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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第八話 西の果てから(4/5)

 その後もトレーニングは続いた。

 ポークはひたすら肉体鍛錬、ココロは鞭を自由に操れるように振り方を練習した。

 対ライガードを想定した組手は二人で行っている。

 ポークは寸止めを徹底しているが、ココロは当然のように当ててくる。

 痛みに耐える鍛錬だとポークは割り切っている。


 太陽が昇りきるとようやくライガードが起きてきた。

「美味しい水を飲みすぎた。二日酔いだ」とふらふらしている。

 頭痛や吐き気に悩まされるとわかっているのにそれでも浴びるほど飲むなんて、いったいどれだけ美味しいのだろうか。

 いつか飲んでみたいと思った。


 昨晩の残り物を食べ、ライガードの調子が良くなるのを待った。

 美味しくないただの水を桶一杯飲んでようやく元気が戻ったようで、約束どおり砂浜に向かった。

 泳ぎ方を教えてもらうのだ。


「ゆっくり足から入るんだぞ」

「わかった」


 裸足になると砂はじっとしていられないほど熱い。

 火傷しそうになったポークは波打ち際まで走っていった。

 ココロが足を水に浸け、両手で指の間を擦っている。

 海の生き物が心配だ。

 今日でエビは絶滅するかもしれない。


 ポークも足首まで水に浸かってみた。

 体内の熱が足から放出されていくのを感じる。


「よし、まずは頭まで潜ってみろ。波を怖がるな」

「それくらい簡単だよ」


 ポークは沖に向かって水の中を歩いた。

 胸まで浸かった辺りで息を止めて水に潜る。

 こっそり川で水遊びをしていたポークには楽な芸当だ。

 雨の翌日の川の流れに比べたら、この程度の波なんてマッサージくらいにしか思えない。

 ココロは海水の味見をして豪快な咳をしていたが、水が怖くはないようでなんの抵抗もなく普通に潜った。

 水浴びしている感覚なのか海水で洗髪するくらいの余裕っぷりだ。

 海洋汚染ここに極まる。


「なんだお前ら、さては川で練習してきたな」

「練習じゃないけど、あんまり暑いと入ったりはしてたよ」

「なら話は早い。俺が今から泳いでみせるから、真似してみろ」


 身体を捻って準備運動をしていたライガードは、ゆっくり海に入っていった。

 腰の高さまで浸かると、前方に飛び込むように潜った。

 それからしばらく姿を消したかと思うと、上半身が海面に飛び出る。

 肩から両の腕を回し、水を掻いて進んでいる。

 溺れているのかと思うほど派手な泳法だった。

 水しぶきを上げながらどんどん勢いを増していく。


「おい姉ちゃん、一回海から上がろうぜ」

「どうして?」

「あれはまだ本気じゃない。海にいたら危ない」


 ポークはココロの手を引いて砂浜に戻った。

 はるか遠く、水平線の彼方へと泳いでいくライガード。

 もう白い水しぶきしか見えない。


「大丈夫かな」


 ココロは心配しているようだが、あれはライガードだ。

 大丈夫に決まっている。

 案の定、ライガードは戻ってきた。

 両腕から水柱が上がっている。


「ぬおおおおお!」


 どう見ても強化魔術を使っている。

 一際大きい水柱が上がったかと思うと身体が水面を飛び出し、水切りの石のように跳ねていった。

 もう泳ぎでもなんでもない。

 そのまますごい速度で浜辺の砂に突っ込んだ。

 頭が砂に埋まったままライガードは「すまん」と謝った。

 珍しく馬鹿をやったライガードが面白くて、ポークとココロは顔を合わせて笑った。


 それからまともに泳ぎ方を教えてもらった。

 特にココロは覚えが早く、調子に乗って人魚を自称した。

 強化魔術と泳ぎの相性が良いらしい。

 ポークは筋肉量が多くあまり水に浮かなかったが、持ち前のスタミナで長く潜ることができた。

 息継ぎを教えてもらうと足のつかないところでも怖くなくなった。

 魚を追ったり、水をかけあったり。

 途中から泳ぎの練習でもなんでもない、遊びの時間になっていた。


「どうだ、来て良かっただろ」


 さすがに泳ぎ疲れたようでライガードは浜で涼んでいた。

 ポークも充分遊んだので水から上がる。


「すっげー楽しい。飯もうまいし、アボカトロ村最高だぜ!」

「この辺りでは獣肉がとれないから、ライチェ村とは食文化に違いがあるな。ポークは魚と獣、どっちが好きだ?」

「やっぱり慣れてるから獣肉のほうが好きだけど、海の魚もうまいよ。エビは絶滅しろ」

「エビもうまいぞ。見た目がアレだから食うには勇気がいるかもしれんがな」

「信じられねぇ」

「思い出すよ。昔、旅の仲間に今のお前と同じようなことを言ったやつがいた。そいつは海が苦手だった。山育ちだったから生臭いにおいに耐えられなかったんだ。特に蒸したエビが苦手でな、目に映るだけで鳥肌が立っていた。だが他の仲間に食わず嫌いを叱られて、渋々、エビを口に入れたんだ。初めて広がるエビの旨味。そいつはあまりの美味しさに叫んだ」

「叫ぶって、大げさだな」

「それだけ衝撃的だったんだろうよ。それからそいつは魚を食い、貝を食い、ときには海藻を乾燥させて食べた。あらゆる海の幸を食べまくった。冒険者を引退してからは未知なる海の食べ物を獲るために漁船を買った。船は安くない。冒険で稼いだすべての財産を費やしただけじゃなく借金までしたんだ。先のことを何も考えていない馬鹿だと思ったよ。だが今では漁師として、冒険者時代では考えられないほどの大金を稼いどるらしい」

「すげぇな。エビ食って人生が変わるなんて」

「そいつは食わず嫌いを克服しただけだ。それが今の仕事に繋がっているのだから、人生何がきっかけで好転するかわからん。お前も機会を無駄にしてはいかんぞ」


 言いたいことはなんとなくわかる。

 ライガードは何に対しても積極的に生きてきた。

 経験できるものはなんでも経験しようとした。

 だからこんなにも博識なのだ。

 だからなんでもできるのだ。

 ポークはもっと色々なことに挑戦してみたくなった。


「なぁライガード、この海をずーっとずーっと、見えなくなるまで進んでいったら、何があるんだ?」

「海がある」

「だから、海を船で進んでいったら何がある?」

「海だ。果てしなく海が続いている。と、言われている」

「言われている?」

「ああ。本当のところは誰も知らない。そんなに遠くまで行ける船がないからだ。海の魔物は強すぎる。陸地の理屈がまるで通用せん。特にクラーゲンという巨大なクラゲの魔物が厄介で、どんなに丈夫な船も海中に引きずり込む。名のある冒険者であっても船をやられては生きられん。そのせいで船を移動手段と考える者はほとんどおらんのだ。どの国でも陸地に沿って移動する貨物船か、近場で漁をする漁船くらいしか使っていない。海の先を目指すには造船技術の進歩を待たなくてはな」

「ライガードなら泳いでいけそうだけどなぁ」

「無理だったぞ」

「試したのかよ」


 海にも、空にも、大地にも。

 どこにでも不思議はあって、不思議の数だけ冒険できる。

 自分が大人になった頃には、海の向こうへ行けるだろうか。

 いつか来るであろう冒険の日々に思いを馳せて、ポークはくたくたになるまで泳ぎの練習をした。

 夜になってから食べた蒸しエビはみっちりと詰まった身に濃厚な甘味があって、叫びたくなるほど美味しかった。

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