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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第四章 ミザールで冒険!
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第三話 メモリーズオブポニータ・その三(4/8)

 支部の入り口は分厚い柵と扉で閉鎖されていた。

 対魔物を想定した石造りの壁は破られていないようだが、地獄鳥は魔物としてはサイズが小さい。

 窓から何体か入り込んでいるかもしれない。

 空には十体以上の地獄鳥が飛び回っており、そのさらに奥、矢も届かないくらい遠くに光を反射する何かがいる。

 ラマの話していた銀翼の地獄鳥だろう。


 すでに避難済みのようで通りに人の気配はない。

 にもかかわらず、ポニータとフォクスが近づいても地獄鳥は襲ってこなかった。

 支部の建物内から悲鳴や助けを求める声が上がり、皮肉なことにそれが地獄鳥を引き寄せているのだ。


 ポニータは近くの建物の壁を蹴り上がり、支部の屋上にとまっている地獄鳥の翼に斬りつけた。

 地獄鳥の不快な鳴き声が街中に響く。

 ポニータの存在に気づき、建物の上で休んでいた地獄鳥たちが一斉に空へと飛び立った。

 元々空にいた個体と合わせて二十体くらいだろうか。


「私はおいしいわよ!」


 地獄鳥の高速飛来を身をよじって躱しながら短剣を投げ、少しずつだが確実に数を減らしていく。

 だが空中の敵を相手にするには投擲する物が不可欠で、六本装備してきた短剣はすぐに両手の二本のみになってしまった。

 地面に落ちた死骸から回収を試みるが安全に拾うには時間がかかる。

 素早さと立体的な戦闘には自信があるが、これだけの数を相手するには一人では厳しい。


「氷結剣!」


 フォクスは両手の剣に氷の魔術を纏わせた。

 刃に氷の刃が重なり、透明な大剣となる。

 剣を振ると氷の部分だけが外れ、飛び道具のように地獄鳥の首に突き刺さる。

 氷の刃は極度の低温で地獄鳥の頭ごと侵食するように凍らせてしまった。

 魔素の続く限り放出できるフォクスの対遠距離魔術である。


「ナイスアシスト!」


 嫌な位置にいた敵が落ちたおかげで、ポニータは二本の短剣を回収できた。

 壁を蹴って宙を舞い、拾った短剣を投げつける。

 また一体、地獄鳥が地面に落ちた。

 これならいけると思い、空宙で回転しながら次の標的を見定める。


「ポニー!」


 フォクスの声が届くか届かないか、肩にずしんと衝撃があった。

 空中にいたはずなのに、いつの間にか石壁に埋もれていた。

 動こうとすると咳き込んでしまい、吐き出した血液が服の胸元を濡らす。

 戦いに集中していたおかげか痛みは感じなかった。

 だが両腕、両脚どころか指先すら自分の意思で動かせない。

 完全に戦闘不能だ。


 はるか上空で流れ星のように光が動いた。

 あれは銀翼の地獄鳥だ。

 おそらくはポニータが気配を感じる間もなく、体当たりしてきたのだろう。

 人間を石壁に叩きつけ、なお減速せず上空へ逃げ去ったのだ。

 なるほど、恐ろしい魔物だ。

 こちらからは遠すぎて手出しができない。

 もう一体の討伐に当たっているフユ騎士団はどう対抗しているのだろうか。


「氷結剣!」


 雷の速さで降ってくる銀翼の地獄鳥をめがけてフォクスは氷の刃を振り放つ。

 甲虫型の魔物の装甲すら貫く技だが、刃は銀の翼に当たった瞬間、粉々に砕けてしまった。

 高度を下げた銀翼の地獄鳥は地面すれすれで方向転換し、水平飛行でフォクスに迫る。

 両手の剣を強化し頭上に構えるフォクス。

 力と力のぶつかり合いだ。

 フォクスなら勝てる。

 そう思っていたのだが。


「……くっ」


 迫り来る銀翼の地獄鳥を前にしてフォクスはよろけ、あろうことか片方の剣を落としてしまった。

 病み上がりに魔術を使いすぎたせいで、心臓に負荷がかかったのだ。

 ポニータは想像する。

 銀の翼に切断されて、上半身がなくなったフォクスの姿を。


 嫌だ、嫌だ、死んじゃ嫌だ。


 フォクスを助けるために手を、足を動かそうとするポニータだが、まるでいうことをきかない。

 ポニータはフォクスの死を覚悟した。


 だが銀翼の地獄鳥はフォクスに接触する前に急激に減速した。

 水平飛行していたはずが、地面に腹を擦ったのである。

 摩擦に巻き込まれ、ごろごろと砂煙を上げて転がる。

 フォクスがなんとか飛び退くと銀翼の地獄鳥は後ろにあった石造りの建物にぶつかり、倒壊させた。

 瓦礫からはみ出している銀の翼はぴくりとも動かない。

 何が起きたのかわからず、必死に目と耳で情報を集めていると、どこからか女の声が聞こえた。


「ひょーっひょっひょ。因果壊れる特異な点は、いつもいつも騒がしいねぇ」


 通りの曲がり角から背の低い老婆が姿を現す。

 黒いローブを身に纏い、身の丈ほどの銀色の杖をつきながらゆっくりと歩いている。

 余って垂れた腕の皮膚を見るに、なかなかの高齢者だ。

 七十歳を超えているかもしれない。

 彼女はまだ十体以上、地獄鳥が飛び回っているというのに一人だけ日常の中にいるように歩いている。


