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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第一話 始まりはウゴウゴで(3/5)

 ココロは背伸びをして手を伸ばしてみるが棚の最上段は遠く、届かない。


 仕方なく木登りの要領で棚の下段に足をかけると、背後から低く落ち着いた声がした。




「欲しいものがあればとってやるぞ」




 ライガードが大きな手で棚を押さえていた。


 倒れないように支えてくれたのだ。


 ココロは床に足を下ろすと本のある棚に指を向ける。




「あれはいくらなの」


「本か。うーん、実を言うとあれは俺の私物みたいなもんだ。読み終わったから売っているが、高いぞ。その袋の中身じゃ足りんな」


「わかってる。気になっただけ。でも読んでみたいなぁ、いちばん左の『遺跡から読み取る歴史』とか」


「驚いた。その歳で文字が読めるのか」




 ココロが本の背表紙を読み上げるとライガードは目を大きく見開いた。


 これくらいの歳で文字を読める子は少ないのかもしれない。




「その隣は『お猿さまのここがすごい』でしょ。もう一つ隣は『死者を殺した日』て書いてある。……意味がわからないけど怖い!」




 得意気になって文字が読めることをアピールしまくる。


 鼻水を垂らしているポークを見て、あんたとは頭の出来が違うのだと目で語った。




「きゃー、賢ーい! どうして読めるの?」




 期待していた反応をポニータから引き出せた。


 ココロは調子に乗ってふんぞり返る。




「うちに読み書きの本があって、お父さんやお母さんに教えてもらったの」


「むうう。そっかー、やるわねー」


「文字を読めるってすごいことなの?」


「王都ならココロちゃんくらいの歳で読み書きを覚える子もいるけど、こんなドがつく田舎村じゃ大人でも読めない人が多いわ」


「なーんだ。あたし以外にも読める子いっぱいいるんだ」




 がっかりした。


 話を聞いてみると地域によって教育格差があり発展した都市の子ならば普通に読書くらいできるらしい。


 七歳で文字が読めるココロは辺鄙な村でこそ優秀だが、都会に行けば普通の子なのだ。




「でももったいないわね。この村にいても読み書きなんてあまり使わないでしょう。他の集落なら代筆や代読のお仕事ができるかもしれないのに」


「お仕事かぁ。あたしくらいの歳でもう働いてる子もいるの?」


「いっぱいいるわ。ほとんどは家の仕事のお手伝いだけどね。出稼ぎにはまだ早いかな」


「お手伝いならあたしもしてる。でも自分ひとりでお金を稼ぐって想像できない。お金は欲しいけど」


「自分で稼いだら好きなものが買えるわよ。ココロちゃんは欲しいものはないの?」


「あたしは……」




 棚の本に目をやった。


 視線を追ったポニータが赤い布の背表紙を指先で半分引き出した。




「これ?」


「うん」




 レイモンド・エスペルランス著『アトラ大陸民話集』である。


 ここドリアン王国だけでなく、隣接するマダガスト教皇国やタルタン紛争地域、東の大国フォーズの話も載っているかもしれない。


 村の外どころか国の外の話まで読むことができるのだ。




「本は贅沢品だからね。ちゃんとお仕事をしてそこそこ良い稼ぎがないと買えないわ。でもね、知識は人生を豊かにする。目の前に金塊が落ちていてもその価値を知らなければ幸運にはなり得ないのよ。その歳で本を欲しがるなんて、ココロちゃんは将来大物になるわね」


「えへへ。そうかな」




 ポニータはいつも褒めてくれるから好きだ。


 気分が良くなって頬が緩んだ。




「そこで、ココロちゃんに相談があるの!」


「はい?」




 ポニータがぱちんと手を叩いた。


 店内の目がポニータに集まる。




「ココロちゃんは本が読みたい。だけど本を買うお金が稼げない。ライチェ村には力仕事しかないからね。そこでココロちゃん、私からあなたに仕事を与えましょう」


「仕事って?」




 ポニータが両肩に手を乗せてきた。


 じんわりと体温が伝わってくる。




「ポークに読み書きを教える仕事よ」




 肩がぐっと重くなった。


 断れば手が滑って首を絞めてきそうな重圧。


 絶対に逃がさない、と笑顔の奥から声が聞こえた。




「やだやだ、絶対やだ。こいつに教えても理解できるはずないし」


「なんだと。オレは右と左の違いを半年で覚えた男だぞ」


「馬鹿じゃない! 紛うことなき馬鹿じゃない!」


「な、何を……」




 ポークは何も言い返せずに黙った。




「しかしうちには給料を払う余裕なんてないぞ」




 ライガードは冷静だった。


 さすが、ポニータが来るまで何年も独りで店を切り盛りしていた男だ。


 彼の言葉には説得力がある。



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