第六話 キオチル山脈(4/6)
オヤマタイショウ支部の調査隊と合流予定の拠点までいつものポークたちのペースで進めば四日と少しくらいの距離である。
山間の入り組んだ地形を通るため馬は使えない。
出現する魔物の対処などで時間がかかると仮定して、到着予定日の六日前にミザールを出た。
早めに到着したとしても遅れるよりは良いという判断だ。
季節は夏。
魔物の動きは活発だが、明るい時間が長いためぐいぐい進める。
食糧は持参しているため狩りの必要もない。
ロビンが前衛、ポークが後衛という形で間に冒険者たちを挟んで進む。
二日目の朝方に百足の魔物カムデーに遭遇したが、ポークが目視する前にロビンの矢で倒されていた。
死体は病の原因となるため、ロビンの熱風魔術で燃やして埋めた。
時間のロスもさほどなく、旅は順調に進んでいった。
三日目の夕方である。
ポークは焚き火に薪をくべ、持参した乾燥肉を噛んでいた。
夜間はいつもロビンと交代で火の番をしているため、食事しているときくらいしかゆっくりと話せる時間はない。
「なんか、びっくりするくらい問題なく進んでるな」
「あ、ポークもそう思う?」
「支部長が上澄みって言った意味、わかってきた。このおっさんたち、無難だ」
「それで驚くのも変だけどね。たしかに彼らは利己的だけど、ちゃんと利さえ与えておけばおとなしい。この場合は仕事の分担だね。ぼくやポークの仕事量が多いから、それ以下の仕事ならちゃんとこなしてくれる。薪集めなんてぼくより早いよ」
「戦闘じゃ頼りにならねぇけどな」
「そこそこ強いだけの人ならうちの支部にも何人かいたと思う。それでも彼らを隊に加えたのは、ぼくたちならどんな魔物が出ても大丈夫だって支部長が信頼してくれているんだろうね。実際にはぼくたちより強い魔物なんていくらでもいるけど」
「そこは過信だよなぁ。旅の間、強い魔物に会わなきゃいいけど」
ポークは冒険者たちに目を向けた。
彼らはココロを姫のように扱い道中捕った蛇の串焼きを献上している。
ココロはこれから宝石を探しに出て、良さげな地層を見つけたときには松明を使って朝まで試掘を繰り返す。
魔物から自分の身を守れるだけの実力があるからこそできることだ。
調査隊が解散するまでの間に得た物は売却益を等分するという契約になっているため、ココロに稼いでもらおうと冒険者たちは機嫌をとっているのだ。
もちろん、ココロは彼らに負けないくらい強かだ。
宝石を見つけたらウェストバッグの底に隠し持つだろうし、鉱脈を見つけたら調査隊が解散した後に個人の手柄として協会に報告するだろう。
様々な思惑が入り混じった表向きだけの仲の良さだが、とにもかくにも平和だ。
調査が終わるまでこの調子でいってくれと願うばかりだ。
四日目も無難に過ごし、五日目の昼。
もうすぐ合流地点に着こうかというときに、前を歩く冒険者たちが話していた。
「なぁ、本当にドラゴンいると思うか」
「いやぁ、ないだろ。十年くらい前にも似たような依頼あったけど結局誤報で、出てきたのはコカトリニクスだったぜ」
「魔物かよ。しかも死ねるやつじゃん。でもまぁ、ドラゴンよりは現実的だよな」
「そうそう、期待してちゃがっかりするぜ。あのドラゴンがそう簡単に見つかるわけねぇよ。……ああ、背中に乗りてぇなぁ」
「期待してんじゃねぇか」
「う、うるせぇ。冒険者なら当然だろ。誰だって一度はシンドバーンとサムソンの友情に憧れるもんだ」
「まったく、ドラゴンフリークめ。でも楽しみだな、ドラゴン」
ドラゴンに抱く憧れは老若男女関係ない。
ポークも幼い頃に『醜いトカゲの子』という物語を読んでからいつか本物のドラゴンを見てみたいと思っていた。
間違いなくドラゴンは冒険者が好きな生き物ナンバーワンだ。
ポークも彼らの話に加わり、残りの道中をドラゴンの話をして楽しんだ。
