第七話 ときめけあたし(3/5)
「うーむ。宝石に関係していて魔術の力が活きる仕事。一つしか思いつかんなぁ」
「なになに?」
「いや、でも駄目だ。俺がババアに殺されちまう」
「途中まで言ってそりゃないよ」
「……鉱脈ハンター」
「ええっ!」
「いいや、やっぱり今のはなしだ!」
ライガードがやっちまったという表情を両手で覆って隠した。
思わぬ答えにココロは疲労を忘れて跳び上がった。
喜びの舞いだ。
鉱脈ハンター。
なんて格好良い肩書だろう。
ココロは隠れた金鉱脈を探し求めるタイプの伝記をいくつか読んだことがある。
未開の地で四苦八苦しながら新たな鉱脈を探す冒険者たち。
彼らは皆、情熱をもって仕事に臨んでおり、読んでいるココロにまで楽しさが伝わってきた。
しかも彼らの功績は本になって後世に残っている。
有名人である。
世界各地から求婚の申し出があったに違いない。
それはもうげっへっへだろう。
トキメキも太陽みたいにぎらぎらだ。
「詳しく!」
「でもなぁ」
「いいから!」
「鉱脈ハンターってのは、金や銀など価値ある鉱物の産出地を見つけ出すことを目的として活動する冒険者の俗称だ。瑪瑙やアメジストなどの原石が採れる鉱山を探したりもする。冒険者である以上もちろん危険がつきまとうが、その中でも特に厳しい環境に身を置くことになる。人里近くの鉱脈はすでに掘り尽くされているからだ。そのぶんリターンは大きい。誰も知らない金脈を発見できれば、国や冒険者協会に支払うぶんを除いても三代は遊んで暮らせる。だがそう簡単じゃない。それはポークがなりたいと言っている探検家の仕事も同じだ」
「ポーク、探検家になりたかったんだ。地図も読めないのに大丈夫かな」
冒険者というのは冒険者協会に登録し依頼を請けるものの総称であり、それぞれ専門としている仕事は異なる。
ポークが冒険者を目指しているのは知っていたが、具体的にどんな活動をしようとしているかまでは知らなかった。
「ポークの目指す探検家は人間のいない危険な地域に入り、地質や生息する生物、気候、安全な経路などを記録する仕事だ。国が領土を開発するための調査だな。貧しい物資をやりくりするサバイバル能力や強力な魔物を撃退できる戦闘能力が必須だ。俺が冒険者時代にやっていた仕事もそれだ。相応の能力を持ちながら知識や技術を磨き続けた者だけが長く仕事を続けられた。逆に言おう。どんなに優れた能力があっても怠惰な友人は皆、死んだ」
ココロはごくりと唾を呑んだ。
ライガードは脅すような口調で話を続けた。
「鉱脈ハンターも同じだ。目的が違うだけでどちらも未開拓地域に飛び込む。価値ある鉱脈を見つけられる人間なんてほんの一握り。あとは戻ってこない。命の危険を冒してまで手に入れたいものなんてそうそうないはずだ。やめておけ。他の仕事なら応援する。なーに、宝石なら買えばいいんだ」
ここまで本気で反対されるとは思わなかった。
ココロはまだ七歳だ。
具体的に仕事を決める段階ではない。
憧れるくらい良いではないか。
口を尖らせたくなる気持ちもあったが、ライガードは経験から語っている。
たくさんの悲劇を目の当たりにしてきたのだろう。
その言葉には説得力があった。
けれど、気になることが一つ。
「そんなに辛いなら、どうしてライガードは冒険者を続けたの?」
ライガードが黙った。
腕を組み、視線を宙に動かした。
予想外の質問だったのだろう、返答までじっくりと時間をかけた。
「好きだったからな、冒険」
「そんなに?」
「ああ。最高だ。満天の星の下で仲間たちと火を囲い、その日倒した魔物の肉を焼くんだ。今日はどれくらい進んだとか地図を見て報告し合い、効率的なルートを考える。そこに邪念など一切ない。どうやって命を繋いでいくか話し合ううちに、仲間との絆は深まる。そして冒険の果て、見えるんだよ」
「何が?」
「心に焼きつく景色が。それは太陽の散る水面だったり、断崖に根づく薬草だったり、霧に隠れる滝だったりする。人それぞれ違うだろう。だがそれまで歩いてきた道のりが決して無駄ではなかったのだと、報われた気持ちになるんだ。冒険者は冒険者にしか見えない景色を見ることができるんだ」
ライガードはどこか懐かしむように語った。
ココロの身を案じるのであれば冒険の危険性だけ説けばよかったはずだ。
嘘がつけなかったのだろう。
どこまでも真面目な男である。
そんなに澄んだ目で過去を見つめられるんだったら。
「やっぱりあたし、やってみたい。鉱脈ハンター、いいえ、川や海も探したいから、宝石ハンターを目指してみるよ。トキメキみたいな宝石を、自分の手で見つけたいんだ。求めて求めてやっと見つかった宝石は、ライガードの見た景色と同じくらい尊いものなんじゃないかな」
