第八話 のらだらけ(1/5)
「トリネラってあの飛翔のトリネラ?」
「ああ。母ちゃんも知ってるんだ」
「すっごーい。あの人、まだ現役なんだ。私、あの人に憧れてたのよ。自由奔放で強くって、あれこそが冒険者だっていう魅力があったわ。魔物討伐の仕事で見かけただけだけど、あの斧は忘れられない」
「そうそう。ものすげぇでかい斧持ってんの。コカトリニクスを一撃だぜ。マジでびびった」
「コカトリニクスのお肉は美味しかったでしょう。キカザールにいた頃、フォクスが狩ってみんなに振る舞ってたわ」
「卵しか食ってないけど、美味かった。調査は失敗に終わったけど、あの味は収穫だな」
ベッドの縁に座ったポークはポニータと旅の話に興じている。
長く家を空けたせいで彼女に寂しい思いをさせてしまった。
埋め合わせにたくさん喋らなければならない。
ポニータは現在、脱獄囚の一人としてドリアン王国から指名手配されている。
そもそもの罪状が政治犯罪であるためマダガスト国内で捕まりはしないが、暗殺の危険はある。
そのせいで部屋から出られない軟禁生活が続いている。
彼女には介護が必要である。
脚を失ったポニータは寝ている時間が極端に長く、血行不良で軽度の褥瘡ができてしまったことがある。
ロビンの治癒魔術ですぐに回復したが、同じことが起こらないようにとシャバゾーが車椅子を作ってくれた。
義足は専門の技師と顔を合わせなければ作れないし、両膝を失っていると訓練したところで歩くのは難しいらしい。
その点、車椅子は便利だ。
腕の力で移動できる。
部屋の中だけではあるが楽に動けるようになったととても喜んでいた。
ポニータの存在を知っているのは旅の宿『のらだらけ』の関係者だけだ。
この宿に雇われているのは闇商人シャバクネーゼが集めた脛に傷を持つ人々であり、全員がなんらかの秘密を抱えている。
通報されたら刑罰を受けるような過去をシャバクネーゼに握られているのである。
おかげでポニータに対しても深くは干渉せず、介護が必要な訳ありの客として家事など日々の生活を手伝ってくれている。
下手な冒険者よりも腕が立つ職員たちに護られ、その上この部屋は有事の際に隠れられるように床下が改築されている。
ポニータはこれ以上ない安全な環境で暮らせているのだ。
ブレイブレイドにも感謝しなければならない。
彼はポークやポニータが安心して暮らせるように根回しをしてくれた。
ポーク、ココロ、ロビンの三人はアリュカトレイズ襲撃の直前にドリアニアから姿を消していたため、事件への関与を疑われた。
しかしブレイブレイドが裏で動いてくれたため、事件当日、ポークたちは知らない街の冒険者協会で子守りの仕事を受けたことになっていた。
協会に顔が利くというザック・ノートレッドに頼み、記録を捏造してもらったのだろう。
ブレイブレイドとは襲撃の日以来会っていないが今も元気にしているようで、最近ではケンエンの港で高価な彫像を盗んだという噂が立っている。
いつか礼を言いたいものだ。
「なぁ母ちゃん、オレがいなくて暇じゃなかったか?」
「全然。シャバゾーさんや職員のみんなが話し相手になってくれるしね。むしろ仕事に集中できて良かったわ。もっと長く旅に出てもいいのよ」
「ひっでーな。オレは邪魔者かよ」
「そんなことないけど。あ、そうだ、見てこれ」
ポニータはサイドテーブルに手を伸ばした。
しかし目的の物は遠く無理をすると横に倒れてしまいそうだ。
ポークはベッドから下りると、ポニータの視線を追ってこれだと思った物を手渡した。
透明で表面がざらついた石である。
どうやら合っていたようでポニータは手の上で転がして見せる。
「これ、この間ココロが拾ってきてくれた宝石に混じってたんだけど、どうやら川を流れて研磨されたガラスみたいなの」