「さっさと建物の中に隠れろ!」


 フォクスはふらつきながらもなんとか氷結剣を振り、老婆の近くにいた地獄鳥を一体落とす。

 だが老婆は地獄鳥が見えていないかのように歩き続け、こちらに向かってきている。


 空を飛ぶ地獄鳥が一体、旋回して勢いをつけると嘴を突き出して降下してきた。

 狙いは老婆。

 フォクスの氷結剣も間に合わない。


「移せ」


 老婆の背後、曲がり角からもう一人高齢の女が姿を現した。

 杖をつく老婆よりは少し若いが、それでも六十歳は超えていそうだ。

 彼女は降下してきた地獄鳥に手を向ける。

 すると地獄鳥は空中で痙攣を起こし、地面に落ちて土煙を上げた。


「移せ、移せ、移せ」


 彼女は近くにいる個体から順に手を向けていくと、次々に落としてみせた。

 針を飛ばしたわけではない。

 魔術の類だとは思うが、風を操っている気配もない。

 極めて特殊な固有魔術だろう。

 彼女が何者かは知らないが、その独特な装備は一度見たら忘れられそうにない。

 彼女も前を歩く老婆と同じく黒いローブを着用しているが、その上に網目状になった縄の服を被っている。

 一見すると粗い鎖帷子のような見た目の服だが、網目には紐が結ばれており、先端に大小様々な大きさの石が吊るされている。

 その中に明らかに石でないものが混じっているせいで、ポニータは助けてくれたはずの彼女に恐怖した。


 おそらくは、剥き出しの心臓。

 びゅくんびゅくんと収縮し、血を吹いているものを彼女は服に括りつけているのである。

 八つか、九つか。

 背中側にもあるかもしれない。

 その異様な姿にフォクスも目を剥いていた。


「誰だお前ら。ただ者じゃないな」


 落とした剣を拾い、両手に形成した氷結剣を接近してくる老婆に向けた。

 しかし杖を持つ老婆は歩みを止めない。


 二体の地獄鳥が老婆を無視してフォクスのほうに飛んできたので、フォクスは氷結剣で首と胸を貫き地面に落とした。

 残りは遠くの空を旋回している一体だけだ。

 もう地獄鳥なんかよりも老婆たちのほうが怖い。


 ポニータは首を振って前に倒れ込み、壁のめり込みから脱出した。

 銀翼の地獄鳥を狩れるほどの冒険者がこの街にいるなんて聞いたことがない。

 彼女たちの正体がわからない以上、戦闘になる可能性も考慮しなければならない。

 体調不良のフォクス一人で相手をさせるには不安がある。

 ほとんど動かない腕に命令し、ポニータは短剣を握った。


「安心せよ、ポニータ・デリシアス。ワシらは敵ではない」


 杖を持つ老婆が言った。

 フルネーム。

 身元が知られている。

 有名冒険者の蓄財を狙う盗賊の類だろうか。

 ポニータの警戒が強まる。

 老婆はフォクスの剣の間合いにまで入ってきた。


「その剣はしまっていいぞ」

「ふざけんな。お前らが敵か味方かもわからないのに、言いなりになると思うのか」

「ひょひょひょ。面白いことを言う。ワシらが敵ならとうにおぬしの命はないわ」

「なんだと。俺を誰だと思ってやがる。俺は双剣の……」

「違うであろう?」


 老婆はずいと顔を近づけた。

 皮膚は染みも多く弛みきってだるだるなのに、眼光だけは十代のように力強い。


「マイク・ジューシー・ドリアン。ワシはおぬしの運命について話がしたい」


 フォクスの目が開き、警戒心からか瞬時に距離をとった。

 しかし着地点に地獄鳥の死骸があり、地面に尻をついてしまう。

 好機とみたか、空を旋回していた最後の地獄鳥が急降下してきた。

 フォクスは気づいていない。


「逃げ……」


 吐血が喉に絡まり、咳き込んでしまうポニータ。

 フォクスが上を向いたときには回避が間に合わないところにまで地獄鳥が迫っていた。


「移せ」


 石と臓器を身に着けた老婆が手を向けると、地獄鳥は翼をはためかせ、軌道を変えて頭から地面に突っ込んだ。

 落下の衝撃で首の骨を折っている。

 ポニータは見ていた。

 彼女が地獄鳥に手を向けた瞬間、身体にくくりつけてあった石の一つが心臓に変わったのだ。

 心臓は脈動に合わせて出血し、動きが弱くなっていく。

 たった今生き物から抜き取られたような生々しさだった。


 これで付近の魔物は全滅した。

 だが最も警戒すべき相手は不敵に微笑んでいる。


「聡明なクリストフならもうワシらの正体に気づいているはずだが、おぬしはどうだ。王族の責務から逃げ出した馬鹿者にはわからんか」

「兄を知っているとは。お前、王家の放った刺客か」

「ひょっひょっひょー。やはり馬鹿者、冒険馬鹿じゃ。適性があったわけじゃな。クリストフには為政者の、おぬしには冒険者の」


 老婆はフォクスの顎を掴むと、ぐりっと顔の向きを変えた。

 フォクスの視線の先にはポニータがいる。


「何はともあれ、治療が先じゃ。閉ざされた未来を拓くのに、あの女は必要じゃからな」


 老婆が言って、ポニータは自分の怪我の程度を思い出した。肺に血が溜まっているせいか、呼吸する度に苦しさが増していく。まぶたを閉じればそのまま意識を失いそうだった。

 フォクスの駆け寄ってくる音が聞こえた。

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