第六話 父を求めて(5/5)
「母ちゃんは父ちゃんと会えなくて、辛くないの?」
「あら、私は大丈夫よ。あんたがいるし、日々の仕事で忙しいし。それに私はあの人の冒険を邪魔したくないの」
「父ちゃんの冒険って?」
「彼は探検家だからね。古代遺跡の発見と攻略がメインね。たまに魔物の討伐や用心棒みたいなことも請け負ってる。行動力の塊よ。過去のどんな英雄よりもでかいことをやらかしてやるって言ってたわ」
「それは……なんというか大げさだなぁ」
「大言壮語。そういう人なのよ。でも彼はやるって言ったら諦めない。だから、ね。エスペルランスすら諦めた遺跡を攻略したように、世の中の伝説をみんな塗り替えてくれると思ってるわ」
「ほんとに、好きなんだね。父ちゃんのこと」
「もちろん。世界で二番目に好きな人よ」
「一番は?」
「さぁ、誰でしょうね」
ポニータが優しく肩を抱き寄せてくれた。
母の愛情が冷えた身体を暖める。
二の腕の辺りに寄りかかると、胸元に光る銀色のペンダントが目についた。
ココロが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「ねぇ、ポニーさん。気になってたんだけど、そのロケットペンダントってもしかして、フォクスさんの肖像画でも入ってるんじゃないの。元王子様なら、そういうのもいっぱい描かれただろうし」
「鋭いわねぇ、ココロちゃんは」
「ココロって呼んで」
「まぁ」
ポニータは驚いた顔をした。
ココロは恥ずかしかったのかぷいと顔を背けた。
他人行儀なのが気になったのかもしれない。
ココロが積極的に仲良くなろうとしているようで、ポークは嬉しかった。
「ココロの言う通り、これはフォクスと関係があるものよ。でも肖像画じゃないわ。見たい?」
「見たい!」
ポニータは首の後ろに手を回して銀の鎖を取り外し、ランプの灯りに近づけるとロケットペンダントを開けた。
「何……これ」
ココロの目が丸くなりきらきらと輝いた。
小さな火に照らされたそれは七色に光る石のかけらだった。
もともと球体だったものが割れたのか三日月のような形をしている。
虹を溶かしてガラスに閉じ込めたような不思議な煌き。
ただの模様ではない。
中で虹が動いている。
「これは虹のかけら。世界に三つしかない、古代の遺物よ」
「高いの?」
「失われた古代の技術で作られた石よ。世界中の研究者が欲しがってる。売れば城が建つわ」
「しっ……」
絶句したココロ。
城が建つ、それがどのくらいの金額かは知らない。
だがかなりの貴重品だということは伝わった。
「これが父ちゃんとどう関係してるの?」
「これと同じものをフォクスが持っているわ。ある場所で冒険の末、女王様にもらったの」
「女王様って……またスケールがでかいな。どこの国?」
「それは口外しないって約束してる」
「すごいお金持ちなんだろうなぁ。そんなに貴重な物を人にあげちゃうなんて」
「貴重なだけじゃないわ。面白いのよ。現代の技術では再現できない魔術がこのかけらには備わってる。見て」
ポニータは虹のかけらを摘んでみせた。
指の間で虹の河が渦巻いている。
ずっと見ていたいくらい美しい。
「赤」
ポニータが言うと、渦巻く虹の赤い色がどんどん膨れていく。
他の色を塗りつぶし、かけらは赤くなった。
「黄色」
赤の中に点のような黄色が生まれ、それがかけら全体を覆い尽くす。
わずかの間に黄色い石に変化した。
「なんだこれ。声に反応してるのか」
「そうなのよ。面白いでしょう。研究者の話では、このかけらは空気中の魔素を溜め込んで半永久的に稼働する通信魔術の道具らしいの」
「通信魔術?」
「ええ。このかけらを黄色くすれば、遠く離れた他のかけらも黄色くなるの。赤くすれば、赤く。現存する三つのかけらは繋がっているんだって」
「えええええ!」
なんという超文明。
声に反応するだけでも驚いたのに、目の届かないところにあるかけらにまで影響を与える道具だなんて、まるで神話の領域だ。
かつて栄華を誇った古代人たちはどれだけの技術力を持っていたのだろう。
こんな驚きと感動に出会えるのであれば、なるほど、古代遺跡を巡るフォクスの気持ちもわかる。
「すげぇな。向こうで父ちゃんも色が変わったことに気づいてるのかな」
「どうかな。普段はロケットの中に隠してるからね。ああ、お父さんもこれと同じロケットを持ってるのよ。お揃いで買ったの。だからポークがいつかお父さんに出会ったら、すぐにわかると思うわ」
「父ちゃんに……会う?」
考えたこともなかった。
探検家として各地を放蕩している父だ、ライチェ村を出たことのないポークには別世界の住人のように思えていた。
だが、そうだ。
フォクスはドリアン王国に居られないだけだ。
会えないわけじゃない。
ポークが他の国へ出向けば良いのだ。
もちろん、相応の手続きは必要だろう。
旅行で行ける距離でもない。
だがポークはまだ六歳だ。
たった六年しか生きていないのに、限界を決めつけてはいけないのだ。
「オレ、会ってみたい。父ちゃんと会って冒険の話をしたい」
ポークは生まれて初めてウゴウゴの店主以外にやりたいことを見つけた。
豚そっくりな自分を見て、父はなんと言うだろうか。
普通ならアルノマと馬鹿にするだろう。
だがそんな男に母が惚れるはずもない。
父はポークを捨てたのではなく、事情があって姿を現せなかったのだ。
ポークが会いに行くのであれば、きっと受け入れてくれる。家族が増える。
ココロが姉になってくれたとき、ポークはこれまでの人生で最上級の喜びを感じた。
欲張りな豚は欲したのだ。
新しい、家族を。
「オレ、冒険者になるよ」
口に出してはっきりと自覚した。
ポークは夢を見つけたのだ。
父に会いたいという気持ちをきっかけに、自分が本当に憧れていたものに気づいた。
ポークが手も足も出なかった魔物を槍の一投で仕留めたライガード。
格好良かった。
疲れを顔に出さず村人を保護したポニータ。
格好良かった。
ポークはずっと前から彼らに、冒険者に憧れていたのだ。
「冒険者として生きるのは簡単じゃない。常日頃から自己研鑽に努めていても、どうしようもない困難が襲ってくるのよ。あんたが思っている以上に死が身近な世界なの。それでも、なりたい?」
「なる!」
ポニータの問いに即答した。
この胸の高鳴りを抑え込むことなどできなかった。
「そう……」
ポニータはポークの頭に手を乗せて。
「お母さんは応援するぞ」
痛いくらいに撫でつけたのだった。
ポークの筋力をもってしてもこのぐりぐりには抗えない。
やがてポニータの手が止まり、ポークは顔を上げた。
虹のかけらがまた色を変えていた。
「ほら、お父さんも呼んでる」
かけらは二色に分かれていく。緑の上に青が波打っていた。
「緑は草木、青は空。今も元気に冒険してるって、お父さんからのメッセージよ」
銀のロケットペンダントの中身はフォクスとの繋がりだった。
ゆらゆら揺れる青と緑に、青空の下で草原を駆ける父親の姿を見たのだった。




