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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第一話 始まりはウゴウゴで(1/5)

 ココロ・マックローネはひとりっ子である。


 農家の娘として育ち、最近七歳になったばかりの少女だ。

 肩にかかる黒髪には土や埃が絡まっている。

 見栄えが悪いということはわかっているのだが農作業をする度に汚れるので、寝る前に落とせばいいやとあまり気にはしていない。

 森に囲まれた土地で育ったせいか土や植物などの自然がココロは大好きだった。

 最近使えるようになった野菜の魔術もそういった自然を愛する気持ちから生まれたものなのかもしれない。


「ココロや、特製のおイモをおくれー」

「わかったー」


 和やかな春の昼下がり、部屋の出窓を開けて換気していたところ曾祖母のサキに声をかけられた。

 父母は畑仕事に出ているため、日中家にいるのはサキとココロの二人だけだ。

 朝晩の食事を作るのはサキの仕事でココロはその手伝いをしている。

 村の治癒術師であるサキに仕事の依頼が来たときはココロひとりで調理をするが、その腕前はひどいものだ。

 人参の皮より多く指の皮を剥きかねない。

 よって調理の手伝いには野菜の魔術を使う。


 家の外の物置小屋に移動するとココロはジャガイモを二つ手にとった。

 冬に収穫した後、そのまま暗所に放置していたため土まみれだ。

 桶の水を使って念入りに洗い落とす。

 綺麗になったジャガイモを両手で包んで目を閉じるとココロは念じた。


「あんたはただのジャガイモじゃない。ほくほくおいしい爆発イモなの。さぁ生まれ変わりなさい」


 手のひらがむず痒くなる。

 この魔術は植物の性質を変えているのだとサキに教わった。

 見た目はまったく変わらないが手の中のジャガイモはすでにただの野菜ではない。

 サキに渡すためココロは家の中に戻った。


「できたよほくほくの爆発イモ。一応二つ作ったけどもうくたくた」

「ありがとう。さすがおばあちゃんの孫だ。まず一つ食べようかね」


 サキは空の鍋に爆発イモを一つ入れると蓋をして激しく振った。

 するとポップコーンが弾けるような音がして蓋の隙間から湯気が噴き出る。

 蓋を開けるとほかほかのマッシュポテトができ上がっていた。

 野菜の魔術で作った爆発イモは衝撃を与えると高熱を発して弾けるのだ。

 野菜の魔術と呼んではいるが、植物であればだいたい爆発物に変質させられる。

 これはココロにしか使えない固有魔術というもので、伸びしろは無限だとサキに教わった。


「うん、うまい」


 サキはマッシュポテトを指ですくって食べた。

 稀に張り切りすぎて焦げるジャガイモもあるのだが、今回はうまくいったようだ。

 塩を振り、鍋の中身を二人分の皿に盛りつけていく。


「あの、おばあちゃん」

「ん?」

「あたしお腹空いてなくて。それよりこれからウゴウゴに行ってきてもいい?」

「なぁーにぃー?」


 サキが凄まじい勢いで仰け反った。

 頭が床にぶつかる寸前だ。

 人は老いると腰が曲がるというが、方向が違う。

 軟体すぎてびっくりする。


 ウゴウゴとはここライチェ村に一つしかない雑貨屋の名称である。

 深い森林に囲まれたこの村で生活や仕事に必要な道具を手に入れるにはウゴウゴを通して取り寄せるしかない。

 この村の住民はウゴウゴの使い方を覚えなければ破れた服を縫う針すら手に入らないのだ。

 サキもその辺りの事情はわかっているはずなのにココロがウゴウゴに行こうとすると嫌がる。

 理由は単純。

 独りになりたくないのだ。


「早めに帰ってくるから」

「こんな年老いたおばあちゃんを置いていくなんてひどい」

「おばあちゃん超元気じゃん。あたしより足速いじゃん。それに怪我したお客さんが来るかもしれないし、ウゴウゴに行ったらライガードさんと喧嘩するでしょ」

「ハゲは死ねばいいんじゃよ!」


 サキはウゴウゴに行くといつも商品に難癖をつけて値引き交渉を始める。

 店主のライガードも簡単には譲らず、言い争いから罵倒にまで発展する。

 学ぶべきところもあるとは思うが、見ていて楽しいものではない。

 できれば一人で行きたかった。


「おねがーい」


 甘えた声でねだる。

 この声にサキは弱い。

 ココロの要求を拒んだことはほとんどない。


「うっ……仕方ないのぅ。けれども、気をつけるんじゃぞ」

「すぐ帰ってくるから大丈夫だって。ライガードさんもいるし、村でいちばん安全な場所でしょ」

「心配じゃなぁ。心配じゃなぁ。もし戻って来んかったら、ばあちゃん腹いせにあの店、燃やしちゃうからなー」

「巻き添え!」


 サキが許してくれたので、小銭袋を受け取って家を出た。

 暖かい日差しに当てられて自然と身体を伸ばしてしまう。

 道端の野花を守るようにミツバチたちが飛んでいた。


 ライチェ村は広さの割に住民の数が少なく、それぞれの住居が離れている。

 退職した木こりの空き家もぽつぽつとあり急な来客にも対応できるが、この村には魅力がないらしい。

 道に迷った旅人が立ち寄るくらいで移住を希望する者はほとんどいない。

 森林の伐採と農地の開墾が進めば人口が増え都市になるかもしれないが、何十年も後の話だろう。

 近隣の森に水資源もあり生活はしやすいはずだが、西に十日ほど行けば海に面した村がある。

 海洋資源で栄えているので、この村に住むくらいならばそちらへ行くはずだ。


 ココロは村に不満があった。

 せっかく野菜の魔術の使い手として生まれたのに、村ではその能力が活かせないからだ。

 もし都会に生まれていたらこの稀有な才能を伸ばすため有名な魔術師にでも弟子入りしていたはずである。

 今よりずっとちやほやされて大きな家に住めただろう。

 お手伝いさんを手足のように使える生活ができたかもしれない。

 野菜の魔術にはそれだけの価値があると思っている。


 ココロにとって今の生活は不公平なものだった。

 不世出の天才魔術師が誰にでもできる農作業をしているなんて、時間と才能の無駄遣いだ。

 村の外への憧れは日々強くなるばかりである。

 だからココロはウゴウゴが好きなのだ。

 あそこには王都から買いつけた商品がたくさん置いてあり、店員もこの村の生まれではない。

 外を感じられるのだ。

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