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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第八話 西の果てから(5/5)

 翌朝、ポークが起きるとライガードはもういなかった。

 帰りは馬車らしいのでその手続きに行ったのだろう。

 ポークはココロと外に出て昨日と同じルールで競走した。

 不正防止に離れた位置から走ったところ、今度はポークが勝った。

 朝のトレーニングを終えると家に戻って出発の準備を始めた。


 ポークはポニータからもらったリュックのメイン収納部に畳んだ服を詰め込んだ。

 それから左側のサイドポケットに水袋を入れようとして気づいた。

 留め具についていた黒い飾り石がなくなっている。

 使用に支障はないだろうが、片側のポケットだけ石が欠けている状態なので見栄えが悪い。


「あーあ、旅の間に落としちゃったかな」

「なんか、石がないと小汚く見えるね」

「小汚いとか言うなよ」


 ひどく残念な気分になった。

 物は使えば使うほど消耗していずれは壊れる。

 それが自然の摂理ではあるがあまりにも早すぎる。

 ポニータが悲しむかもしれないと考えると、初めての馬車旅なのに心から楽しめそうにない。


「どこかで直せないかなぁ」


 ポークは留め具を留めたり、外したりしてみた。

 どう見ても不格好である。

 右のポケットの留め具には艶のある黒い石が残っている。

 こちらだけ見ると上質で大人向けなデザインだ。

 ちょっとした細工がいかに高級感を与えているのかがわかる。


「どうした」


 後ろからライガードに声をかけられた。

 馬車の手配から戻ってきたらしい。


「石がとれちゃったみたいなんだ。なんか、せっかく買ってくれた母ちゃんに悪い気がする。一生使えるって言ってたのに、もう壊しちゃった」

「うむむ、出発を少し遅らせるか。さっき土産物屋に寄ったら、石や貝がらの加工品が売っておった。そこの店主なら直せるかもしれん」


 ポークはリュックを持ってライガードのいう店に向かった。

 雨が凌げる程度のぼろぼろの屋台に木箱が並べられ、様々な色の石や貝がらのアクセサリーが置いてあった。

 数珠やペンダント、耳飾りもあるようだ。

 食いついたのはココロだった。


「すっごい、見たことない石がいっぱい!」


 装飾品というよりも使われている石に興味を持っているようだ。

 一つひとつ手にとって色や質感を確かめている。


「かわいいお嬢ちゃんだね」


 店主は六十歳前後の優しそうな女性である。

 ライガードはポークの持ってきたリュックを店主に見せた。


「すまんが、この子のリュックがちょいと壊れてな。ここの留め具を修理したいんだが、代わりの石を取りつけてもらえんか」


 店主はライガードからリュックを受け取ると、留め具を摘んでまじまじと見た。


「少し待ってな」


 後ろに積んである箱の山から小さな木箱を選び出して、蓋を開けた。

 赤、黄、緑。見たこともない宝石たちが所狭しとひしめき合っている。

 ココロの目が妖しく光った。


「見せて!」

「ちょっと待てよ」


 飛びつきそうな勢いだったので、ポークはココロの服を引っ張って石から遠ざけた。

 それでもじたばた動くので背中から腕をとる。

 修理の邪魔はしないでもらいたい。


「さぁ坊っちゃん。この中から好きな石を選びなせ。すぐに取りつけてあげるよ。代金は石の値段でいい」


 店主は商品の置いてある箱をずらして、板の上に小粒な石を五つ並べた。

 質感は様々だが黒い石が四つと赤い石が一つである。

 元々ついていた石と似た形をしている。


 ポークにはどれも綺麗に見えたが、それ以上の感想は浮かばなかった。

 すべて綺麗、同列である。


「ごめんライガード。オレには選べないや。お金もかかるし、ライガードが決めて」


 横でココロが「余ったのはあたしが貰うわ」と言っているが、そういうのは自分で稼いでからにしてもらいたい。


「なら、これで」


 ライガードはまっまく迷う素振りもなくたった一つの赤い石を指さした。

 色は濃いが琥珀に似ている。

 うっすら透けていて、中に斜めがかった線が見える。

 店主の眉が上がった。


「太陽色の石、ヘイストンか。質はいいけど値が張るよ。大丈夫かい」

「ああ、問題ない」

「あんた、石には詳しいのかい」

「それなりに。元冒険者だからな」


 店主はライガードの顔をじっと見ると、なぜだかぷっと吹き出した。

 それから押し殺したように笑うので、わけがわからずポークはココロと顔を見合わせた。

 ライガードは今から求婚でもしそうなくらい照れくさそうな顔をして頬を掻いている。


「坊や、良かったな。お父さんがとびきり良い石を買ってくれたぞ」


 ライガードがお父さん。

 事情を知らぬ者から見れば、きっとポークとココロはライガードの子どもに見えるのだろう。


「うん!」


 ポークは嬉しくて満面の笑みで返事をした。

 隣のココロははち切れんばかりに頬を膨らませて「ポークばっかりずるい」とアピールしていた。


