第六話 キオチル山脈(2/6)
「それで、みんな揃ってどうしたのかしら」
「ドラゴンの調査の張り紙を見たんだ。オレたち参加したいんだけど、条件とかあるのか?」
「ポーちゃんたち……三人とも暇なの?」
「だからポーちゃんじゃねぇよ。さらに言えば暇でもねぇよ」
「あの仕事、特に決まった参加条件はないんだけど、一応合同調査でしょう。支部長であるアタシが認めた人しか参加はできないことになっているの。うちの冒険者、癖が強いのしかいないから。他所に恥を晒すわけにはいかないわ」
「そうだな、癖が強いのしかいないな」
この支部長、元は冒険者でかなりの武闘派だった。
三十代後半まで各地を旅していたせいか、五十歳近くなる今も独り身。
愛情に飢えているのか妙にべたべたと触ってくるが、面倒見の良いおじさんである。
「じゃ、少しアタシとお話しましょうか」
「わかった」
思ったよりもしっかりと審査するようだ。
ポークたちは横並びになり、姿勢を正した。
支部長は満足そうに微笑み、頬杖をつく。
「ポーちゃん、あなた今いくつだっけ?」
「十三歳だな」
「あなたたちが街に来てからもうすぐ二年になるのね。最初、鼻水を垂らしたポーちゃんが仕事をくれって言ってきたときにはただの迷子かと思ったもんだけど、あなたはしっかりと与えられた仕事をこなしてくれた。最初はなんの仕事をしたか覚えてる?」
「井戸掘りだ。泥水で溺れそうになったからよく覚えてる」
「そうそう、泥の運搬の役割を振ったつもりが、中で掘ってるんだもん。びっくりしちゃった。でもそのときにあなたの腕力がすごいって報告が上がってきて、よく話を聞いてみれば三人ともドリアン第四魔学舎の中退歴があったのよね。第四といえばドリアン王国でもトップクラスのエリートしか入学できない最高の育成機関って有名じゃない。アタシ、これはチャンスだって思ったのよ」
「チャンス?」
「他の支部を見返せるって思ったの。知っての通り、我がミザール支部は人材に乏しいわ。依頼の報酬が安いとか魔物が多すぎるとかいろいろ原因はあるけれど、最たる理由は支部の顔となれる存在がいないことだとアタシは思うの」
「顔……どういう意味だ。イケメン担当ならロビンだけだぞ」
「ローちゃんはビジュアルもばっちりね。でもそうじゃなくて、支部を代表する冒険者が過去を振り返ってもここにはいないのよ。キカザールの支部長なんてひどいのよ。双剣のフォクスは俺が育てたとかあることないこと吹聴して、いらいらするったらないわ。でも、そういう先輩冒険者がいると俺も俺もって優秀な冒険者が集まってくるものなの」
支部長はため息をついた。
よほどこの支部の冒険者の質は悪いらしい。
二年近くもここで働いて一度も尊敬できる先輩冒険者に出会っていないので、彼が落ち込む気持ちもわかる。
ポークだって自由に転居できる身ならとっくに別の支部に移っていただろう。
「期待してくれるのは嬉しいけどさ、オレたちあんまり遠くまで行けないから、でかい仕事ができないんだよ。できてもせいぜい魔物退治くらいだ」
「ええ、わかっているわ。だから近くで大きな仕事が来るのを待っていたのよ。オヤマタイショウ支部との合同調査なんて願ってもないことだわ。ミザールにコロポありって他の支部に知らしめましょう」
「ポロコじゃねぇのかよ」
「なんだっていいわ。三人とも派手な冒険実績はないけれど、魔物討伐と害獣駆除の仕事で失敗した記録はない。特に二十匹超のアリクイクイをたった三人で蹴散らしたときには近隣の集落に一人の犠牲者も出さなかった。アタシが現役のときでさえアリクイクイには苦戦したのに……あなたたちは息も切らさなかったと聞くわ」
「大げさだよ。奴らにおいにつられるから、ロビンが調合した薬で一箇所に集めたんだ。待ち伏せしていればそんなに怖い相手じゃない」
「ま、強い人の台詞ね。気をつけたほうがいいわよ、謙遜も過ぎれば嫌味になるから」
「そんなつもりじゃ……」
「とにかく、この支部の冒険者のほとんどはアリクイクイにもひーひーいうの。あなたたちはそれを楽々と倒せるだけの実力がある。調査隊に加わる資格は充分にあるわ。いいえ、あり過ぎるっていうか、他がひどすぎるっていうか……」
