事をライチェ村の住民たちは楽しみにしていた。
だが問題が発生した。
毎年暖かくなれば必ず花を咲かせていた桜たちが、ぽかぽか陽気で春風がそよぐようになってもつぼみのままだったのだ。
そのつぼみも数が少ない。
ライチェ村の住民たちは激怒した。
お前たち木こりの管理がなっていないから花が咲かないんだと伐採拠点にまで詰め寄ってきた。
調査したところ、桜が密集しすぎているせいで栄養が行き渡っていないのではないかという結論に至った。
過保護も考えものである。
そこで長年のタブーに触れて桜を切り倒すことになったのだ。
「俺がチェックするから、印をつけた木だけ倒してくれ」
「わかった」
ナマハムが腰に差した短剣を抜いて、目の前の木に薄く十字を刻んだ。
ポークは鉄の斧を構えると強すぎず弱すぎず、力を調整して水平に振った。
切るというよりも潰すという表現が合っているだろう。
木の皮を押し潰し幹が変形していく。
十回ほど斧を振ると、桜の木はバランスを崩しめきめきと音を立てて倒れた。
「やっぱりすげぇ力だな」
「次はどれを倒す?」
「おお悪い、ちょっと待ってくれ。ほんと、お前がいなくなった後、一気に仕事が増えそうで怖いぜ」
ナマハムは周囲の桜をざっと見回すとそのうち三本に印をつけた。
他の木に比べると桜は倒しやすいので今日は時間が余りそうだ。
ポークは斧を地面に立てて、ナマハムと一緒につぼみだらけの桜を見上げた。
ポークはもうすぐ十歳になる。
ライガードに一撃を入れるという勝負の期限だ。
冒険者を目指してから四年ほど経ち、成長に伴って背が伸びた。
まだ少しココロより低いが、いずれ追い抜くと思っている。
見上げるくらい遠かったナマハムの顔も今は正面から見ていられる。
体重も増えた。
常に身体を鍛えているので筋肉質になったのだ。
食事量も増えたせいか脂肪も乗った。
デブではないがちょっと丸い。
それがポークの自己評価だ。
ココロ曰く豚顔で痩せていると気持ち悪いらしいので、ちょうどいいかなと思っている。
何より心が成長した。
アルノマである自分を個性として受け入れることができた。
もちろんポニータやライガード、そしてココロが支えてくれたおかげだ。
アルノマだから、ではなくアルノマだけど、でもない。
ポークはポーク。ポーク・カリー。
ウゴウゴの店員でライチェ村の木こりなのだ。
「オレ、来年もまだ木こりやってるかも」
「なんだよ急に」
「ライガードに勝てる気がしねぇんだ。いや、勝つまでいかなくてもいいんだけどさ。どんなに調子が良くてもパンチもキックも当たらない。もうかなりの歳なのに、前より強くなってるんじゃないかって思うときがある」
「ほんとあいつ人間じゃねぇな」
「今日、仕事が終わったらライガードが待ってる。これが最後のチャンスなんだ。今日中に一発入れないと魔学舎に行かせてもらえない」
「まぁ駄目だったら木こりを続ければいい。嫌いじゃないだろ、この仕事」
「大好きだよ」
ポークは即答した。
自然と対決して恵みを頂くこの仕事が好きだった。
季節や天候を考えて伐採する木を選び、ときには整地のために根っこから抜く。
知識も体力も必要な仕事だ。
まだまだ学ぶべきことが多い。
木こりは自分に合っていると感じた。
「でもオレは冒険者になる。ライガードも母ちゃんも、オレの尊敬する人はみんな冒険者だ。それに目標もある。オレ、父ちゃんに会うんだ。今は遠くに行っちゃったけど、いつか追いついてやるんだ」
木こりの仕事は誇りに思っている。
だが夢は別にある。
落ち着いてしまうわけにはいかないのだ。
「親父探しか。理想と現実のギャップにショックを受けるだけな気がするけどな」
「ギャップ?」
「だってお前の親父、絶対豚だぜ」
「豚じゃないし。それに豚でもかまわない。オレが勝手に会いたいだけなんだから、理想を押しつけたら失礼だろ?」
「そうか。決意は固いんだな」
ナマハムは短剣を腰に戻し、手ぶらになると大きく伸びをした。
「仕方ない、今日の仕事は全部俺がやる。お前はハゲ頭との勝負に備えて、ゆっくりしていいぞ」
「別に、大丈夫だよ」
「いいから。先輩命令だ」
ナマハムはポークの手から斧を奪うと、自分で印をつけた桜に斧をぶつけていく。
刃を鋭くするとすぐに欠けてしまうため、ポークの使っている斧は鈍器のように厚く重い。
それを自分の斧のように振るナマハムはやはり木こりとしてポークの一歩先にいる存在だ。
水平に振る動作が美しい。
「ありがとう、ナマハム」
「ああ、休んどけ」
「そうじゃなくて」
「ん?」
ナマハムが斧を桜にめり込ませてからこちらを向いた。
ポークはまっすぐナマハムを見た。
「オレを木こりとして受け入れてくれて感謝してる。斧の使い方も木の抜き方もみんなナマハムに教えてもらった。あんなにオレを嫌っていたのに、手を抜かずに指導してくれた。オレはずっと半人前の木こりだったけど、この経験は冒険で活かすよ。ナマハムをがっかりさせない」
幼かったあの日のようにナマハムを見て震えることはなくなった。
理不尽で恐ろしい彼もまた、そういう側面を持つだけのただの人間だと気づいたからだ。
一面しか見ていなかった。
一面を知って拒絶していた。
今ポークの知るナマハムは厳しくも面倒見の良い先輩で、だらしないところもあるけれど仕事に真面目な青年だった。
「俺はアルノマが嫌いだ。今でもな。お前が木こりの仕事に来るようになったとき、事故を装って頭をかち割る計画を立てたくらいだ」
「マジかよ」
遠慮なく物事を語るナマハム。
この飾らない態度が彼の嫌な面であり、見方を変えれば魅力である。
「いつか殺してやると思った。だが実行には至らなかった。お前が本気で木こりをしているのがわかったからだ。見て学び、聞いて学び、決してサボらず斧を振った。無理難題を押しつけても不貞腐れなかった。なかなかできることじゃない」
ナマハムは斧を引き抜いて振った。
木を叩く音が森に木霊する。
「アルノマは嫌いだが、お前は木こりだ。村の仲間だ。みんなお前を応援してる。だから勝て。勝って村を出ていきやがれ」
斧が桜の木の芯を叩いた。
自重を支えられなくなった木はめきめきと音を立ててゆっくりと倒れた。
「うん。オレは絶対、冒険者になる」
ポークは固く拳を握った。
ナマハムは斧を振り続けた。
ポークの仕事は倒した木に縄をかけて運ぶ程度だ。
会話はそんなに多くないが、ナマハムの気遣いが伝わってきた。
三年以上も一緒に仕事をしてきたのだ。
アブリハムの代わりにはなれないだろうが、もう立派な相棒関係だった。
少なくともポークはそう思っている。