 店主はすぐにと言っていたが、高価な石なので絶対に外れないようにとじっくり時間をかけて石の取りつけをしてもらった。

 留め具の金属部分を曲げたり、石を削ったりとその手つきは完全にプロだった。

 ココロは宝石の加工に興味津々で、食い入るように見ていた。


 完成したリュックは右側のポケットが黒い石の留め具、左側のポケットが赤い石の留め具とやや奇抜なデザインとなってしまったが、金属剥き出しよりはずっと良い。

 見ようによっては左右非対称の美しさがある。


「ありがとう!」


 丁寧な仕事をしてくれた店主に感謝した。

 別れ際、ポークは何度も振り返って手を振った。

 ふとしたことからの人との出会い。

 これも旅の醍醐味なのだと知った。



 予定より少し遅れて、馬車が用意してあるという魚の加工場に向かった。


「姉ちゃん、前見ろよ」

「えへへ、えへー」


 ココロは小さな黒い石を指で摘み、空に掲げて歩いていた。

 不満そうにしていたココロを見かねて、店主がおまけでくれたのだ。


「宝石ハンターココロがゲットした、最初の宝石よ」


 自分の力で獲得したとはいえないだろうが、それを言うのは野暮だろう。


「やったな姉ちゃん」


 ポークが笑いかけた直後、ココロは砂に足をとられて盛大に転んだ。

 顔面が砂に埋もれている。


「だから前を見ろって……」


 ココロは全身砂まみれになっても手を握り込んで黒い石を守っていた。

 だらしなくとろけた顔でえへえへ言っている。

 こんなに嬉しそうなココロは見たことがない。

 生まれて初めて海を見て、宝石まで手に入れて。

 ココロにとっても実りある旅になったようた。


「おお、あれに乗るのか!」


 加工場の前に停めてある荷馬車が見えてきた。

 雨風を凌ぐための白い幌が荷台を覆い、二頭の馬が雄々しい鼻息を鳴らしている。

 御者台はライガードが座ってもゆとりがあるくらい広く作ってあり、子どもであれば同乗できそうだ。

 駆け寄ろうとしたポークだが、ライガードに呼び止められた。


「幸せそうなところ悪いが今回の仕事はここからが大変なんだ。今まではお遊びだったとでもいおうか。馬車での旅には地獄の苦しみが伴う」

「マジかよ」

「俺は慣れているからいいがお前たちは死ぬほど辛いはずだ。頑張れ。それしかアドバイスできん」


 ライガードはあまり冗談を言わない。

 この馬車のどこに死ぬほど辛い要素があるのだろうか。

 ざっと見た感じ、外観に問題はないように思えた。


「お前たちが乗るのはこっちだ。中に入れ」


 ライガードが閉じられていた荷台の幌をめくる。

 ポークは馬車旅の何が辛いのかわかった気がした。


「これは辛いな」


 荷台には座るスペースがないほどぎちぎちに樽が敷き詰めてあった。

 樽に座れば足は下ろせるがこれで馬が動いたら乗り心地は最悪だろう。

 しかも内部は臭かった。

 長年運搬に使ってきたせいか海産物の生臭さが壁に幌にと染みついているのである。

 樽自体からも変なにおいがする。

 どこからか魚油が漏れているのかもしれない。


「あたしこれたぶん、死んじゃう」


 ココロも不安そうだ。

 樽に座りっぱなしだと振動で尻を打ってしまう。

 ダメージが蓄積すれば屁が多く出る程度では済まないだろう。


「服を敷こう」


 ポークの提案で着替えなど緩衝材に使えそうな持ち物を樽の上に敷いた。

 隣接した樽の上で横になったり胡座をかいたりしてみたが、結局立っているのが一番疲れない気がした。

 何せ往路は徒歩だったのだ。


「出発、進行」


 ライガードの声がして、馬車が動き始めた。

 上下の激しい振動が継続的に襲ってくるため、尻が痛くて座っていられない。

 ポークは立ち上がって幌を開き、外に半身を出してみた。

 やはり立っていると楽だ。

 冷たい空気がポークの頬を撫で、並木の景色が馬車の後方へと流れている。

はらりと落ちた葉っぱを目で追っていくと、さよならと手を振るように海が波を立てていた。


「じゃあな、西の海!」


 ポークはいずれこのアトラ大陸を端から端まで横断するつもりだ。

 だとしたら西の果てであるこの海が冒険者人生のスタート地点なのである。


 ここからだ。


 海との出会いに感謝してポークは馬車の中に戻った。


 まさにここからだった。

 においや尻の痛みなんてどうでも良くなるくらいの苦しみを味わうのは。


「おんげろげろ、おんげろげろ」


 ココロが反対側の幌から頭を出して、まじないのような声を出している。

 ポークも我慢の限界だった。

 外の景色は渦を巻いて歪み、どこか遠くへと消えていく。

 目を閉じても世界が回る、胃が回る。


「おんげろげろ、おんげろげろ」


 すっぱくなったエビの香りがした。

 馬車の上には逃げ場がなく、季節風邪とは比較にならない体調の悪化にただ耐えるしかなかった。


 生まれて初めて乗り物酔いを経験し、ポークは馬車が嫌いになった。

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