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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第五話 アリクイクイ(3/5)

 ライチェ村では伐採した木材を炭にするため日常的に火を取り扱っている。

 そのため、どこで出火しても延焼しないよう距離を空けて家を建てたり、消火用の水を家に置いたりと防火に気を遣っている。

 火事など簡単には起きないはずなのだ。

 一年前に起きた火事は家主と近隣住民が揉めた末の放火だった。

 ポークを嫌っている住民はたくさんいる。

 留守を狙って火をつけられたのかもしれない。

 考えると不安で胸が張り裂けそうだった。ライガードがいて、ポニータがいて、ココロがいて。

 ウゴウゴはポークにとってたった一つの憩いの場なのだ。


 緩くカーブした道を進むと、遠目に村の家屋が見えてきた。

 煙はもっと奥から上がっているため何が起きたかはわからない。

 だが遠くから女性の悲鳴と男性の叫び声が聞こえた。

 ただごとではない。

 ココロも不安になったのか疲れているだろうに走り出した。

 走り、走り、見えていた家屋を過ぎて、眼前に広がる光景に目を疑った。

 馬車より大きな魔物の群れが村を襲っていたのだ。


 おそらく蟻の魔物だろう。

 頭、胴体、尻部の黒い塊が段々になって繫がっており、真ん中の胴体から茶色の脚が六本生えている。

 軽く見回しただけでも三匹いて、それぞれが別の民家を襲っていた。

 あまりの驚きに動けないでいると、奥にいる蟻が出窓から頭を引き抜いた。

 蟻は布と肉を咀嚼している。

 口から垂れた腸は瑞々しいピンク色なのに、ぼとりと落ちた首からは一切の生気を感じなかった。

 髪の短い女性である。

 名前は知らないが、ウゴウゴでよく喉の薬を買っていた。

 あまり喋らないが愛想の良い人だった。


「姉ちゃん、声出すなよ。あいつらに襲われたら、たぶん守れない」


 敵はカムデーよりも大きく数が多い。

 背後にいるココロをこれ以上進ませないように手で押さえた。

 ポークたちの存在はまだ魔物に気取られていない。

 ポークは静かに後退して民家の陰に隠れた。

 ココロは真顔、というよりも顔の筋肉を凍らせて小刻みに揺れていた。


「どうしよう……森にいたほうが安全だったかも。逃げたほうがいいかな」


 敵に見つからないように小声で聞いた。

 火事の原因はおそらく蟻だろう。

 追い払うのに火を使ったか、調理中に襲われたかだ。


「あ、あたしは家族のみんなが心配。おばあちゃん疲れて寝てたし、まだ逃げてないかもしれない」

「でも、見つかったら食べられちゃうぞ」

「わかってる。でも……駄目。あたし、家に戻る。あんな……死んじゃ、やだ」


 ココロの気持ちは痛いほどわかる。

 家族が死ぬかもしれないなんて考えただけで狂ってしまいそうだ。

 ライガードとポニータは魔物との戦いに慣れているため心配ないと思うが、ココロの父母は弱い。

 農家一筋で生きてきたのだ、戦いで役に立つ魔術など使えはしない。


「わかった。姉ちゃん一人を行かせられない。オレも一緒に行くよ」


 ポークはココロの手を握った。

 乾燥した血と皮が砂のようにざらついた感触を伝えてくる。

 痛そうだが気にしてはいられない。離れないように引っ張って、元きた道から森に入った。

 村の中は見通しが良く目立ちすぎる。

 森の中を通ってココロの家の近くまで行こうと考えたのだ。

 ココロが転ばないように注意しながらポークは走る。

 途中、蜘蛛の巣に引っかかり耳の辺りに蜘蛛が這ったが、首すら振らずに進む先を見続けた。

 黒だ。黒を見つけたらすぐに隠れないと。蟻に見つからないようにポークは神経を尖らせた。


 左手側、村の方角から男と女の悲鳴が聞こえた。

 また犠牲者が出たのかもしれない。

 五日に一度斧の入荷はないか確認していくおじさんだろうか。

 花の蜜の煮詰め方を教えてくれたおばさんだろうか。

 ポークは自分が思っていた以上に、ウゴウゴを通じて人と繫がっていたのだと気づいた。

 誰のものともわからない悲鳴が頭から離れなかった。


「ポーク、ねぇ、あれ!」


 引いている手が重くなった。

 ココロが何かに気づいたようだ。

 視線を追うと、盛り上がった土のところに見覚えのある男が立っていた。

 血の雨に打たれたのではないかと錯覚するほど服が赤く染まっていた。

 彼は鉄製の斧を携え、呆けた目でこちらを見ている。


「ナマハム……」


 可能であれば二度と会いたくない相手だった。

 それでも今は情報が必要なため無視はできない。

 だがこんなときなのにポークの身体は金縛りに遭ったように動かなくなってしまった。

 嫌な記憶がフラッシュバックする。

 蹴られた。

 石をぶつけられた。

 どんぐりを食べさせられた。

 それを見て笑っていた。

 彼が怖くて、怖すぎて、どうしても喋りかけられなかった。

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