中にはドラゴンの背に乗るという目標を掲げて冒険者になったという人もいた。
しかしドラゴンの背に乗るためには断離の長城を越えて彼らの住まう東アトラに行かなければならない。
その難易度の高さが大人になるにつれてわかってきて、いつの日か諦めるのだそうだ。
だからこそ今回の調査にかける期待は大きい。
なんだかボークまで何十年もドラゴンを追い求めてきた気分になってきた。
五日目の夕方、予定よりも一日早く合流地点の廃村に着いた。
ここは最盛期二百人以上が住んでいたという水資源の豊富な集落だが、十八年前に大きな土砂災害があったらしい。
建物が倒壊し、畑や果樹林が土砂に埋もれてしまったため、住人は再興を諦めて去っていった。
現在では冒険者協会が廃屋を丸々買い取り、探検や魔物討伐の活動拠点となっている。
村の角にある廃屋が見えた途端、ロビンは筒から矢を抜き「全員止まって」と命じた。
ロビンの索敵能力は隊の中で最も優れている。
廃屋から気配を感じ取ったようだ。
ココロとポークで他の冒険者たちを挟み込み、ロビンに目で合図を送る。
ロビンは弓を構えると一人で廃屋に向かっていった。
しかし廃屋から女性が出てくるのを見て立ち止まる。
彼女は髪を後ろで固く結んでおり、見た目は四十代後半くらい。
肩がけのボディバッグを背中に回し、短剣を腰に提げている。
隙間なく縫われた厚手の布服が乾燥した泥で汚れているが、払い落とそうとした形跡はない。
彼女はおそらく冒険者で、しかもかなりの実力者だ。
近づいてきたロビンを魔物だとでも思っていたのか、殺気に近い魔素が全身から漏れ出ている。
ザンギャクと向かい合った経験がなければ冷静さが売りのロビンといえど震えてしまっていたかもしれない。
彼女は無表情のまま舐めるように全員を見ると、何も言わず廃屋に戻っていった。
ロビンは矢を筒に戻して振り返る。
「魔物より怖そうな人がいました。たぶん、オヤマタイショウの冒険者だと思うんですが、知っている人はいますか」
ロビンの質問に同行している冒険者の一人が答える。
「あいつ、トリネラじゃねぇか?」
名前が出ると、他の冒険者たちもざわつく。
「ああ、『飛翔』のトリネラ。あいつ、まだ死んでなかったのかよ」
「昔はいい女だったけど、さすがに老けたな」
「いやいや今も充分いい女だろ。ばきばきの筋肉してたぜ。キャリア三十年超えてんのにまだ戦える身体を維持してやがる。すげぇ奴だよ」
彼らの話では、あの女性は名の知れた冒険者らしい。
ポークは冒険者としての活動歴が浅く本に載るくらい有名な人しか知らないが、地道に活動を続けてきた冒険者の中には各国の軍長級の猛者もいるそうだ。
彼女もそういった埋もれた実力者なのかもしれない。
廃村の広場まで全員で移動すると、ロビンは「話してきます」と言って女性のいる廃屋の中に入っていった。
広場には火が焚かれており、見知らぬ四人の男女が笑いながら薪をくべていた。
帯剣しているため、学者の護衛として同行するオヤマタイショウ支部の冒険者だと思われる。
旅慣れているのか表情に疲れは見えない。
ミザールの冒険者よりも一見して質が上だ。
「あいつらと一緒にドラゴンを探すのね」
ココロは対抗心からか彼らを威嚇するような目つきで睨んだ。
しかしそれに気づいたオヤマタイショウの冒険者は軽く手を振り笑顔を浮かべる。
どうやら彼らは手柄の取り合いをしようだなんて考えていないようだ。
早速、人間として負けてしまった。
「姉ちゃん、むやみに喧嘩売るなよ」
「ないない。あたし平和主義者だし」
「さっき人を殺す目つきで睨んでたじゃねぇか」
「うっさい。あんた先に殺すわよ」
「先に」
しばらく雑談しながら待っていると、廃屋からロビンが出てきた。
額の汗を拭い、全員に聞こえるように大きめの声で話す。
