第三話 キマイラ研究所(4/7)
食事を終えてシャクレマスと合流したロビン、ポーク、ココロの三人はキマイラ研究所に向かった。
研究所はロビンたちが寝泊まりした隊舎のすぐ横に建っており、敷地にわかりやすい境目はない。
三階まである広い建物で、建材には石が多く使われている。
出入り口に槍を持った守衛が二人立っており、研究員は身分証のようなものを彼らに見せてから入場している。
他の出入り口にも守衛の姿がみえるし、窓の近くは見通しがいい。
警備は厳重だ。
治安維持隊の隊舎のほうが簡単に侵入できる。
「ひひひ、ま、待ってろ」
シャクレマスは守衛に職員証を見せ、三人が見学に来た旨を伝えた。
これですんなり通れるものかと思ったが守衛は「許可はあるか」と無表情で言い放つ。
「おおお俺の連れだと言っただろ」
「部外者の入場には所長の許可が必要だ」
「わ、わかった。所長に聞いてくる」
「お前、今日は出勤日じゃないだろ。情報流出があるかもしれん。休日出勤の許可を得なければ入場は認められん」
「どどど、どうしろと?」
「どうしようもない。ここは過去に怪盗ブレイブレイドの盗難被害に遭っているからな。予告状の件が片付くまでは厳戒態勢だ」
シャクレマスの目算が甘かったようだ。
何をどうしても通してもらえそうにない。
見学を諦めなければならないと悟り気落ちしていると、背後でどさどさと物を落とす音がした。
振り返ると白衣を着た肥満体型の男がおり、紙を綴じた資料の束が足元に落ちていた。
髪の散らかり方や顔のしわを見るにおそらく六十歳前後。
鼻の右にあるほくろから髪よりも太く長い毛が生えている。
「つ、ついにやったのか、シャクレマスくん!」
男は自分で落とした資料を足蹴にするとなぜかポークの肩を掴んだ。
首の付け根を中心に舐めるようにじっくり見ている。
ついには鼻の穴に指を突っ込み広げようとしたところでポークが腕で振り払った。
「何すんだよ」
「しゃしゃしゃ喋った!」
「喋っちゃ悪いかよ」
「し、新発見じゃないか。やはりシャクレマスくんは天才だな。どれ、解体してみよう」
男がポケットから小型のナイフを取り出したので、シャクレマスは慌てて止めた。
「ち、違う。ここここいつはただのアルノマだ。俺の友達! 友達だから!」
「なんじゃい、君、デブトンくん以外にも友達おったんか」
白衣の男は落胆のため息をつきナイフをポケットにしまった。
シャクレマスは白衣の男を三人に紹介する。
「こ、このおっさんがキマイラ研究所のしょ、所長だ」
「おい、シャクレマスくん、資料が風で飛んでしもうた。拾ってくれい」
「ぼくが拾いますよ」
風で飛んでしまった紙片をロビンは急いで拾いにいく。
見るつもりはなかったが、虫や動物の解剖図が目に入ってしまった。
さすがシャクレマスの上司だ。
生体構造について興味があるらしい。
ロビンは集めた資料を重ねて所長に渡した。
「ありがとう。ところで君は?」
「申し遅れました。ロビン・フーリアムといいます。第四魔学舎でシャクレマスと共に学びました」
「ああ、君たちは第四の友達かい。そういえば豚そっくりのアルノマがいたとシャクレマスくんが話しとったな。ロビンくん……君はたしか、ドリアンの貴族じゃな。今まで出会った人間の中でもぶっちぎりに優秀な男だとシャクレマスくんから聞いておる」
「シャクレマスがそんなことを」
内心を暴かれ恥ずかしいようでシャクレマスは「おおおい」と所長の肩を叩いた。
二人は仲が良さそうだ。
「あたしのことはなんて言ってた?」
「君は?」
「ココロ・マックローネ」
「二大ブスの臭いほうとしか」
「この三日月顎!」
ココロがシャクレマスの足首をローで蹴りつける。
古傷が痛むのかシャクレマスは足首を手で押さえたまま動かなくなってしまった。
すぐさまロビンが治癒魔術をかける。
骨に異常はなさそうだ。
所長は痛がるシャクレマスを無視してポークに興味津々だ。
頬を掴んで引っ張っている。
「ふーむ、それにしても不思議なアルノマじゃな。この頭部はほぼ豚といっていい。それなのに首から下の骨格は他の人間と変わらない。もしかして君の生まれはフォーズ共和国の旧フユ国地区じゃないかな」
「行ったこともねぇよ」
「ではこの街に縁は?」
「昨日初めて来たんだけど」
「そうなるとドリアンも同種の研究所を隠しているのか。あの国ならやりかねんな。それとも本当にただのアルノマで偶然の産物なのか。しかしこれほど見事に豚の特徴を備えているとなると、アルノマというよりも別の種族じゃ。やはり合成したとしか……」
「何の話だ。さっぱりわかんねぇんだけど」
「ああ、すまん。中で話そう」
所長は守衛に職員証を提示し、全員の入場を許可すると伝えた。
シャクレマスはつま先で地面をとんとん叩き痛みがないことを確認すると、ロビンたちを連れて建物の中に入る。




