第九話 リーダー腹黒(3/4)
ロビンは男の腰にある鍵の束を奪うと、開放されている鉄の扉を潜る。
拷問監獄アリュカトレイズ、その中は意外なほど静かだった。
艶のある白い石の壁は音をまったく通さないほど厚く、拷問時の音漏れを防ぐためかほとんどの扉は鉄製になっている。
地下の囚人や看守は外の異変に気づいていない可能性すらある。
全速力で走れば敵に遭遇せず黒魔晶のある部屋までいけるかもしれない。
「走りたいんだけど……調子はどうだい」
アリュカトレイズ内部はうっすらとしか煙が残っておらず、二人の姿がよく見えた。
ココロは普段と変わりないが、アルトはいつもよりも股を広げてどすどすと不自由そうに歩いている。
「なんじゃこりゃ。いやいや、すげぇな、体重が十倍になった感じだ」
「やっぱり辛いか……でもアルトがいないと黒魔晶を壊せないから、頑張ってついてきてね」
奔放淑女を借り受けて先に行くのがベストだとわかっているが、それをアルトが拒否することもわかっている。
仕方なくロビンはアルトのペースに合わせて走った。
一人だけ足音が重い。
廊下は延々と続いている。
途中、いくつかの扉と分かれ道があるがすべて無視。
行き当たりの曲がり角まで直進する。
「アルト急いで。見つかっちゃうって」
「うっせぇ、てめぇにゃこのきつさがわかんねぇだろ」
「ぼくだって身体は重いよ。矢もいっぱい担いでるし」
「なんだその程度。てめぇも刃物を三十本以上持ち歩いてみやがれ」
「もうここで武器屋開いちゃいなよ。需要あるでしょ。売れば身軽になるんじゃないか」
「かーっ、言いやがったなこの野郎。俺はザンギャク団最速だぞ。よしわかった。スピードアップしてやろうじゃねぇか」
走りながら、アルトはお気に入りの外套を脱ぎ捨てた。
厚手で重そうな毛皮製であるが、床にぶつかるとがしゃんという金属音を鳴らした。
あんなものを寝るときまで着用していてよく肩が凝らないものだ。
薄布のぴったりとした服しか着ていないアルトはなんだか新鮮だ。
普段隠れている腕や脚は思った以上に細かったが、筋肉質ではある。
じろじろ見るのも失礼かと思い視線を前に戻した。
が、やすやすと追い抜かれてしまう。
「やーい、のろま」
「君にもまだ子どもっぽいところがあるね。安心した」
こんなときだというのに、はしゃぐアルトが面白くて笑ってしまった。
いくつもの部屋を迂回し、廊下を進む。
ロビンは敵と鉢合うことなく目的地である中央の部屋に着いた。
しかし鋼鉄製の厳重な扉に阻まれていて中には入れない。
ロビンは弓を肩に担ぎ、外の兵から奪った鍵の束から鍵穴に合う鍵を探す。
似たような鍵が金属の輪にまとめてあり、番号が振ってあるがこの扉が何番なのかわからない。
「あっ、あいつ……」
五回目の鍵当てチャレンジに失敗すると、突然、ココロがレイピアを構えた。
背後からこつこつと足音がする。
落ち着いた歩調が不気味だ。
ロビンは振り返り、音の主を見た。
それは見事に顎の割れた大男である。
槍を手にして堂々と歩くその姿は主君を持つ騎士のような風格を漂わせている。
「例の危険な警備主任だ。ぼくが相手をするから、二人は下がって」
鍵開けを中断し、弓を肩から下ろそうとするロビンをアルトは手で制した。
「てめぇは合う鍵を探してろよ。時間がねぇんだろ」
「でも彼は一流の槍使いで」
「槍使いにはもう負けねぇ」
槍の使い手に何か嫌な思い出でもあるのか、アルトは奔放淑女を右手にぶら下げ、ふらふらと不安定な動きで前に出た。
元々、決まった型のない彼女の剣だがそれにしても素人じみた構えだ。
ロビンはアルトの言葉を無視して弓を肩から下ろそうとしたが、今度はココロに止められた。
「大丈夫、あたしもついてるし。それにアルト、あの剣で戦いたくてうずうずしてる。あんまり出番を奪っちゃうと腹黒が斬られるよ」
それはいくらなんでも、と思いながらもすぐに考え直す。
アルトならあり得ない話ではない。
ロビンはここで揉めるくらいなら、と鍵探しに戻った。
この扉を開けてしまえば次は黒魔晶の破壊だ。
それはアルトの仕事である。
戦闘を代わる理由ができる。
「ふむ、どこの賊が侵入してきたかと思えば……年若い女の子ではありませんか」
優しげな喋り方だ。
アリュカトレイズ内部を警備しているだけあって、腕に自信があるのだろう。
アルトたちを驚異に感じていない。
「馬鹿野郎、俺をただのガキだと思うなよ」
「では、何者です」
「聞いて驚け。泣く子も黙るザンギャク団だ」
「面白い冗談ですね。外にいた私の部下は皆、生きていました。ザンギャク団がここを襲っているのならば彼らの首は門に晒されています」
「……訳ありなんだよ」
「ま、いいでしょう。私は私の仕事をするだけです。幸い、ここにはあなたたちに真実を吐かせる道具が数多く揃っています。一人生きてさえいれば、ここを襲った目的もわかるでしょう」
顎割れ男が槍を振り回して威嚇し、どっしりと腰を落としてこちらに向けてくる。
「やっぱクソ野郎しかいねぇな、ここ」
アルトは相変わらず剣をぶら下げたままだ。
これから戦うとは思えない。
その後ろではココロが慣れない姿勢でレイピアを構えている。
ロビンは急いで鍵を試し続けるが、合うものが見つからない。
同じ鍵を試してしまっているのかもしれない。
後ろの戦いが気になりすぎて意識が鍵に向かないのだ。
「いざ参る」
顎割れ男がアルトの胸を狙って槍を突いた。
遅いと感じるのは強化魔術による高速戦闘に慣れているからであって、筋力のみの動きとしては充分に速い。
さすがのアルトも避けるのが精一杯か、と思っていたら。
「あらよっと」
地面を擦るように奔放淑女を振り上げ、槍を半分に切断した。
断面が磨いたように光っている。
強化魔術を使わずともアトラチウムの切れ味は他の金属の比ではない。
これには驚いたようで、顎割れ男は足に踏ん張りを効かせて後退しようとした。
しかしアルトの踏み込みのほうが早い。
ロビンの脳裏に昨日のギルの死に様がフラッシュバックした。
顎が本当の意味で割れると思った。
奔放淑女は男の顎へ当たった。
ただし、剣の横っ腹で。
なんと、殴るに留めたのだ。
男の目玉が天井を向き、前のめりになって倒れる。
頭を床にぶつけてしまったが、死にはしないだろう。