「今、オヤマタイショウ支部の隊長と話してきました。向こうの隊も余裕をもって出発していたため、二日前からここでぼくらを待っていたそうです。そのため予定を前倒しして、明日、巣と卵の目撃情報があった山を登ります。今夜は好きに過ごしてもらってかまいませんが、明日の朝そこの焚き火の近くに集まってください。ただし、魔物が来ないとも限りませんので、三人以上で泊まるように。明朝、笛を鳴らしますので聞こえたら起こし合ってください。以上、質問はありますか」
これ以上なく簡潔にわかりやすく説明してくれた。
リーダーというよりも子どもを引率する先生のようだ。
同行していた冒険者たちが顔を見合わせるが、質問は出てこない。
「……では、解散です。あ、最後に。くれぐれも、く、れ、ぐ、れ、も! 向こうの冒険者とトラブルは起こさないように。合同調査が合同じゃなくなっちゃいます。ほんと、頼みますよ!」
ロビンの念押しを最後まで聞く前に冒険者たちは散っていく。
今晩泊まる家を競って確保しに行ったのだ。
ため息をつくロビンの背中をポークは叩いた。
「お疲れ。とりあえずひと仕事終わったな」
「ほんとに疲れたよ。でもまだ仕事が残ってる。泊まる家を決めて食事を摂ったら、向こうの隊長さんとミーティングさ。あ、でも今夜の見張りは向こうの隊がやってくれるみたいだから、夜はぐっすり眠れるよ。いやー、助かるね」
「向こうの隊長って、さっきの女の人か?」
「うん。口数は少なかったけど、悪い人じゃなかったよ。けっこう有名な人みたいだし、明日からは全体の指揮をとってもらう。ようやく楽ができそうだ」
ロビンが疲れた足取りで歩き出し、ポークとココロも後を追った。
広場近くの家は他の冒険者たちに確保されているため村の奥のほうまで行くと、破損のない井戸付きの平屋を見つけた。
中には家具まで残っている。
ベッドはココロが「早い者勝ちぃ!」とジャガイモを投げて確保したので、ポークとロビンは床に雑魚寝だ。
着替えを枕にすれば充分にくつろげる。
少し目を閉じたところ眠ってしまいそうだったので、外に出て井戸の水で顔を洗った。
するとオヤマタイショウの冒険者から食事の用意ができたと声をかけられたので、三人は広場に向かった。
少し離れたところに川が流れているらしく、昼に採ってきたという魚が焚き火で串焼きにされていた。
調味料が薄いためか焦げの味になっているが、温かいだけで美味しく感じる。
食事が終わり、ロビンがオヤマタイショウの隊長に会いに行った頃にはすっかり空が暗くなっていた。
それでも焚き火を囲む輪は解散する気配がない。
ミザールもオヤマタイショウも関係なく肩を組んで、くだらない話で笑いあった。
初対面でここまで仲良くなれることにポークは感動を覚えた。
しばらくしてポークは自分の認識が甘かったと反省した。
よくよく見ると彼らの手には携帯用の器があった。
中身は酒である。
熊が昏倒する強いやつである。
持ち込んだのは当然、ミザールの冒険者だ。
翌朝早くに出発するのに、呑気に酒盛りしていやがったのだ。
天国から地獄への転落はあっと言う間だった。
酒の量を間違えた冒険者が「おんげろげろ」をスタート。
服にかかったとかかかっていないとかそういうくだらない理由で殴る者が出て、乱闘に発展する。
飛び交う石や火のついた薪。
飛び出すナイフや剣の類はココロの鞭が叩き落とす。
ポークは惨事が起こる前に瓶に入った水で焚き火を消した。
「寝ろ! 副隊長命令だかんな!」
最大の光源を失った冒険者たちはふらふらとした足取りで近くの廃屋に入っていった。
虫みたいな奴らである。
幸い見張りを担当する冒険者は酒盛りに参加していなかったので、ポークは休むことができた。
家で横になりロビンを待っていたが、隊長同士の打ち合わせが長引いたようで、ポークが起きている間には戻ってこなかった。




