第二話 メモリーズオブポニータ・その二(6/6)
「ごめ……」
「やべーぞ、おい、やっちまった!」
マードックが急に大声を上げた。
地面と平行に腕が伸びきり、指先までぴんと立っている。
指は洞窟と頑固石の境界線上にある。
どうやら指先だけ不可出特性の影響下にあり、引き抜けなくなってしまったようだ。
「外から手を使えば虫を出せるんじゃねぇかと思って、ちょっと指を入れたらこれだよ。あーめんどくせぇ。どうしたらいい?」
マードックは悪びれもせず、へらへらとした顔でフォクスにアドバイスを求める。
「一、指を切り落とす。二、遺跡の攻略を開始する。俺としては一を選んで、よく作戦を練ってから挑みたいな」
フォクスは剣を一本抜いた。
きっちり剣身を強化している。
「おいおいおい、冗談だろ。失った指は生えてこねぇんだぞ」
「お前のミスが原因だろ」
「わかった、謝るから一緒にここを攻略しようぜ。不可出の遺跡なんて楽勝だろ。俺たち散々遺跡攻略のシミュレーションしたじゃねぇか」
「他の遺跡特性が重なっているケースもある。出られない上に魔術が使えない遺跡なら、死ぬぞ」
「うるせぇ、大事な指ちゃんを失ってたまるか!」
マードックは頑固石の床に踏み込んだ。
全身が遺跡特性の影響下に置かれている。
これで遺跡のどこかにある赤い魔晶に触らなければ外に出られなくなった。
中が狭ければいいが、稀に地下数十階にまで及ぶ巨大な迷宮となっている遺跡もある。
もちろんそんな大遺跡はアトラ大陸全体でも片手で数えられるほどしかないが、運が悪ければマードックは二度と外に出られず、ここで餓死することになる。
フォクスは深いため息をつき、そして。
「まったく、どうしようもない馬鹿だな」
もう一本の剣も抜いて、遺跡内部へと踏み込んだ。
もう後戻りはできない。
フォクスもマードックと同じく遺跡の影響下に置かれてしまったのだ。
ラマがどうしたら良いかわからない様子できょろきょろと目を動かしている。
するとフォクスは「お前らは入って来るなよ」と制止した。
「もしここが地下にまで広がる大遺跡だった場合、食糧の補充を頼みたい。俺とマードックが攻略組、お前らは補給組だな。とりあえず簡単に様子を見てくるから、得意の裁縫でもして待っていてくれ」
フォクスの持つ剣の色が変わった。
炎熱剣と氷結剣がいつもと同じように使えている。
少なくともこの遺跡に封魔の特性はないようだ。
「わかったわ。私たちはここにいるから、何かあったら報告に来てね」
フォクスに言われた通り、ポニータはラマと遺跡の出入り口付近で待つことにした。
中で魔術が使えるのならば戦力面で不足はないはずだ。
「よし、行くぞマードック。初の遺跡探索だ。楽しもうぜ」
フォクスは剣を両手に構えたまま通路の奥に歩いていった。
後を追うマードックが振り返り、後ろ歩きしながらポニータに向けて手話を使う。
(俺に感謝しろよ)
ポニータもフォクスが振り返らないのを確認して、素早く手話を返す。
(もっと頑張るわ)
マードックはわざと騒ぎを起こして話題を逸らしてくれたのだ。
マードックもラマも、ポニータの恋をずっと応援してくれている。
フォクスがどんな気持ちでこの想いを拒絶しているのか知らないが、ポニータはめげない。
何せ、好みの顔なのだ。
世界中探しても代わりはいないと言い切れるほどのイケメンなのだ。
第一魔学舎で初めて出会ったときには背筋が痺れる思いだった。
声も身分も性格も知る前に好きになるなんて、運命的なもので繋がっているとしか思えない。
フォクスは訳ありの男である。
本当は名前と身分を買っただけの別人だなんて出会ったばかりの人間には明かせない。
