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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第五話 アリクイクイ(4/5)

 ココロが握っている手に力を込めた。

 痛みすら感じるほど、強く。

 ポークは隣を見る。

 ココロが、家族がそこにいた。


「ごめんナマハム。何があったか教えてほしいんだ」


 ポークは初めて自分からナマハムに話しかけた。

 ナマハムはぎょっとした表情を浮かべ、それから何かを悟ったように笑った。


「たくさん死んだ……死んじまったよ」


 生きることを諦めているように見えた。

 笑っていなければ正常な精神が保てないのかもしれない。


「あの魔物はなんなの」

「あれはアリクイクイ。モモモ森林の生ける災厄だ。これまでいくつもの集落が滅ぼされた。普段は単体で行動しているが、人里を見つけると仲間を寄せ集め、一斉に襲い始める。この村の人間も食い尽くされるだろうぜ」

「なんでそんなに危険な魔物が、討伐されずに放置されてたんだ」

「言っただろ。奴らは普段単独行動なのさ。まとめて討伐なんてできやしねぇんだよ。美味そうな餌を大量に見つけたときだけ、蟻酸を飛ばしてにおいで仲間を呼ぶんだ」

「蟻酸……もしかして」


 ココロの言っていたクヌギの木の下の嫌なにおいは魔物のマーキングだったのかもしれない。


「ナマハムは大丈夫だったの?」

「ああ、この血な。こいつは俺を庇って死んだアブリハムのもんだ。良かったな、あいつが死んで。ああでも俺が生き残ってちゃ不満か」

「そんなこと……ない」

「いいんだぜ。笑えよアルノマ野郎。お前の勝ちだ。お前が森から連れてきたんだろ。俺たちを皆殺しにするために」


 へらへらとした笑みの中に怒りの炎が見え隠れした。

 ナマハムは手に持った鉄の斧を振り子のように揺らしている。


「オレはしないよ、そんなこと」


 否定したが信じてもらえるとは思えなかった。

 黙っていたほうが良かったかもしれない。ナマハムの怒りが熱量を増していく。


「嘘つくんじゃねぇよ。俺たちが気に食わなかったんだろ。だから森に行ってアリクイクイをおびき寄せた。アルノマが魔物扱いされている意味がよくわかったぜ。やっぱりお前は殺しておくべきだった。お前さえいなければアブリハムは死ななくても済んだのに。お前さえ、お前さえいなければ」


 ナマハムの腕に筋が走った。

 斧を握る手に力が込めれている。


「アリクイクイに襲われたとき、アブリハムは俺を突き飛ばして助けてくれた。その後、俺の目の前で、頭に食いつかれたんだ。脚がびくんびくんって跳ねていた。アブリハムと呼びかけても返事はなくて温かい血が降ってきた。なんであいつが死ななきゃならない。お前のせいだ。お前がアリクイクイを呼び寄せたからだ。今からでも遅くない。お前を!」


 ナマハムは鉄の斧を振りかぶった。

 ポークは両腕をクロスさせて頭を守った。


「やめなさい!」


 ココロだった。

 家族が心配でそれどころではないだろうに、ポークを庇って前に立った。


「魔物とポークは関係ない! あたしは森で一緒にいたからわかる。蟻の魔物なんて知らない」


 ココロが前に立っているため、斬りかかれずにいるようだ。

 ぶるぶると腕を震わせた後、奇声をあげて斧を地面に叩きつける。

 荒い呼吸をおさめると、ナマハムは空を仰いだ。


「俺がアリクイクイに襲われたのは、ココロちゃん、君の家のジャガイモ畑の近くだった。仕事に向かう途中、森の中から土煙をあげてアリクイクイが寄ってきたんだ。アブリハムは君のお母さんが畑にいることに気づいて、大声で逃げろと言った。聞いたこともないでかい声だった。直後に俺を庇って死んじまったが、あいつの声で多くの村人がアリクイクイの侵入に気づいた。きっと俺の親友はたくさんの村人を救ったんだ。俺は……そう思いたい」


 話していて辛そうだった。

 当然だ。

 親友が一瞬のうちに食い殺されたのだ。


「あたしのお母さんは無事なの?」


 ココロが恐る恐るといったふうに聞いた。


「君の家の玄関まで走っていったのは見たよ。運が良かったな。もしいつものように君がお母さんの隣にいたら、あんなに素早く逃げられなかっただろう。君を庇って、二人ともアリクイクイの餌食になっていたはずだ」