「へぇ、それにしちゃ綺麗だな。宝石と違いがわかんねぇ」
「ねー。加工もしやすいし、今度作るブローチのワンポイントはこれでいこうかなって」
「いいんじゃねぇか。母ちゃんが作ったのならガラスでも売れるだろ」
「そうよね。私の商品はデザインと頑丈さが売りだもんね。ありがとう。やる気が出るわ」
ポニータからガラス玉を受け取り、ポークは元の場所に戻す。
テーブルの上の小箱には大小様々な宝石が詰め込まれている。
ココロが冒険の最中に拾ってきた石をポニータが加工しているのだ。
原石のカットや研磨に使う頑固石製の加工道具は特別製で、ダイヤモンドすら美しく磨き上げる。
これはドリアン貴族御用達の宝石職人が使っているものと同型で、シャバクネーゼに頼んでようやく手に入れることができた。
ポニータは街の市場で仕入れた金属片を宝石と組み合わせ、ブローチやペンダントトップなどの装飾品を作っている。
完成した品は知り合いの店で委託販売しており、ほぼ一日で店頭からなくなるらしい。
加工道具にかなりの金額をかけているためまだ負債を返している段階だが、プラスだけを見れば日々の宿代相当は稼げているはずだ。
「姉ちゃん、今回の旅でも夜中に石を探しに出てたからたぶんお土産あるぜ。お目当てのガーネットが見つかったかどうかは知らないけどさ」
「ココロはすごいわ。旅をしながら宝石探しって普通、体力がもたない。あの子、意地でも何かしら拾ってくるし。たまにすごく高価な石だって」
「姉ちゃんがどうして毎日探しに出られると思う? オレとロビンが多めに仕事してんだよ。まったく、感謝してほしいもんだぜ」
「わかってるわよ。三人ともいつもありがとう」
「そこまではっきり感謝されると、なんかこそばゆいぞ」
「そう?」
ポニータはふふふと声に出して笑った。
旅の土産話が一段落すると、ポニータは腕を使ってシーツを滑り、背もたれになっていた二つの枕が首元にくるように調整した。
「オレがやるよ」と言ってポークは枕を一つ取り外し、ポニータの足元にあった掛布を胸元までもってくる。
あとは灯りを消すだけだとランプの蓋に手をかけると、「あ、そうそう」とポニータが思い出したように言ってポークの動きを止めた。
「トリネラさんに誘われたっていう遺跡探検、行っておいで」
「え、でも、四十日だぜ。そんなに長く家を空けて何かあったら大変じゃんか」
「何かって何?」
「いや……ほら、母ちゃんは一応追われてるわけで」
「ここはマダガストだし、のらだらけは闇商人御用達の宿よ。安全性は確保されてる。泊まる客はシャバゾーさんが身元を調べてくれるわ」
「わかってるけど……万が一ってあるじゃんか」
「もう、心配症ね。あんた本当は行きたいんでしょ。誘われたって話すとき、すごく嬉しそうだったもの」
「うん。そりゃ、古代遺跡に潜るチャンスなんてそうそうないだろうし。でも、母ちゃんが寂しいならオレ行かないからさ」
「だーかーら、私は忙しいの。行ってらっしゃい。あんたずっと探検家になりたがってたじゃない」
「オレ……もうその夢は……」
「トリネラさんはプロフェッショナルよ。彼女に誘われたなら三人には探検家の素質があるはずなの。頑張りなさい。私は家で応援してるわ」
ポニータはまぶたを閉じると鼻で大きく息を吸った。
話を切り上げようとしているのが伝わってきたので、ポークは「わかった」と答える。
ランプに蓋を被せて消すと、部屋は一気に暗くなった。
「……明日、トリネラと旅の日程を相談してくるよ」
そう言ってポークは返事を待ったが、聞こえてきたのは寝息だった。
長話をして疲れてしまったらしい。
ポークは「おやすみ」と静かに呟き、自分のベッドに横になった。




