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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第四話 アルノマと手を繋ごう(4/5)

 腿の筋肉をほぐしていると、地面から揺れが伝わってきた。

 限りなく確信に近い嫌な予感がする。

 ふらつく脚を叱咤してココロはまた走り出した。

 地響きが強くなり、木を薙ぎ倒す音がする。

 振り返らないでもわかる。

 間違いなくあのムカデの魔物だ。


 ココロの武器は爆発イモが二つだけだ。

 かつてないほどの高火力を見せてくれたが、口の中で爆発しても倒せなかった。

 ワニのようなぶ厚い外皮にぶつけたところで効果はたかが知れている。

 もっと単純に強い力が欲しかった。

 ライガードのような桁外れな力があればあんな魔物など素手で仕留められるだろう。

 だがココロは強化魔術を使えない。

 ココロはちょっと早熟な、か弱い少女なのである。


「助けて! 助けて! あたしは、ここにいるよ!」


 このままではすぐに追いつかれるだろう。

 ココロが必死になって考えた生き残る方法はただ一つ。

 食べられる前にライガードかポニータに見つけてもらうことだ。

 もしカムデーを倒してくれるならば知らない旅人でもかまわない。

 誰か、誰か。


 現実とは無情なものである。

 ライガードの名を連呼してもその声は森に吸い込まれるだけだった。

 枯れ木の横を走り抜けようとしたココロは細い枝に顔をぶつけてしまう。

 反射的に目をつむると疲労も相まり平衡感覚を失った。

 前のめりになって半回転、仰向けに倒れてしまう。

 カムデーの煤けた大口が目の前で咀嚼するように動いている。

 それを見たココロは簡単に食われてやるもんかと覚悟を決めた。

 カムデーがココロの頭を噛みにきた、その瞬間。


「爆発しろー!」


 ジャガイモを握った右手を敵の口の中に突っ込んだ。

 噛まれれば右腕を失うことになる。

 身体の一部を失えばたとえサキであっても治せない。

 決死の一撃だった。


 上顎の辺りにぶつかったジャガイモは、ココロの手の中で熱と光を発散した。

 一瞬にして手の感覚が失われ、間近で爆音を浴びたせいか強い耳鳴りが起きた。

 二度目の爆発に驚いたカムデーは頭部を振って暴れている。

 耳鳴りのせいで意識が視覚に集中したのか、暴れるカムデーの足や関節、吹き出す黒煙などがココロの目にははっきりと見えた。

 おかげで悟ってしまう。

 敵は混乱しただけで、すぐに正気を取り戻し捕食を再開すると。

 両腕がまともに機能しないココロはもうそのときを待つしかなかった。


 おばあちゃん、ごめんなさい。勝手に出ていって。


 お父さん、お母さん、ごめんなさい。言うことを聞かない子で。


 懺悔が終わるか終わらないか、カムデーが大きな口を開けて襲ってきた。

 ココロは言葉にして呟く。


「ごめんなさい……」


 カムデーの大きく開いた口はココロに到達することはなかった。

 カムデーの顔面に誰かの拳がめり込んでいたのだ。

 透明の体液が散り、カムデーは奥の木まで殴り飛ばされる。

 痛覚がないのかすぐにまた動き出すが、左の触覚が根本から折れていた。

 ココロを一方的に捕食しようとしていたときとは違う。

 警戒して距離をとっている。


「ポーク……」


 ココロを庇うように立っていたのはポークだった。

 昨日と同じ服のまま、あちこちが土に汚れていた。

 襟元に葉っぱもついている。

 ずっと森の中にいたのだと一目でわかった。


「ブガァァァァァァ」


 ポークが腕を振り回して威嚇した。

 ココロは立ち上がろうとしたが、身体を支える腕に力が入らない。

 右手に目をやると火傷と裂傷で見るに耐えない状態になっていた。


 ポークはカムデーに飛びかかった。

 所詮力が強いだけの子どもだ、策も何もあったものではない。

 カムデーは頭部を大きく振って、ポークの胴体にぶつかった。

 周囲の木を巻き込んでへし折るほどの威力である。

 ポークは数度地面にバウンドして土煙を上げた。

 攻撃を受けたのがココロなら全身の骨を折って死んでいただろう。

 だがポーク顔を歪ませながらも立ち上がった。


「……逃げろ」


 ポークが言った。

 その目はカムデーを見据えていたが、誰に話しかけたかははっきりしていた。


「逃げられない。もう立てないもん」

「嘘つくな。もっと頑張れ」

「嘘じゃないもん!」

「立てなきゃ死ぬんだぞ!」


 嘘ではなかった。

 疲労と恐怖で動けそうもなかった。

 だがよく見るとポークも足を震わせていた。

 顎を鳴らし涙を流していた。

 きっとココロと同じくらいカムデーが怖いはずだ。

 そう考えると負けていられない気持ちになった。


 変色した右手をついてココロは立ち上がった。

 血が接着剤になり葉がくっついてくる。

 ココロはよろめきながら一歩、また一歩と下がりカムデーから距離をとった。

 それが良くなかったのかもしれない。

 カムデーはポークを無視して再びココロに襲いかかった。


「させるかよ!」


 ポークがカムデーの頭部の少し下にタックルした。

 吹き飛ばすのでなく、抱きついている。

 腕が回りきっていないが、腕力で絞めている。

 人間でいえば首の位置である。

 気道を塞ごうとしているようだが、ムカデは口で呼吸などしない。


「無理だよ、そんなんじゃ気絶しない」


 ココロの助言を聞き入れず、ポークは力を込め続ける。

 ポークの腕が肉にめり込み、埋まっていった。

 カムデーの口が焼いたはまぐりのように大きく開く。

 ポークは歯ぎしりしてさらに深くまで腕をめり込ませた。

 額には血管が浮き出ていて、今にも穴という穴から血が吹き出そうだ。


 ぶちぶちと筋をねじ切るような音がした。

 カムデーの頭がだらんと力なく垂れ下がる。

 ポークはカムデーの首の辺りから、腕を引き抜いた。

 手にはぬめりのある管のようなものが握られていた。

 カムデーの器官を引きちぎったのだ。

 管から黄色がかった透明な液体が漏れ出ている。


「ひっ……」


 ココロは思わず後退りした。

 眼前の光景はココロにとってトラウマになりかねないものだった。

 皮を残しぶらりと垂れる生気を失った頭と、生への執着を見せ蛇のように暴れる胴体。

 死体が動いているかのようなその姿はココロの中の常識を破壊し恐怖心を掻き立てた。


 ぶちり。

 触覚をもぐ。


 ぶちり。

 足をもぐ。


 少年が全身に粘液を浴びて生きたまま魔物を解体している。

 皮をはぎ、手を突っ込んで肉を分断していく。

 鶏の羽根をむしるように、暴れる胴体から足を引き抜いていく。

 それは強者が弱者を捕食する姿だった。

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