ココロは自分の未来を頭に描いた。
洞窟に隠された宝箱に松明の光を照らすと、色とりどりの宝石が映し出される。
冒険者ココロ・マックローネにしか見えない景色。
それはきっと七色に輝く美しいものだろう。
「それでも、俺は認めてやれん」
「ライガードに認めてもらう必要なんてないもん。あたしの人生なんだ、好きに生きる」
ココロは胸を張った。
反対されたところで諦めるつもりはない。
夢を見つけた自分が誇らしかった。
「ポークも同じことを言っておった。そうか、本気なのか。それなら俺は条件を出さねばならん」
「ポークのやってる、冒険者になりたければ俺に一撃入れてみろってやつ?」
「そうだ」
「だからあたしはライガードの許可なんていらないんだって」
「そうでもないと思うぞ」
「ん?」
「ドリアン第四魔学舎。王都ドリアニアにある全寮制の学び舎だ。引退した冒険者や退役した軍人など、魔術のスペシャリストが厳しく教育してくれる。体術や魔術が格段に上達するはずだ。そこは軍や冒険者協会と繋がりが深いからな、卒業すれば選べる仕事の幅が広がるぞ。国内最高峰の環境で学べて、卒業後は仕事の斡旋までしてくれるんだ。ポークはそこに入学しようとしている」
国内最高峰の学び舎なんて、天才魔術師である自分のためにあるとしか思えなかった。
強化魔術がうまくいかないのも、ハゲた教師が悪いのだ。
国内最高峰のフサフサに教わっていたら、今頃片手で丸太を持ち上げていたに違いない。
「あたしも行ってみたい!」
「ところがだ、そこを卒業すると仕事に困らないとあって、入学希望者が後をたたん。人数を絞るため、魔術・教養・才能の三分野でテストを行い、優秀な成績をおさめた者だけが入学を認められる」
「あたしなら余裕じゃん!」
「現実を見なさい。杖すらまともに振れんのだ。今テストを受けたら確実に落ちる!」
断言された。
強がってはみたがココロも本気で入学テストに受かるとは思っていない。
だがあのポークが目指しているのだ。
ポークに勝算があるのなら、努力次第ではいけるはずだ。
「強化魔術を覚えればいける?」
「そうだな。可能性は上がるな。だが問題はそこではない。もっとシビアなところにある」
「どういうことなの」
「金だ。二年間の学費を入学時に一括して納めねばならん。寮費や食費が含まれているのもあるが、それにしても法外な額だ。田舎の出が入学しようとすると、村中から金をかき集めなきゃならん。こんなことを言うとババアがキレるだろうが、君の家から捻出できる金額ではない」
「そんな……」
ココロは表情を曇らせた。
マックローネ家は農家である。
それも村民が必要な野菜や穀物を供給するために作っているのであって、個人間での売買はしていない。
村の産業を維持するために派遣された雇われ農家なのだ。
魔術の才能があれば将来は安泰と思っていたが、そんなに簡単な話ではなかった。
お金がなければ肝心の才能さえ伸ばせないのだ。
「だが、俺なら出せる」
「えっ?」
ライガードが輝いて見えた。
決して頭頂部の話ではない。
「冒険者時代の蓄えを協会に預けてある。老後の生活資金にと考えておったもんだ。二人分だと足りんから、何度か出稼ぎに行くかもしれんがな」
「あたしの分も出してくれるの?」
「さっきも言ったが、俺と立ち会い、一撃入れることが条件だ。俺は君たちが冒険者になることに反対なんだ。だがもし俺とまともに立ち会えたなら、簡単に命を落とす心配はしないで済む。安心して応援できる。もちろん、魔学舎の試験に合格できるかどうかはわからん。ライバルは多いからな。だがもし合格したら費用はすべて俺が持つ。そのかわり、君が十一歳になっても俺に手も足も出ないようなら冒険者になるのを諦めろ。これは約束だ」
ココロは少し考えて、しかしどう考えてもありがたい申し出だったので素直に受け入れることにした。
「わかった約束ね。でも、どうして十一歳なの?」
「魔学舎の入学試験は十歳から受けられる。寮制だからな、周囲との兼ね合いもあってあまり歳をとると入学しにくくなる。何年もダラダラ目指しても見込みは薄い。一発勝負だ。ポークが入試を受けられるようになるとき、君は十一歳だからな。どうせなら一緒に入学したほうが良かろう。君はどこか、ポークに負けまいと努力しているようだしな」
図星を突かれてココロはたじろいだ。
ばれていたのだ。
姉が弟に負けるわけにはいかない。
そんな焦りがなければ今頃、強化魔術の練習なんてしていなかったはずだ。
「見てなさいライガード。強化魔術を覚えたら、その頭が太陽を反射しないくらい凸凹のぼこぼこにしてやるんだから」
「楽しみにしとるよ、野菜の魔術師さん」
ライガードは挑発的に微笑んだ。




