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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第六話 父を求めて(2/5)

 竜巻のような烈風がポークの近くで起こった。

 ポークに噛みついていたアリクイクイの頭部が吹き飛び、周囲の景色が目に映った。

 一瞬、自分はやはり死んでいたのではないかと錯覚する絵面だった。

 ポークの周りで炎の塊が生き物のように踊っていたのである。

 アリクイクイの身体は三つに分断され、そのすべてに向こう側が見えるほどの大穴が空いていた。

 穴の内側は焦げて煙があがっている。


 炎の渦の中心に槍を持った大男が立っていた。


「ライガード!」


 ポークは男の名を叫んだ。

 ライガードはポークの無事を確認すると別の場所へ視線を動かした。

 薪の備蓄小屋にいた三匹のアリクイクイが騒ぎに気づいて引き返し、孤立したココロのところへ向かっていたのだ。

 慌てて逃げようとしたココロは足がもつれて転んでしまう。

 立ち上がる力がないのか這っているとココロは何かに頭をぶつけた。

 それは細長く筋肉質な脚だった。


「よく頑張ったわね」


 ポニータはココロに向かって微笑んだ。

 緊迫した空気をかき消す、慈愛に満ちた母親の顔だった。

 ポークは身体中の力が抜けて倒れそうになった。

 日常に戻ってきたような安心感。

 ココロだけでなくポークまで守られていると感じた。


 ポニータは腰に差してある短剣を抜くと、一歩、二歩と前に出た。

 三歩目、突風に姿を変えてポークの視線を置き去りにした。

 あまりの加速に消えたとしか思えなかった。


 ポニータの影は先頭のアリクイクイに到達するとその近くを周回した。

 影が揺らめいているようにしか見えないが、アリクイクイは魂でも抜かれたように動かなくなった。

 何十、何百かもしれない、短剣による刺し傷がアリクイクイの表皮にあった。

 強化魔術だろう。

 ポークがどんなに力を込めても破れなかった金属質な皮膚が、熟れたトマトのように見えてしまう。


 続いて、二匹目のアリクイクイの体表に穴が空き始めた。

 頭を振り回して暴れるがポニータに当たることはない。

 速度が違いすぎるのだ。

 あっちにもこっちにもポニータの影が見える。

 どんどんアリクイクイの動きが鈍っていく。


 その隣を最後の一匹が追い越した。

 すると動かなくなったアリクイクイの頭の上にポニータが姿を現した。


「ライガードさーん、お願いしまーす」


 緊張感のない声だった。

 短剣を持つ手を振っている。


 ライガードが槍をくるりと半回転させた。

 槍を持つ右腕が明らかに肥大している。

 肩を覆うのが薄布であれば弾け飛んでいるはずだ。

 槍の穂先は夕焼け色に染まり、金属なのに燃えていた。


「爆ぜろ、炎槍」


 はち切れんばかりに肥大した腕から槍が放たれた。

 纏った炎が置き去りになって宙空に線が引かれる。

 残り火が蜘蛛の糸のようにきらきら光り、槍はアリクイクイの頭部を捉えた。

 熱と着弾の衝撃でアリクイクイの頭は爆散し、残った胴体の上に火の粉が降り積もっていく。

 貫通した槍は地面にぶつかり大穴を空けていた。

 黒煙をあげるその様はまるで噴火後の火山だった。


「すげぇ……」


 あれだけ村を苦しめた魔物があっという間に片づいた。

 一流の冒険者とはこれほどの戦闘技術を持っているのか。

 怪力がコンプレックスだったポークは、幼くして母より腕力が強いのではないかと悩んだ時期もあった。

 馬鹿らしい。

 母はポークよりよほど人間離れしていた。


 ポークは周辺に残る火や燃えかすを避け、ライガードの元へ歩いていった。

 ライガードは直立不動で険しい表情をしていた。

 一日ぶりの再会である。

 助けてもらった感謝の気持ちと村を出て心配をかけてしまった申し訳なさ、言葉にできない感情が涙に変わる。

 ただ触れて安心したくて、ライガードの袖に手を伸ばした。

 しかし、その手と交差してライガードがポークの首元を掴む。

 強烈な力で引き寄せられ、身体が浮いてしまった。

 顔が同じ高さになるまで持ち上げられ、首を動かすこともできない。

 必然、顔を突き合わせる形になった。


「なんで最後まで逃げなかった!」


 鼓膜を貫通して直接脳を揺らしてきた。

 こんなに怒ったライガードは生まれてから一度も見たことがない。

 怖くて目を逸したいのに、ライガードがそれを許さない。


「だって……もう駄目だと思ったから……せめて姉ちゃんを逃したかった」


 息がうまくできずポークの声は途切れてしまう。


「お前、何歳だ」

「六……」

「たった六年しか生きてないのに、自分の限界を決めつけるな。いつ死ぬかなんて死ななきゃわからん。足掻いて足掻いて足掻きまくれ。みっともなくてもいい、周りに迷惑をかけてもいいんだ。ポークよ、今から教える言葉を死ぬまで心に刻んでおけ」


 ポークの足が地面についた。

 ライガードは腕を組み、大きく息を吸った。


「悲劇は輝いたりしない!」


 森の鳥がいっせいに飛んだ。

 顔面がびりびりと震える。


「死は悲劇だ。それがどんなに意味のある死だったとしても、残された者は悲しむんだ。お前が何を考えどう行動して死んだとしてもその結果は決して誇れるものではない。だから、生きろ。格好つけるんじゃない。絶対に、どんな理由があっても生きろ。死ぬしかなくても生きろ」


 ライガードは愛情深い男だ。

 だからこそポークのとった行動が許せなかったのだろう。

 たしかにポークは生きることを諦めた。

 ココロさえ助かればそれでいいと妥協してしまった。

 残された家族の気持ちなど考えなかった。反省しなければならない。

 だが、こんなときなのにポークは嬉しかった。


 ライガードは声が震えるほどに怒っている。

 その意味はたった一つ、お前を失いたくない、だ。

 自分は愛されている。

 そう実感できた。


「わかったなら復唱せい! 悲劇は輝いたりしない!」

「ひ、悲劇は輝いたりしない!」

「よし!」


 ライガードの太い腕が今度はポークの頭を包んだ。

 ごつごつした厚い胸に優しく誘われ、ポークは目を閉じた。

 大きな手がぽんぽんと頭を撫でる。


「怖かった……」


 ライガードにぎゅっと抱きついた。

 ポークの怪力をものともしない頑丈な筋肉だ。


「アリクイクイに何人も殺されてて、オレも食べられちゃうと思った。なんとか逃げようとしたんだけど、見つかっちゃって。ライガードが来てくれなかったら死んでた。もうオレ、ライガードから離れたりしない。相談もせず村を出て、ごめん」

「ああ……お前が無事で本当に良かった」


 ココロの泣き声が聞こえてきた。

 ポニータに抱きしめられている。

 後でライガードに伝えよう。

 彼女はポークの家族になったのだと。


 ライガードやポニータと会い安心しすぎたせいか全身の力が抜ける。

 倒れそうになるポークの体重をライガードが受け止めてくれた。


 ライガードはポークを抱えて、ココロとポニータのところへ歩いていく。

 ゆりかごに揺られているような心地よさだった。

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