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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第七話 ときめけあたし(1/5)

 すっかり寒くなってきた。


 かじかんだ手で口を覆い温かい息を吹きかけると鼻の下が湿っていった。

 指の隙間から白い息が漏れている。

 両手を開閉して問題なく動くことを確かめると、ココロは木の棒に布を被せて紐で縛っていった。

 例の魔物騒ぎからまだ三十日ほどしか経っていない。

 人手が不足しているため、雑貨屋ウゴウゴの外で松明作りを手伝っているのである。


 ココロは今もウゴウゴに住んでいる。

 家屋の修復は緊急度の高い順に行っているため、マックローネ家は後回しにされているのだ。

 ウゴウゴは住みやすすぎた。

 夜になればランプが使え、服が破れたら裁縫道具がある。

 日中は村民がやってきて必要な物資を融通し合える。

 住んでいるだけで物にも情報にも困らない。

 さらに、マックローネ家とウゴウゴの家族で共同生活しているような状態のため、食事の準備にしても洗濯や掃除をするにしても助け合えた。

 ライガードからいつでも勉強を教えてもらえるし、ココロの両親が先生になることもあった。


 総勢七人。大家族である。

 ココロとしてはこのままウゴウゴに住み続けたいくらいなのだが、他の村民からすれば店の一角で人が寝ていると買い物がしにくいらしい。

 雪が降る前には元の家を復旧させて戻る予定だ。


「ただいまココロ。だいぶ仕事に慣れてきたようだな」

「あっ、ライガード、おかえりなさい。あっちに終わったのまとめておいたから、時間のあるときに持っていって」

「そうか、わかった。それで、今日はどうする」

「やるよ。ポークが帰ってくる前に」


 ライガードは警備の仕事が一段落ついたようで、最近設置したばかりの丸太の腰かけにどっかりと座った。

 ここのところライガードは見回り中に槍を持ち歩かなくなっていた。

 ポニータの短剣と違って、槍は非日常感が強く村人の視線が集まってしまう。

 そもそもアリクイクイが再来してもライガードなら素手で倒せるという判断から槍を置くことにしたらしい。

 相変わらず人間じゃない。

 しかしそんな人間離れしたライガードだからこそ、ココロの先生にうってつけだった。


 森で魔物に襲われたあの日、ココロは自分の無力さを痛感した。

 ココロを襲ったムカデの魔物カムデーは魔物の中では最弱の部類らしく、魔術の訓練を受けていない一般人でも退治は可能だそうだ。

 強化魔術が意識的に使えればまず負けない、森の害虫にすぎなかったのだ。

 その程度の相手に天才魔術師であるはずのココロ・マックローネが殺されかけた。

 許せるはずがない。

 ひびの入ったプライドを修復するには強くなるしかなかった。

 扱えるのは野菜の魔術だけではないと証明してやりたかったのだ。

 こうして、ライガードとの秘密の特訓が始まった。


 冒険者を目指しているポークは朝のランニングと筋力鍛錬を欠かさない。

 ココロは涼しい顔をしてポークを応援しているが、内心はメラメラと対抗心を燃やしていた。

 天才は努力しなくてもできるから天才なのだ。

 そんなに頑張ってるのにあたしに勝てないんだ、とちょっと上から目線で言ってやりたいのだ。

 それでようやく姉としてのプライドが保たれる。

 ポークは悔しがるだろうが、それもまた気持ちの良い優越感だ。

 そう、ココロが特訓しているのは強化魔術である。

 腕相撲でポークの腕をへし折ってやる。


「ぬわはははははは」

「何ひとりで笑っとるんだ……」


 ライガードがいるのを忘れていた。

 若干顔が引いている。

 ココロは気にせず棒に布を被せる作業を続けた。

 しばらくすると作業が一段落したため、作り終えた松明の部品をまとめて置いた。

 この仕事はあまり動かないため身体が冷えてしょうがない。

 手に息をかけて暖をとった。


「よし、じゃあやるか」


 ライガードが立ち上がった。

 分厚い筋肉には冷気が通らないのだろうか、腕をまくっている。


「ポークは遅くなるの?」

「たしか今日は北の作業場で仕事だったかな。しばらくは帰ってこないんじゃないか」

