第七話 ときめけあたし(5/5)
「それじゃ、模擬戦やるわね。危ないから遠くから見なさいよ」
ポニータがライガードから十歩ほど離れる。
腕を伸ばし、先ほど拾った棒の先をライガードの喉に向けた。
いつも使っている短剣のつもりらしい。
ココロは倒れたポークを抱えおこして、腰かけに座らせた。
ココロも隣に座り、観戦に集中する。
「行きますわよ」
「怪我せんようにな」
ライガードが左半身を前にして両手の拳を握った。
素手で対峙するつもりだ。
傍目にはわからないが、強化魔術を使っているようだ。
「ポークはどっちが勝つと思う?」
「ライガードだろ」
「あたしはポニーさんだと思う」
ポークとの会話はそこまでだった。
ポニータの姿がぱっと消えたのだ。
慌てて目を凝らすと、ライガードが自分の胸の前でポニータの手首を掴んでいた。
棒の先はライガードに届いていない。
遅れて届いた衝撃波がココロの前髪を散らした。
ポニータが元いた場所には深い足跡が残っている。
彼女はたった一歩の踏み込みで、ライガードの胸を突いたのだ。
「息子たちに格好良いところを見せたかったんですけど、反応されてしまいましたね」
「俺も負けたくないんでな」
「あらやだ。年甲斐もなく燃えてきちゃいました。ライガードさんは私の異名はご存知でした?」
「異名? はて、知らんな」
「現役の頃の私は、『アシナガバチ』って呼ばれていたんですよ」
ポニータは近くに積んである棒をライガードの周囲に放り投げていった。
計四本、ライガードを囲むように棒が転がった。
「当時は六本の短剣を携帯していたんです。特注の冒険服で、どんな体勢からでも刺せるように。でも今は持てませんから、四本は地面に置かせてもらいます。一撃入れたら私の勝ちですからね」
「俺の勝利条件はなんだ」
「私にまいったって言わせること」
なかなかの無茶だ。
ポニータは両手に棒をぶら下げて無邪気な子どものように笑っている。
「では、行きます」
ポニータが腰を落とした。
瞬間、消えた。
目にも止まらぬ速度でライガードの周りを回っている。
アリクイクイと戦っていたときと同じだ。
ライガードは拳を構えたまま、微動だにしない。
突然、ぱんと乾いた音がした。
見るとライガードが真後ろから突かれた棒を正拳突きで破壊していた。
いつ振り返ったのかわからなかった。
ポニータの姿が一瞬見えたかと思うと、また周囲を回り始めた。
どんどん加速していく。
「あー、たしかに蜂っぽい」
残像しか見えないせいで、何人ものポニータがライガードを囲んでいるように錯覚した。
加えて、短剣という武器が蜂の針を連想させる。
蜂蜜をとりにきた熊に集団で襲いかかる蜂の群れのようだった。
またしてもライガードの背後から棒が突き出された。
ライガードは振り返り、迫る棒の先を掴むと、奪うつもりか大きく振った。
しかしその先にポニータはいなかった。
いつの間にか頭上にいるポニータが後頭部めがけ、もう一本の棒を突き立てようとする。
ライガードは首を傾げてそれを躱す。
着地したポニータに拳を向けるが、ポニータはすぐに距離をとってまた回り始めた。
素早さに任せたヒットアンドアウェイ。
それがポニータの戦法だった。
「なるほど……こいつは手強い」
そう言うとライガードは構えを解き、奪った棒を投げつけた。
棒はばちんと音を立て、何かにぶつかった。
「きゃっ!」
可愛らしい声がしてポニータが姿を現す。
手に持った棒で弾いたものの衝撃は伝わったらしく、体勢を崩して地面に手を着いていた。
そのチャンスをライガードは見逃さない。
一気に距離を詰め、もちろん寸止めだろうが、ポニータの顔面にパンチを繰り出した。
しかし驚くべきことに、ポニータは地面に着いた手を軸にして蹴った。
ブーツがライガードの鼻先を掠める。
「脚、長っ!」
ココロは興奮して立ち上がった。
ポニータの脚線は美しかった。
無駄な肉が一切ついていない。
よく研がれた刃物のようだ。
それからポニータはライガードが距離をとるまで脚技で応戦した。
体格差はあれど脚の長さのおかげでリーチでは負けていない。
ライガードが腕で防御しながら退くと、ポニータはまた周りを走り始めた。
残っている棒を拾い、ライガードに投げつける。
ライガードはそれを難なくキャッチしてみせた。
勝負の終わりは突然訪れた。
ライガードが構えを解いたのだ。
無防備な姿である。
「……終わりだ」
そう言うと、ポニータの走っていた円周上に大きな土煙が立った。
煙の中にポニータがうつ伏せに倒れていた。
肩で辛そうに息をしている。
大変だ。
「ポニーさんに何したの!」
ココロは観戦をやめてポニータに駆け寄った。
仰向けにしようと身体を持ち上げる。
肩に触れたとき、心音が凄まじく早いことに気がついた。
大病を患っているかのように汗びっしょりで、目が虚ろである。
「別に何もしとらん。魔素が切れとるのに無理な運動を続けるからだ。大丈夫か」
ライガードは心配そうにポニータの顔を覗き込んだ。
ポニータは額に貼りついた髪の毛を上げて、悔しそうに声をあげた。
「まいりましたー!」
ライガードの完全勝利である。
あれだけの攻撃を受けきって、平気な顔をしている。
やっぱり人間じゃない、とココロは思った。
「駄目ね。現役の頃はもっと長くもったんだけど、今動くと魔素の消費が激しすぎる。ライガードさんはさすがだわ。魔術のコントロールが完璧。攻撃に転じる一瞬だけ強化するから、魔素をほとんど使っていない。二人とも、あれを見本にするのよ。私のは駄目だわ。あー疲れた。晩ごはんはライガードさんに任せたからね。もうっ!」
「おつかれさん。俺からも補足しておくと、短時間で決着がつけられるなら、ポニーさんみたいに全力で仕留めにいったほうがいい。俺の戦法じゃ時間がかかるし実戦なら敵に逃げられちまう。戦闘スタイルなんて適材適所だ。どっちが強いかなんて決められるものじゃない。それに今回で言えば俺は背後をとられたとき、棒の突きを拳で迎撃した。あれが短剣なら拳は二度と使えない。一撃入れるのが勝利条件なら、ポニーさんの勝ちだ」
「ライガードさんなら、短剣くらい砕きそうですけど」
「そんなわけあるかい」
ライガードから合格をもらうには、これだけの動きをしなければならないのか。
隣でポークが目をキラキラさせているが、その神経がわからない。
あと四年に満たない期間で、ポニータと並び立つ実力者になれるだろうか。
どう考えても無理である。
ココロは深いため息をついた。
「どうした姉ちゃん、びびったか?」
「魔術のまの字も知らないあんたが、なんでそんなにお気楽なの」
「びびったのか?」
「びびってないって! もうライガードに勝つ方法見つけたくらいだし」
「まーた始まったよ」
「何よこの!」
ポークの肩を殴ってやった。
腕力を強化しているつもりだが、大して痛そうではない。
さらにもう一発殴り、三回目に殴りつけた拳をポークに掴まれた。
「絶対、魔学舎行こうな、姉ちゃん」
「当たり前でしょ。あんたが無理なら一人で行くんだから」
目標は果てしなく遠い。
努力して努力して、背伸びをして手を伸ばしても届かないかもしれない。
それでも、がむしゃらに頑張る馬鹿が隣にいるから、自分も頑張れると思った。