なんだか歯切れが悪い。
支部長は本日二度目のため息をつくと、太い指先をココロ、ポーク、ロビンの順に向けていき、「うーん」と悩んだ挙げ句、ロビンで止めた。
「やっぱりローちゃんよね。次点でポーちゃん。コーちゃんは怒りっぽいし、もうちょっと大人になってくれたら。一人だけ歳上なのにねぇ」
「え、馬鹿にされた気がする。縛っていい?」
腰の鞭に手をやろうとするココロをポークは素早く腕を掴んで止めた。
もう見慣れた光景だからか、支部長は気にする様子もなく話を進める。
「ローちゃん、あなたを我がミザール支部の調査隊長に任命します」
「……え?」
ロビンからしても予想外だったようで、口をぽっかり開けていた。
ミザールに滞在して二年足らずの少年に隊長の仕事なんて、いくらなんでも早すぎる。
反対意見を出そうとすると。
「ポーちゃん、あなたは副隊長ね。ローちゃんの補佐をよろしく」
ポークまで巻き込まれた。
隊長、副隊長が大した実績もない若造だなんて他の冒険者が許さないだろうし、オヤマタイショウの調査隊も困惑するはずだ。
無理だと詰め寄ろうとしたところ、その前にココロが机にどんと手をついた。
「ちょっと、あたしは?」
「コーちゃんは……役職なし!」
「なんであたしだけ!」
「十日に一度はコーちゃんから理不尽に殴られたって苦情が出ているもの。いくら実力があっても暴力を振るう子に人はついてきません」
「それはあいつらが野菜の魔術を馬鹿にするから」
「ポーちゃんを見なさい。アルノマと呼ばれても豚と呼ばれても我慢しているでしょう」
「我慢じゃなくて怒ってないのよ。マダガストってアルノマに優しいっていうか、アルノマを見てもちょっと変わった容姿の人を見つけたくらいの感覚じゃない。ドリアンはひどかったんだから。地域によってはアルノマってだけで殺されたりするの。今さらポークが豚だのアルノマだので怒ったりするもんですか」
「ポーちゃんは今まで一度も問題を起こしていないわ。ローちゃんも同様よ。対してあなたは……ああ、頭が痛い。もうやめましょう。とにかくこれは支部長としての決定よ。ローちゃんが隊長となってキオチル山脈の麓の合流地点までみんなを率いていくの。隊員の選抜基準は人間性を重視するから、そこまで心配しなくていいわ。いい、これはドラゴンを発見した隊のリーダーとして大陸に名を広める絶好機なの。ロコポの三人はミザールが生んだスーパースターになるのよ!」
支部長からの過剰な信頼にポークは寒気を覚えた。
普通、こういう隊のリーダーは街に長くいるベテランが務めるものだ。
ロビンならば無理難題でもなんとかしてしまう気もするが、だからといって押しつけるのは間違っている。
無用なトラブルを招く可能性があるからだ。
ポークは再考するように支部長に進言したが、「決定事項よ」と言って取り合ってもらえない。
仕方なくロビンは隊長就任を承諾し、代わりに条件を提示した。
「大人数の面倒は見られません。隊員はうちの支部の上澄みだけに絞ってください」
「もちろん、隊長殿の意見は聞くわよ。何人くらいが良いかしら」
「十人前後でお願いします」
「少なくない? キオチル山脈は魔物が多いわよ」
「だからです。ぼくが隊長を務めるからには誰も死なせたくありません。そのためには少人数のほうが都合がいいんです。それに伝承が確かならばドラゴンは人語を解します。武力は必要ありません。もし見つけたら、うまく口説き落として、うちの支部に誘致したいと思います」
「ドラゴンを口説くだなんて……ああ、いいわ。やっぱりローちゃんはスターになれる器よ」
「フーリアムは外交を生業とする家系です。ぼくは地域と地域を結びつける仕事がしたい。良い経験だと思って頑張ってみます」
その後もロビンは調査隊の構成に多くの注文をつけていた。
冒険者として初となる大仕事だ、気合が入っている。
補佐役のポークも辞退を諦め、ありとあらゆるトラブルを想定して話を詰めていった。




