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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第四章 ミザールで冒険!
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第十二話 太陽色の石(1/5)

 遺跡探検中に何があったかをポークは興奮気味に話した。

 ポニータはいつものように微笑みながらどこか懐かしそうに聞いている。

 自分が初めて遺跡を見つけたときのことを思い出したのだそうだ。


 ポニータが初めて見つけたのは不可出の遺跡で、決死の覚悟で挑んだそうだが入ってみるととても狭く、拍子抜けしたらしい。

 それに比べると白魔晶の遺跡は攻略の難度が高い。

 ヤマタノカメサンはポニータも見たことのある魔物だったようで、あんなものよく倒せたわね、と感心された。

 彼女が現役だった頃、遺跡の魔物はほとんどフォクスが単独で片づけていたらしい。

 類稀な戦闘センスは当時から光っていたようだ。


 ポークは顔にこそ出さなかったが少しだけいらっとして、父に対抗するように絶縁の槌を担ぎ上げた。


「これがヤマタノカメサンを一撃で倒した絶縁の槌だ。クラックジョーが使ってる武器と同じ素材なんだぜ。アトラチウムほどの価値はないけど、オレにとっては最高の収穫だ」

「良かったわね。素手じゃ倒せない魔物もいるだろうし、これでやっとポークも本気が出せるんじゃない?」

「素手のほうが動きやすいし、しばらくは使い分けになるけどな。そういえば、旅の間にトリネラから槌の振り方や必殺技を教わったんだ。槌が重すぎるから自分なりに改良してる」

「そんなに重いの? 私にちょっと持たせてよ」

「絶対無理。そっと置かないと床をぶち抜く重さだぜ。トリネラだってまともに持ち上げられなかったんだ。車椅子がぶっ壊れたら困るだろ」

「ふーん、生意気言うじゃない。私だって強化魔術は得意なのよ」

「わかったわかった」

「信じてないわね」

「信じてるよ。母ちゃんはすげー強かった。今も覚えてる。ま、ライガードほどじゃなかったけど」

「ライガードさんはもうおかしかったわね。年齢の割に衰え知らずっていうか。トリネラさんもそんな感じなのかしら」

「トリネラも強いけど……オレはやっぱりライガードのほうが強いと思った。たぶんずっと目標でいると思う。今でも勝てる気がしないもん」

「そうね。きっとそれでいいと思う。ライガードさんも喜んでるわ」


 意図せずライガードの話になって、しんみりとしてしまった。

 もう彼の死から二年以上経っている。

 話題に上げても涙は出ないが、まだまだ笑い飛ばせはしない。

 ポニータも同じ気持ちのようで、まぶたを閉じた拍子に視線を床に落とした。

 すると何かに気づいたようで、テーブルの上のランプを持って床を照らす。


「あら、リュック、壊れちゃったのね」


 ポークの持ち帰ったリュックは右のサイドポケットについていた留め具がなくなっていた。

 そこには艶のある黒い石が控えめに光っていたのだが、今は糸のほつれしか残っていない。

 左側のポケットには損傷がなかったため、こちらに物が詰まっている。


「ヤマタノカメサンと戦っているうちにとれちゃったみたいなんだ。あそこ砂がすごくって、探しても留め具は見つからなかった」

「そうなの。でも良かったわね。ライガードさんが買ってくれた留め具は残ってる。これをつけた人は裁縫の腕がいいわね。絶対に外れないように頑丈な糸を使っているし、金具もしっかり宝石を噛んでいるわ」

「それはたしか、アボカドロ村で取りつけてもらったんだ。初めての旅だったからよく覚えてる。その頃のオレはまだ背が低くて、リュックをいろんなところにぶつけてた。それで石がとれちゃって、ライガードに新しい石を買ってもらったんだ」

「そうそう。あんたが旅から帰ってきたらリュックの留め具の色がちぐはぐになっていてびっくりしたわ。でも今思えばそれはポークが初めて旅に出た記念として買ってくれたのよ。そうね、ちょうどいい機会かも。私からも初めて遺跡を攻略した記念として、留め具をプレゼントするわ。リュックの中身を出したら私のベッド横のテーブルに置いておきなさい」

「マジか。サンキュー。じゃあ後で出しとくよ」


 ポークは絶縁の槌とリュックを部屋の隅に置き、椅子に戻った。

 テーブルの上の木箱には大小様々な宝石が詰まっている。

 ほとんどココロが採ってきたり、購入してきたものだ。


 ミザールに来てからずっとポニータを身体的にケアしてきたポークだが、精神的なケアは他の人に任せきりだった。

 ポニータの最近の楽しみである装飾品作りについてポークはまったく知識がない。

 今ポニータが笑っていられるのはココロのおかげかもしれないと思うと、ココロが今後もこの街にいてくれるという事実が胸が詰まるほどありがたかった。


「それで、ヤマタノカメサンを倒してから何か見つけたの?」

「もちろんだ。その遺跡な、なんと白魔晶の遺跡だったんだよ。しかもゼーストンの鉱脈が見つかって……」

「ちょっと待ってちょっと待って。白魔晶?」

「あ、そっちに食いつくんだ」

「当たり前じゃない。白魔晶の遺跡って私たちもずいぶん探したのよ。フォクスがさ、断離の長城を攻略するには女神リリアからヒントを得なければならないって考えていたの。結局、見つからなかったんだけどね」