「なら大丈夫そうね。よーし、目指せ力持ち!」


 ココロ同様、ポークも毎日村の仕事を手伝っている。

 以前は炭工場で働いていたポークだが、やりたい仕事を見つけて配置転換した。

 村民のほとんどが驚いていたと思う。

 ポークが今やっているのは木の伐採と運搬……木こりである。

 あれだけ苦手だったナマハムと一緒に働いているのだ。


 最初のうちはもう嫌だとか苦しいとか泣き言を漏らしていたポークだが、最近はむしろ喜々として現場に向かっている。

 身体が慣れたのか、心が慣れたのか、とにかく元気にやっているらしい。

 木こりの仕事を始めてからポークは怪力を隠さなくなった。

 アリクイクイを殲滅したライガードの姿が記憶に新しいおかげか、村人も素直に受け入れていた。

 ポークの倒した木は無駄な傷が少なくて使いやすいと評判である。

 今日は村から最も遠い北の作業場を拠点に仕事をしているらしいので、帰宅は遅い。

 ココロが特訓する時間はたっぷりある。


「まずは復習だ。杖を持て」


 ライガードの指導が始まった。

 ココロはサキのお下がりの鉄の杖を両手で握った。

 杖といっても高齢者向けの歩行を補助する道具でなく、ココロの身長よりも長いただの鉄の棒である。

 鉄は魔素の伝導率が高く、手にしていると杖の中で魔術を練ることができる。

 体内で魔術を練るよりも負荷が格段に下がるため、長時間練習できる。

 杖の形状である必要はないので、素材さえ同じならば剣や槍などでも同様の効果がある。

 杖は殺傷能力が低く威圧感がないという理由から、患者を脅かしてはいけない治癒術師が愛用しているようである。


「強化魔術を発動しろ」


 指示に従いココロは体内の魔素を杖に注ぎ込んだ。

 それから杖の中の魔素をできるだけ固く変質させて皮膚と筋肉に流す。

 全身の肉が外側から引っ張られているような気がした。

 野菜の魔術を発動するときとはまったく異なる感覚だ。

 あちらは野菜に語りかけるだけで完了するのに、強化魔術は体内の魔素がどう動いているかを常に考えなければならない。

 基礎魔術を甘く見ていた。

 ココロにとって強化魔術は野菜の魔術の何倍も難しい。


「よし、いいぞ。次はその状態でスムーズに動いてみろ。杖の硬質化と筋力の強化を同時に行うんだ。素振り百回。声に出してな」

「百って!」

「常に最速の振りを意識しろ。感覚を身体に覚え込ませるんだ。振れ。そうだ、振るんだ」


 杖を振り上げただけで額に汗が滲んだ。

 案の定、十を数える前に魔術のコントロールを失い、素の筋力で振っていた。

 ライガードに指摘されたので中断し、強化魔術を纏い直して続きを振る。

 百を数えるまでに何度も中断を繰り返した。

 二の腕がぷるっぷるだ。


「よし、次はその杖でこれを思いっきり殴ってみろ」


 そう言ってライガードは先程まで座っていた丸太の腰かけにメロンサイズの石を乗せた。

 川に落ちているような丸みがあって硬そうな石だ。


「そんなの殴ったらじーんってなるじゃん! 絶対痛いやつじゃん!」

「強化魔術がしっかり使えていれば、こんな石くらい粉砕できる。やってみろ。なぁに、今なら最速の振りを身体が覚えとる」


 自信あり気に腕を組んでいるライガード。

 ココロは全身を強化して杖を振り下ろした。石のてっぺんに杖先がぶつかり、なんと傷つけることに成功した。

 と、いってもぶつかったところがほんの少し削れた程度である。

 よく考えたら鉄の棒をぶち当てたのだ、当然この程度の傷はつく。

 どう考えても筋力の仕業である。

 強化魔術は失敗だ。

 腕がびりっびりに痺れている。


「おかしいな。俺のときはこれで石が粉々になったんだが」

「あたしは人間なの!」


 規格外と一緒にされては困る。

 悔しいが強化魔術の才能がライガードに及ぶとは思っていない。

 ココロはくたくたに疲れてしまい、杖を地面について身体を支えた。


「ババ臭いな」

「こんな可愛らしい女の子に向かってなんてことを」


 姿勢を正そうとしたがもう動けない。

 魔術の才能以前に筋力が不足している。

 ライガードが腰かけの石を地面に置いた。

 今日の石砕きチャレンジは終わりのようだ。

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