第六話 父を求めて(1/5)
扉の隙間に目を近づけて、うろついているアリクイクイの様子を見た。
存在を気取られたら終わりだ。
落ち着いて家を出るタイミングを探る。
黙って待っていると遠くから女性の悲鳴が聞こえた。
その声に反応して三匹いるアリクイクイの顔面が同じ方角へ向いた。
チャンスだ。
ポークはなるべく音がしないように注意しながら、それでも素早く扉を開けた。
ココロに手渡された爆発イモを握りしめ、「派手に爆発してくれよ」とポークは言ったぐるぐると肩を回し勢いをつけてぶん投げる。
正しい物の投げ方なんて知らない。
これがポークの本気だった。
爆発イモは白い雲を目がけて飛んでいった。
重力に従って放物線を描き、狙っていた薪の備蓄小屋に着弾する。
イモは大きな爆発音を鳴らした。
発火はしていないが着弾地点が黒く焦げている。
三匹のアリクイクイが狩りをする狼のような素早さで薪の備蓄小屋へ向かっていった。
「今だ!」
ポークが言うと家からココロが飛び出して走っていった。
布で吊った左腕が胸の上でバウンドしていて走りにくそうだ。
ポークはココロの進む先に敵がいないか注意して追っていった。
アリクイクイはまだこちらに気づいていない。
いける。
森まで半分ほどの距離を走り抜いたときだった。
背後から振動を感じて振り向き、自分の愚かさに気がついた。
アリクイクイが手の届く距離に迫っていたのだ。
ココロの家の中にいた個体が外の爆発音に反応して出てきたのだった。
すぐに来るであろう噛みつきをどう回避するか考える間もなく、右肩の肉に食いつかれた。
「ピギィィィィィィ」
ポークはアリクイクイに引き倒された。
仰向けになったポークを押しつぶすようにアリクイクイが頭部を打ちつけてくる。
凄まじい重さだ。
砂煙が広がり、身体が土に埋まってしまう。腹の中にあった熱い液体が口の中にまでこみ上げてきた。
血か胃酸かわからないが喉が焼けて痛い。
一対一ならば一方的にやられはしないなどと思い上がっていた自分を恥じた。
たとえポークが十人いたとしても、たった一匹のアリクイクイに蹂躙されて死屍累々の地獄と化しているだろう。
生物としての格がまるで違った。
「ポーク!」
前を走っていたはずのココロが異変に気づき立ち止まった。
止まってしまった。
ポークは叫び声をあげたことを悔いた。
せっかくココロが先行していたのだ。
黙っていれば森まで逃げられたかもしれないのに。
「……げろ」
喉が痛くてうまく声にならなかった。
逃げろ。
そう伝えたかったのに、ココロは戻ってこようとしている。
血の固まった右手を伸ばしてポークを助けようとしている。
アリクイクイはポークに押しつけていた頭を上げると、その黒い複眼にココロを映した。
ポークは寝返りをうってうつ伏せになり、手をついて立ち上がった。
無謀にもアリクイクイに背を向けたのだ。捕食するもの、捕食されるもの。
その覆せない力量差に抵抗は無意味だと悟った。
次に瞬きをしたら首と胴体が離ればなれになっているかもしれない。
それでもいい。
死という結果が変えられないならば、今ある命を有効利用させてもらう。
ポークは駆け寄ってきたココロの腕を掴むと、一回転して投げた。
一切の加減なしだ。
遠心力で肩の骨が外れたかもしれない。
二度とココロに暴力を振るわないと誓ったのに、こんなに早く破ってしまった。
ココロの身体は地面にぶつかり大きく弾んだ。
何か呻いているようだったが、遠くて聞こえない。
砂埃の中で動くココロはふらついていて、こちらに向いた目に悲しみの色が浮かんでいた。
「ありがとう、姉ちゃん」
口から出たのは感謝の気持ちだった。
あんなにひどい怪我をさせたのに、彼女はアルノマである自分の姉になってくれた。
何度も嫌いだと言ったのに、ポークに構ってくれた。
本当はもっと時間をかけて恩を返していきたかった。
しかしその望みは叶わない。
アブリハムがナマハムを逃したように、ポークは屍となってアリクイクイをこの場に留めようと考えたのだ。
だからといって座して死を待つつもりもない。
ポークは振り返り、アリクイクイの顎部分に固く握った拳をぶつけた。
「ぐっ」
岩すら砕くポークの拳も黒く光る表皮を貫通することはできなかった。
巨大な金属の球を殴っているようで、拳が傷つき皮膚が破れた。
勝てないことはわかっている。
だがココロが逃げる時間を稼がせなければならない。
ポークはもう一発、同じ箇所を殴った。
骨を通じて足の先まで伝わる痺れ。
いいぜ、動けなくなるまでやってやる。
ポークが追加で二発殴りつけると、アリクイクイはまるでディナーを楽しむように優しくポークの頭を呑み込んだ。
暗い。夜の洞窟みたいだ。
それなのに首から下は火で炙られたように熱かった。
アリクイクイに首を噛み切られ、胴体と離ればなれになったのだろう。
早く意識をなくしたかった。
耐えられないほどの熱さだった。
溶岩に浸かっているのではないかと思えるほどだ。
「げ……げ……激熱ぅ!」
おかしい、声が出た。
もしかして、生きているのだろうか。