「ヒントなんか貰ってねぇぞ。なんか色々お願いされただけだ」

「ちょっと待ってちょっと待って」


 ポニータが右手をこちらに向けて一旦話を止めた。

 左手を額に当てて何やら考えている。

 情報が多すぎてパニックを起こしてしまったようだ。


「え、何、あんた女神リリアと話したの?」

「ああ。白魔晶に手を乗せたら光ってな。女の人の声だけが聞こえてきた」

「世界中の研究者が騒ぎ出すわね。特にこの国はリリアを宗教的に信仰してる。あんたの名前、一気に広まっちゃうかも。それであんた、何を言われたの」

「えーと、要約するともうすぐ世界が滅ぶからオレたちに救ってほしいって」

「要約しすぎ。そして平然としすぎ。あんたね、そんなざっくりした終末論がこの国で広がったら治安の悪化どころか内乱が起こるわ。リリアの言うことは絶対って人がいっぱいいるんだから。もうちょっと詳しく話して」

「いやでも結構ざっくりだったぜ。白魔晶が壊れちゃってほとんど話せなかったんだ。だからリリアが言ったのは、オレたちにマクロポラピタまで来てほしいってことと、メイディアにも声をかけてほしいってことくらいかな」

「人魚の女王、メイディア。そう、ポセイラトライアングルに行けっていうのね」


 一瞬、ポニータの表情が曇った。

 ポークはその変化を見逃さない。


「どうした母ちゃん」

「いいえ、なんでもないわ。他には何か言ってた?」

「ああ。メイディアはオレにだけ心を開いてくれるんだってさ。理由はわかんねぇけど、トリネラじゃ駄目なんだって。だからリリアはオレに旅立てっていうんだ」

「メイディアがポークに? なんでかしら。人魚の人間嫌いは有名よ。彼女たちの海域に近寄っただけで船が沈められるのに」

「さぁ。ま、気にする必要ねぇよ。どうせオレ、行かねぇし」

「えっ」


 ポニータは自分が聞き間違えたと思ったのか、きょとんとした顔でこちらを見ている。

 ポークも馬鹿ではない。

 この件で真剣な話し合いが必要なのはわかっている。

 それでも帰って来たばかりのこの日に言い合いはしたくなくて、ポークは戯けた感じで話す。


「いや、リリアって大災害から一万年以上生きてるわけじゃん。もうすぐ世界が滅ぶっていっても何十年とか何百年とか後のことだと思うんだよ。だったら別にオレが旅に出なくてもいいかなぁって。断離の長城にはトリネラが行くし、向こうには父ちゃんもいる。駆け出し冒険者のオレにはそんな使命……重すぎっからな」


 ポークの本気はポニータにも伝わったようだ。

 揺れるランプの灯りだけが静かに時間の経過を告げる。


「……トリネラさんはなんて言ってるの?」

「トリネラには全部話した。オレや母ちゃんの過去。父ちゃんのことも。その上で一緒に来てほしいって言われたよ。でも断った。トリネラはいい奴だ。オレの気持ちをわかってくれた」

「そう……なの。ねぇ、一つ聞いていい?」

「なんだ」

「どうしてポークはマダガストに来てから探険家になりたいって言わなくなったの?」


 来た。

 ついに来た。

 ポークはじっとランプを見つめ、言い訳を考える。

 母ちゃんが心配だから、とは言えない。

 ただでさえ身体が辛いのに、心にまで負担をかけたくない。


「この街が気に入ってるし……オレ、支部じゃ期待されてっからさ。遠くの遺跡とかよりも、ミザールを護る冒険者になりたくなったんだ」

「ふーん」

「なんだよ」

「あんたが嘘をつくなんて珍しいなって思って」


 母に嘘は通用しない。

 なんとなくわかっていた。

 ポークは否定も肯定もせずただ黙り込んだ。

 唾を飲む音が聞こえてしまいそうだ。


「わかってるわ。私のことが心配なんでしょ。こんな脚だもんね」

「そんなんじゃねぇよ。いや、母ちゃんの近くにいたいとは思ってるけどさ。それよりオレ、この街が好きなんだ。みんなドリアン出身のオレを昔からいたみたいに慕ってくれる。断離の長城を越えるよりもこの街をオレの手で発展させていくほうが楽しそうだって思った」

