第三話 メモリーズオブポニータ・その三(1/8)
フォーズ共和国、旧フユ国地区を代表する街、サンタクラオス。
マダガスト教皇国との国境にある内海、ポセイラ海の東に位置する観光で人気の都市だ。
港とも山とも流通が整備されているため魚も肉も楽しめる。
そのぶん滞在費は高額だが、四人はいくつもの遺跡を攻略した超一流の冒険者だ。
日々の宿賃くらいで悩んだりはしない。
長期に渡る冒険の後だったこともあって、街に到着してから十日ほどはただ惰眠を貪っていた。
初夏のぽかぽかとした暖かさが冒険に行く気力を奪ったのだ。
丸二日、部屋と食堂を往復するだけの生活をしたときには、四人とも『ネムイネムイ病』にかかったのではないかと噂になったくらいだ。
ここ数年、フォーズではネムイネムイ病と呼ばれる原因不明の病が発生し、民を悩ませていた。
同時期、同地域で複数の患者が出ることからなんらかの理由で感染する病だといわれているが、国の調査団が調べたところ患者同士の接触は見られなかった。
突然意識を失い、三日ほど眠りこけるだけで後遺症も確認されていないため、最近では怠惰な者がかかる風邪のようなものと考えられている。
ポニータたちの滞在中にも、別の宿に泊まっていた吟遊詩人がネムイネムイ病にかかったという噂を聞いたが、気にも留めていなかった。
病の類はたいていフォクスが治してくれる。
油断していたのである。
「今日も夕方までかかるから」
「ずいぶん楽しそうね」
「なかなか強い奴がいるんだよ。剣一本じゃ勝てないくらいの。技を盗んでおきたい」
「程々にしておきなさいよ」
滞在二十四日目の朝、宿一階の食堂で食事を終えたポニータはフォクスを正面玄関まで見送った。
ラマは嫌がるマードックに装備一式を持たせて、外に蹴り出している。
フォクスとマードックは二日前から、街の駐屯騎士団の戦闘訓練に外部講師として参加していた。
冒険者協会を通した正式な仕事だ。
この街の騎士団は戦闘経験の豊富な冒険者を訓練に招くことで外部の戦い方を取り入れている。
練兵具合が外部に知られてしまうため、保守的なドリアンではあり得ない大胆な教練方法である。
フォーズではファントムの発生件数が年々増加しており、優秀な騎士の輩出が急務となっているのだ。
フォクスたちが向かったのはサンタクラオスの街を守る、フユ騎士団の訓練所である。
フォーズ共和国は四つの国の合併によって生まれた議会制国家であり、各旧国家が選出した議員たちによって運営されている。
旧国家にはそれぞれ自治権があり、旧フユ国地区議会の管轄下にあるのがフユ騎士団だ。
本で読む騎士は主君となる者に生涯の忠誠を誓い、その者のためだけに生きるといった描かれ方をしているが、フォーズ共和国内で騎士とは人民を守護する者を指す。
つまりは軍隊だ。
およそ百五十年前、当時圧倒的戦力を有していた隣国マダガストの侵攻を防ごうと、戦争に明け暮れていた四つの国家が和平を結んだ。
国家元首同士の度重なる話し合いの末、王政・帝国制の解体が決まり、当時の国家元首は地区代表議員として領民をまとめることになった。
絶対的権力者だった王が国を護るため、人民に身を落としたのである。
王家に忠誠を誓っていた騎士たちはならば私たちもと、忠誠を人民に捧げた。
こうして現在の騎士団が生まれたのだ。
旧国家地区ごとに『ハル騎士団』、『ナツ騎士団』、『アキ騎士団』、『フユ騎士団』が駐在しており、各騎士団ごとに歴史が異なる。
成長を競うライバルのような関係で、たまに武芸大会のようなものも開くらしい。
フォクスたち冒険者を講師に招いているのも他の騎士団には負けたくないという気持ちの表れなのかもしれない。
優秀な騎士は共和国議会直轄の『フォーズ代表騎士団』に引き抜かれるらしく、フユ騎士団は過去最も多くの代表騎士を輩出していると自慢気に喧伝していた。
「しかし、さすがはフユ騎士団ね。フォクスが実力を認めるなんて珍しいわ」
「この国の騎士団はファントムとの戦いを想定して訓練していますからね。練度も並ではありません。兄さんなんか、剣を習っているみたいですよ。嫌がってますけど」
「何それ、マードックも講師役として呼ばれたんじゃないの」
「兄さん、感覚派で武器の扱いが雑だから、他人に教えられないんです。剣もナイフも斧だって使うくせに、投げるか叩くかしかできない。我流を卒業する良い機会です」
ラマはいつだってマードックの世話を焼いてきた。
孤児院にいた頃からずっと、妹というよりも母親のように面倒を見てきたのだそうだ。
おかげでマードックの私生活はラマに依存しきっており、一人では生きていけないのではとすら思える。
ラマはそんな兄を自立させようと、最近では何事も突き放して対応している。
ラマがいない現場の仕事を受けたのは今回の訓練講師が初めてだというのだから驚きだ。
「ラマはどうしてこの仕事に参加しなかったのよ」
「閃光魔術は他人に教えられませんから」
「いいなぁ、固有魔術。いつから使えるの」