 ココロがぞっとした表情を浮かべた。

 たまたま森で遭難していなければアリクイクイに襲われていたのだ。

 道に迷ってムカデの魔物に襲われるなんて人生最悪級の不幸だと思えるだろうが、ココロは今も五体満足で立っている。

 アリクイクイに食い殺された人々のことを考えれば実は幸運だったのかもしれない。


「アブリハムのことは残念ね。あたしも悲しい。でも彼の死を悼むには早すぎる。今も犠牲者が増えているもの。あたしは家に逃げたお母さんが心配。もしかしたらお父さんとおばあちゃんもいるかもしれない。お願いナマハム、あたしの家族を助けて」


 ココロは怯えたリスのような目で訴えかけた。

 可憐な少女の切実な頼みだ。

 日常の世界でこれを断れる人間などいない。

 そう、日常だったならば。


「悪いが、俺はもう無理だ。村を出る」

「そんな」

「わかんねぇのか!」


 ココロの声をかき消すようにナマハムは怒鳴った。


「目の前で親友が食われたんだ。俺だって抵抗したさ。斧でアリクイクイをぶっ叩いた。だがまったく刃が通らねぇ。奴らの皮は鉄より固ぇんだ。ただの人間が魔物に抗う術はねぇんだよ。だからせめて、逃げたんだ。無茶して死ぬのは助けてくれた親友に対する裏切りだと思ったから。悪いことは言わねぇ、一旦、村を離れよう。俺が安全なところまで連れて行ってやる」


 逃げる。

 それがナマハムの出した結論だった。

 弱気や恐怖心から言っているのではない。

 アブリハムが救ってくれた命を無駄にしないため、格好悪くても確実に生き残ることを選択したのだ。


「姉ちゃんの家にはオレが行く。姉ちゃんはナマハムと一緒に逃げてくれ」


 ポークはココロの前に出た。


「たぶん、それがいちばんいいんだ。ナマハムの言った通り、ただの人間は魔物に抗えないかもしれない。だからオレが、アルノマのオレが行くべきだ」

「こんなときに自殺か?」


 ナマハムは呆れ顔だ。


「そんなつもりはない。姉ちゃんを庇いながらだとうまく戦えないけど、オレひとりなら好きに動ける。オレが囮になって、姉ちゃんの家族を逃してくる」

「お前なんか頭かじられて終わりだぞ」

「黙ってたけど、本当はオレ、人よりちょっと頑丈なんだ。ナマハム、姉ちゃんを頼むよ」


 ポークはほんの少し前にカムデーを倒した。

 アリクイクイはカムデーよりも強そうだが、一方的に食い殺される気はしなかった。

 けれどもココロを守りながらではうまく戦えないだろう。

 これは感情論ではなく現実的な戦略なのだ。


「わかった」

「わかっちゃ駄目でしょ!」


 了承したナマハムにココロが反論する。


「普通に考えてみて。ポークはわざわざ村に行く必要なんてないの。家族の心配をしているのはあたしよ。あたしが逃げてポークが危険な目に遭うっておかしいじゃない!」


 ココロの凄まじい剣幕にナマハムはたじろいだ。

 ポークはココロの正面に立ってまっすぐに目を見つめた。


「姉ちゃんがオレの姉ちゃんになってくれるって言ってくれて、オレ、本当に嬉しかったんだ。だから決めた。姉ちゃんの家族はオレの家族だ。姉ちゃんが家族を好きなのと同じくらい、好きになってやる。だから、オレが助けに行く」

「そんなの……」

「姉ちゃんの家族を見つけたらオレが森に逃がす。どこか安全そうな場所で待っていてくれ。ナマハム、姉ちゃんを頼んだよ」

「ポーク!」

「行ってくる」


 ココロがポークを行かすまいと手を伸ばしてきた。

 しかしナマハムに襟を引っ張られ、ポークには届かない。

 じたばたと暴れるココロをナマハムは離そうとしなかった。

 きっと頭のおかしなアルノマが判断を誤って死にに行くと思っているのだ。

 それでいい。

 そんな馬鹿な行動にココロを巻き込んではいけない。

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