ましてや王族として育ったことまで隠し立てせずに話せるのはポニータを除けばマードックとラマだけである。
それも彼らが知ったのはごく最近だ。
フォクスが他人と親しくなるには普通よりも多くの時間を必要とする。
ある意味でそれは安心材料である。
おかげでフォクスが他の女にとられるとは思っていない。
だが彼は冒険に一途すぎる。
放っておけば死ぬまで世界中を走り回っているだろう。
恥ずかしくても彼の気を引くためにアピールを続けるしかないのだ。
「さ、今ある物資の確認をしましょ」
「はい」
ポニータはリュックを下ろす。
まずはフォクスとマードックを外に出さなければならない。
役に立つところを見せ続ければ、いつかフォクスもポニータの求愛にイエスと答えてくれるかもしれない。
攻略まで十日以上かけるくらいの覚悟で始まった遺跡探検だが、驚きの結末を迎えた。
フォクスとマードックがすぐに引き返してきたかと思うと、すんなり遺跡の外に出たのだ。
なんの引っかかりもなく、朝自宅の玄関から出るようにすーっとである。
びっくりして開いた口が塞がらなかった。
「ど、ど、どういうこと?」
「赤魔晶、あった」
「え?」
「奥の部屋に。ここ、超小さい」
頭を抱えて縮こまるフォクス。
マードックは壁に手をついてため息をついている。
ポニータとラマも中に入って確かめてみるが、たしかに小さな部屋がいくつかあるだけの隠れ家のような遺跡だった。
デリシアス邸どころか貧民街の安宿に比べても狭い。
アトラチウムも魔道具も形の残っている家具すらも置いていない、はずれ遺跡だったのだ。
半年もかけてこの成果である。
通常、このような不可出特性の遺跡は、牢獄として使われることが多い。
しかしここは国の調査すら入っていない秘境である。
罪人どころか人がいない。
何十年か後、国土の開拓が進めば需要も生まれるだろうが、現時点でこの遺跡の価値はほとんどないといっていい。
泣きたい気分だ。
翌日、見つけた遺跡を探索拠点にして、周辺の地形を調べに出た。
すると驚くべきことに目視できるほど近くの岩場に似たような遺跡を見つけたのである。
心躍るどころか本当に踊り出すほど狂喜するマードックとフォクスだったが、虫を使ったチェックで不可出の遺跡と判明。
入る前から青い手紙でも受け取ったかのように静かになっていた。
今度はしっかり準備をして挑んだが、結果はまたのはずれ遺跡。
とりあえず協会に報告しに戻ろうかという意見が出るほどモチベーションが下がっていた。
だがなんと、二つ目の遺跡を攻略した翌日に新たな遺跡の入り口を発見する。
四人はこの時点でようやく気づいた。
「ここは古代、巨大な都市だったんだ……」
遺跡発見数、五。
これだけの数の遺跡を一度の旅で発見した冒険者は協会の創設以来、一人もいない。
目当てである白魔晶の遺跡はなかったが、いくつかの魔道具と希少な鉱物を回収できた。
経路の険しさと遭遇を報告した魔物の強さから十代の若者だけで行った探検だとは誰も信じなかったが、たまたまキカザールに来ていた冒険者協会会長と面会し、半年間の詳細を話したことでようやく冒険は事実であるという認定をもらった。
四人は期待の新人どころか、世界最高クラスに有能な冒険者集団として一躍名を馳せた。
もちろん、運良く遺跡を見つけただけだ、と陰口を叩く者もいる。
だがそんな者たちを四人は実績で黙らせていく。
最初の旅を終えてから二年足らずでマダガストに一箇所、フォーズに二箇所の遺跡を発見、踏破したのである。
冒険者協会会長は語る。新しい時代が来た、と。
四人は富と名声を得た。
特に一行のリーダーであるフォクスは名実ともに最強の冒険者として祭り上げられていった。