「十二歳くらいだったでしょうか。わたしたちの育った孤児院はちょっと特殊で、幼い頃から魔術の勉強ばかりさせられていたんです。強化、治癒、熱気、冷気、他にも危ない魔術まで。魔術さえ使えれば働き口はあるし、最悪、冒険者として日銭を稼げますからね。早く独り立ちして、未来の弟や妹のために院にお金を入れなければならなかったのです。でもわたしあんまり才能がなかったみたいで、落ちこぼれ扱いされていました」
「嘘、信じられない。ラマいっつも簡単そうに魔術使ってるのに。夜中になるとずっと杖がびかーって光ってるし」
「得意なのは閃光魔術だけなんですよ。その閃光魔術にしたって、夜中に探し物をしていて火の魔術で照らそうとしたら失敗して手が光ったっていうのがきっかけで覚えましたし。ポニーのほうがずっとすごいです。速いし、強いし、魔物の生態にも詳しい。ポニーこそ、なんで騎士団の講師の仕事、受けなかったんです」
「わかるでしょ。私ができることはフォクスがみんなできちゃうからよ」
自分で言って悲しくなった。
ポニータはフォクスに連れられてドリアニアを出てからずっと、彼の添え物のような存在でしかない。
たしかに冒険者として実績は積んでいるし、フォクスの活躍を支えている自負はある。
だが、自分にしかできないことがまったく思いつかないのだ。
フォクスは勤勉な天才である。
冒険に一途で、知識欲に限りがなくて。
ポニータなりに頑張っているつもりでも彼の歩みには追いつけないのだ。
フォクスの活躍はもちろん嬉しい。
だが、自分にしかできない、自分だからこそできる冒険はないものかとたまに考えてしまう。
「……嫌になっちゃうなぁ。いつの間にか私とフォクスの冒険じゃなくて、フォクスの冒険になっちゃってる。私はフォクスの仕事を手伝うだけ。こんな調子じゃ、いつ宝物が見つかるかわかんない」
「なんですか、宝物って」
「私はね、宝物を求めて冒険の旅に出たの。当時の私には欲しいものがなくて、冒険の旅に出る理由がなかった。そうしたらフォクスが、宝物が何かを探す旅に出ればいいって言ってくれたの」
「うわぁ、格好いいですね。さすがフォクスです」
「でも、見つかんないのよね。こう言っちゃなんだけど、一緒にいるのがフォクスでしょ。大抵のものは手に入っちゃうし、探検家としても順調。もう、宝物ってなんだかわかんなくなっちゃった」
ポニータは深いため息をつく。
玄関近くの通り道で長話していたせいか、外に出ようとした客に「どけ」と凄まれた。
ラマに袖を引かれ、ロビーの壁際に移動する。
気が滅入ったポニータは壁に寄っかかり猫背になった。
隣でラマが腕を組み、うーんと唸って口元を引き締める。
「わたしも、フォクスに頼りきりだと感じることが多々あります。同じ冒険者として自信なくなっちゃいますよね。そこで、提案です。冒険以外の分野にもっと本気で取り組んでみませんか」
「え、ん、もしかして」
「そうです、小物作りです。わたし、知ってるんですからね。ポニーが冒険の間に髪飾りとか作って、街に戻ったときにこっそり店に売ってるの」
「あれは趣味よ。余った時間を有効に利用しているだけで」
「本当に? 売った髪飾りが店頭からなくなっていたとき、口が裂けそうなくらいにんまりしてたじゃないですか。遺跡を見つけたときより嬉しそうでしたよ」
「え、ラマ、見てたの?」
「じっくりと。わたしも裁縫や編み物は好きですが、売れるほどのクオリティは出せません。それはポニーの才能ですよ。誇っていいです」
「でも、大したお金にはならないし……」
「金額は関係ありません。売れるほどの物が作れて、しかも楽しいっていうのが重要なんです。それにお金を得られる手段があれば、もしフォクスが怪我や病気で動けなくなっても、あなたの収入で養っていけるでしょう」
「まさかフォクスに限って、そんなことにはならないと思うけど。治癒魔術がうますぎて、季節風邪にすらかからないのよ」
「フォクスの頑丈さには同意しますが……要は彼に頼らない、ポニーだけの挑戦をしてみましょうという話です。冒険者としてフォクスに遅れをとっている気がするなら、別の分野で自信をつけましょうよ。あなたの探している宝物は、探検して見つかるものではないかもしれませんし」
ポニータは顔を上げた。
ラマはいつもと変わらないにこにことした笑顔を浮かべている。
どうやら彼女は自信を失ったポニータを励ましてくれているようだ。
ラマに甘えきりのマードックの気持ちがわかる。
彼女はなんというか……お母さんなのだ。
「わかった。ありがとうラマ、こんな愚痴に付き合ってくれて。私、装飾品の作り方を本格的に勉強してみる」
「ふふふ、いいんですよ。ちょうど時間がありますし、これから一緒にお店を回りましょうか」
「面倒見が良すぎよ。フォクスもラマくらい私にかまってくれたらなー」
「我が道を行くって感じですもんねー」
二人できゃっきゃと話しながら、着替えのため部屋を借りている二階へ向かった。