「そう。それが本心なら私は何も言わない。あんたの人生だしね。だけど……それは建前でしょう」

「しつこいな。なんでオレが母ちゃんに嘘つくと思うんだよ」

「だって前にココロが言ってたんだもん。ポークは私がまた王権隊に狙われるんじゃないかと怖がってるって」

「マジかよ」

「マジ、マジ」


 ポニータの目はどこか楽しそうに笑っている。

 何もかもお見通しというわけだ。


「姉ちゃん……なんでそこは正直なんだよ。嘘ついてくれよ」

「ふふふ。あの子、自分が絡んでること以外は何も考えずに喋るから」

「あーあ、明日文句言ってやる。仕方ない、認めるよ。オレは……母ちゃんが心配だ。たぶん、トラウマになってる」


 ポークはため息をつき、椅子の背もたれに寄っかかった。

 天井をしばらく仰ぎ、反動をつけて戻るとテーブルに肘をつき両手で顔を隠す。


「今回の旅の間も不安だった。オレがいない間に王権隊に襲われてないかってさ。今の母ちゃんはその……」

「脚がない?」

「うん。だから母ちゃんは戦えない。でも、オレが近くにいれば護れると思うんだ。ミザールに来てからも戦闘訓練は欠かしてない。隊長格が相手でも母ちゃんを抱えて逃げることくらいはできる。オレ、けっこう強いんだぜ。たぶん、今なら元気な頃の母ちゃんとだって張り合える」

「そうでしょうね。私にはヤマタノカメサンなんて倒せないもの」

「オレは探検家になるために力をつけたわけじゃない。二度と家族を失いたくないから……母ちゃんを護れるくらい強くなろうって決めたんだ。いつの日かゴモンズのような男が来てもぶっ飛ばせるようにな」


 ポークはテーブルに手を置いて顔を上げた。

 しっかりとポニータと目を合わせる。


「オレにとっては世界の行く末よりも、顔も知らない父ちゃんよりも、今ここにいる母ちゃんが大切なんだ。だからトリネラにはついていかない。これはもう決まったことだ」


 はっきりと考えを伝えた。

 ポニータはうっすらと微笑みを浮かべている。


「嬉しいわ。あんたが親孝行な子に育ってくれて」

「よせよ。恥ずかしい」

「でもちょっとショック。私って護ってもらわなくちゃいけないくらいか弱く見えるのかしら」


 挑発的に言って肘を折り曲げ、二の腕に力こぶを作ってみせるポニータ。

 室内の移動は腕で行っているはずだが、昔に比べると明らかに細い。

 たぶんこれはポニータなりの冗談で、どう見ても弱そうじゃねぇかとポークに言ってほしいのだろうが、そういう面白い雰囲気にはしたくない。


「母ちゃんの強さがどうこういう問題じゃねぇよ。たとえ全盛期だって国には勝てねぇだろ」

「そうねぇ。でもここは安全よ。シャバゾーさんや職員のみんながいるもの」

「ライチェ村だって安全だと思ってたんだろ」

「それは……そうね」

「でも見つかった。ライガードは死んだ。オレはもうそんなの嫌なんだ」

「でも」

「嫌なんだよ!」


 ポークはテーブルを平手で叩いた。

 箱に入っていた宝石たちがジャンプする。

 いくつか床に落ちてしまった。


「……ごめん」


 車椅子のポニータに拾わせるわけにはいかない。

 ポークは椅子を引き、床に落ちた宝石を一つずつ拾っていった。

 声を荒げてしまったポークを前にして、それでもポニータは優しく微笑んでいる。


「今日は疲れたでしょ。話はまた明日にしようか」

「ああ、そうだな」


 ポークは車椅子を押してベッドの近くに移動させた。

 彼女だけでも車輪を回して移動できるのだが、乗り慣れない頃から押していたせいか、癖になってしまっている。

 すっかり軽くなったポニータを腕に抱えてベッドに寝かせる。


「おやすみ」


 ランプに蓋を被せると部屋は瞬時に暗くなった。

 少しして目が慣れるとポークは自分のベッドに座る。

 なんであんなに声を荒げてしまったのかと暗闇の中で考えた。


 ポークは世界一の探険家になるという夢を諦めてこの街で暮らすと決めた。

 すべてポニータのためだといっても過言ではない。

 それなのにポニータはこの街からポークを追い出そうとしている。

 彼女だけではない。

 ココロもロビンもトリネラもポークを旅立たせたがっている。

 疎外感につい苛立ってしまったのだ。


 それでも、ポークに考えを改める気はない。

 もう二度と家族を失いたくないから。

 次に青い手紙を見たら、心が死んでしまうから。

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