第八話 強者邂逅(5/5)
「オレ、ぜってー母ちゃん助けるかんな」
決意を固めると、もう一つ笑顔が寄ってきた。
「へっへー、あたしの煙イモの出番だね。アリュカトレイズの中をもくもくにしてやるぅ!」
「姉ちゃんの魔道具、アリュカトレイズの中じゃ使えないんじゃ……」
「へーきへーき。外で使えば煙は入るでしょ」
できればココロには支援に回ってほしいが、そこは後で相談だ。
ブレイブレイドはまだ納得がいっていないようで、仮面に手を当てて思い悩んでいる。
「少数精鋭で黒魔晶の破壊か。不可能ではないがあまりに困難だ。よほど剣が達者でなければ途中、斬り殺されて終わりだろう。何より、一度突入してしまえば外交ルートでの解決が望めない。せっかくザックが動いてくれているのに、君はそれを無駄にする気か」
懸念があるとすればそこだ。
平和的な解決を完全に諦めることになる。
作戦に失敗すれば突入組だけでなくポニータも死ぬことになる。
仮に成功したとしてもお尋ね者となり二度とドリアンの地を踏めなくなるだろう。
だが、それを考慮してもポークの意思は変わらない。
「ごめんブレイブレイド。でもオレはアリュカトレイズにいるゴモンズの恐ろしさを身をもって知ってるんだ。あいつが母ちゃんを十日も生かしておくはずがない。……いいや、生きていたとしてもそれはもう人間とは呼べない姿にされているはずだ。きっと、いや絶対、母ちゃんを助けるには今動くしかない」
「ゴモンズか……たしかに私は彼の恐ろしさを知らない。だが一方で君たちはアリュカトレイズの恐ろしさを知らない。中では治癒魔術も使えないんだ。かすり傷すら致命傷になり得る。あまりにも危険すぎる」
「オレは母ちゃんを失うことのほうが恐ろしい。ライガードは死んだ。学長も殺された。あんな思いはもう……たくさんだ」
叫び出したいほどの怒りが腹の奥底から込み上がり、自然と強く拳を握る。
ブレイブレイドにも感情が伝わったようで、彼はふうとため息をついた。
「わかった。私も協力しよう」
「ブレイブレイド……」
「黒魔晶の破壊にはアトラチウムの武器が必要なのだろう。私がいれば作戦の幅が広がるはずだ。ザックには後で謝っておくよ。ザンギャクくんが作戦への同行を許可してくれれば……だけどね」
団員の視線がザンギャクに集まる。
ザンギャクは手にした大剣をくるくると器用に回し、ブレイブレイドの仮面を舐めるように観察している。
つい先ほど、新団員であるポークたちを奪い去ろうとした男だ。
疑り深いザンギャクが信用するとは思えない。
そう思っていたのだが。
「よし、力を貸してもらおう」
ザンギャクはにやりと笑った。
驚きの声をあげたのはアルトだ。
「正気かよ。この仮面野郎、アトラチウム持ってんだぜ。生かしておく意味がわかんねぇ。死体にして奪っちまえばいいじゃねぇか」
「アルト、お前はただ剣が欲しいだけだろ」
「うっ……まぁそうだけど、こいつは新入りを連れ去ろうとしたんだぜ」
「未遂だ。許してやれ。それよりも俺様はこいつの中身に興味がある。ザック・ノートレッドといえば世界最高の資産家だ。アトラチウムなんかよりよほど大きな儲け話ができるかもしれねぇ」
ザンギャクは涎でもたらしそうなだらしない表情で顎ひげを触っている。
ブレイブレイドはじっとザンギャクを見つめると、仮面の上からでもわかるくらいはっきりとため息をついた。
「わかった。ビジネスについては後々話そう。君は私の欲しい手札を持っているようだからね」
「ほう、なんの話だ」
「この子たちと助け出したポニータ・デリシアスの身柄を、私のほうで保護したい。もう隠匿先まで用意してあるんでね」
「タルタンじゃねぇ場所か」
「もちろん」
「断る。こいつらはうちの団員だ。この件が終わったらタルタンでゲスラー団との戦争がある。戦力を減らすわけにゃいかねぇ」
「戦力……ふむ、人員か」
「なんだ」
「うん、ちょうどいい。ザンギャクくんの納得できる穴埋めはできると思う。たぶんだけどね」
「簡単に言いやがって。こいつら、若い割にはそこそこやるぜ。代わりなんてそうそう見つかんねぇはずだ。それにこいつの母親からは虹のかけらの在り処を聞き出さなきゃならねぇ。渡せねぇよ」
「要するに人手と金だろう。私はザックという一流のビジネスマンに教えを受けている。投資すべき対象とタイミングは間違わないさ。大丈夫、ザンギャクくんが満足できるだけのプランを用意するよ」
そこで話を切り上げてブレイブレイドは遠くに弾き飛ばされた月下奇人を拾いにいった。
ザンギャクはポークの肩をぽんと叩くと彼に聞こえないように小声で話す。
「お前たちはもうザンギャク団だ。だがずっと俺様の近くにいなきゃいけないわけじゃねぇ。アルトだって年中遊び回ってるしな。行き先はお前らで決めろ」
「ザンギャクは……それでいいのか?」
「かまわねぇよ。もちろん、あの怪盗が相応の対価を差し出せばの話だがな。なかなか面白くなってきやがったぜ。まさか大罪人と呼ばれるこの俺様と真っ向から取り引きしようなんて奴がいるとはな」
ブレイブレイドの後ろ姿に目をやるザンギャク。
心底嬉しそうな微笑みを浮かべながら顎ひげを伸ばしている。
同じ犯罪者として何か感じるものがあるのかもしれない。
「そういえばザンギャク、アニー先生の名前に驚いてたけど、やっぱり有名なのか?」
何気なく聞いてみた。
「当時タルタンのガキはみんなあの人に懐いていた。俺様だって例外じゃねぇ」
「そうか、なんか嬉しいな。昔からアニー先生は、子どもに慕われてたんだな」
「うーん、どっちかっつーとありゃ恋だったな」
「恋? ザンギャクが?」
思わず息を吹き出すポーク。
ザンギャクほど色恋沙汰が似合わない男もいない。
大人の女性を相手にもじもじしている少年時代のザンギャクを想像すると笑ってしまう。
「誰にだって若い頃はある。今は良い思い出だ」
照れてしまったのか、ザンギャクはブレイブレイドを追って歩いていった。
「おえー、おえー、おうぇうぇうぇうぇー、気持ちわりー話だなマジでよー」
アルトは露骨に顔を歪め、ぺっぺと唾液を飛ばしまくった。
「あーら、アルトはまだまだお子ちゃまなのね」
ココロは腕を組んでふんぞり返り、なぜだか勝者の笑みを浮かべてアルトを見下している。
「馬鹿にすんな。俺だってお頭がどういう気持ちだったかくらいわかる。その女が欲しかったんだろ。俺だってそういう気持ちになることがある」
「へぇ、アルトが?」
「ああ、今だってそうだ。俺はあいつに惚れてる」
アルトが指さしたその先にはザンギャクの後ろ姿があった。
いくらなんでもそれは……と不穏な空気になりかけたが、アルトは言葉を続けた。
「奔放淑女! ゴージャスでいい女だぜ。お頭が貸してくれるってんなら、絶対俺が使うからな!」
「それは恋じゃないし!」
ココロの声が野鳥を飛ばす。
さり気なくアリュカトレイズの突入メンバーに志願してくれたアルトに感謝しながら、ポークは草原を歩くのだった。




