第八話 強者邂逅(2/5)
「忘れたも何も顔なんて知らないけれど、その格好には覚えがあるよ。さすがに日中は暑そうだね」
口調は穏やかだがロビンは警戒を解いていない。
第三の矢を今にも放ちそうだ。
ポークは知り合いだと気づき安心してしまった自分を恥じた。
ブレイブレイドがここにいる理由がわからないのだ。
彼は民衆の味方を自称している。
ザンギャク団と敵対していてもおかしくはない。
「おい腹黒、あいつは誰だ」
ザンギャクが前に出る。
ブレイブレイドは右脇に剣を構えると腰を落として、前屈みになった。
動物が威嚇しているような姿勢である。
それだけザンギャクの存在感が強いのだろう。
「彼は怪盗ブレイブレイド。有名な泥棒さ」
「ほう、あいつが。どういう関係だ」
「昔、虹のかけらを巡ってひと悶着あって……ぼくは彼と戦った。でも悪い人じゃない……と思う」
「ふん、そんなわけあるか。あいつは待ち伏せしていやがったんだ。完全に俺らを殺る気だ。見たところやっぱり、お前らじゃ無理だ。下がってろ」
ザンギャクはアトラチウムの大剣、奔放淑女を抜いた。
剣身が薄い緑色に染まる。
強化魔術と風魔術を纏ったのだ。
「待っ……」
ポークはザンギャクを止めようと彼の背中に手を伸ばした。
だがザンギャクは巨躯に似合わず動きが速い。
自ら発生させた追い風を駆使することで一瞬にして長距離を移動する。
「帯電!」
ブレイブレイドは左手の魔道具、雷撃手袋を発動し雷の力を剣に帯びさせた。
最強の技でなければザンギャクを迎え討てないと思ったのだろう。
だがザンギャクは備える時間を与えない。
まだブレイブレイドまで二十歩はあるであろう距離から剣を振ったのだ。
風魔術の刃がブレイブレイドを襲う。
「ぐあっ」
雷の力を帯びた月下奇人はその性能を発揮する前にブレイブレイドの手から消えた。
風の刃で豪快に弾かれ、回転しながらはるか遠くに飛ばされたのだ。
迫るザンギャク。
武器を拾いにいく余裕はない。
「死ね」
胴を狙った横薙ぎの斬撃をブレイブレイドは後ろに跳んでかろうじて避けた。
黒い服が裂けて鍛え上げられた腹筋が露わになる。
剣を失ったブレイブレイドは圧倒的に不利だ。
このままではブレイブレイドが殺されると思ったポークは先ほど拾った石を投げた。
「なんだ!」
背後から飛来する石を叩き斬るザンギャク。
その一瞬でブレイブレイドには充分だった。
地を這うような動きでザンギャクの隣を抜けて、ポークたちの方向へと走ってくる。
アルトが風魔術を放とうとするのを、ポークは手のひらを向けて止めた。
それからブレイブレイドに声をかける。
「話をしようぜ!」
「後だ! ここにいたら殺されるぞ!」
ブレイブレイドがポークの腰の辺りにタックルしてきた。
担いでこの場を逃げ去るつもりだったのだろう。
だがポークは地面にブーツをめり込ませ、力いっぱい抵抗した。
足元の草が根っこからめくれてしまったが、タックルの勢いが止まる。
「全員、落ち着いて! そこの不審者は知り合いだから!」
ココロが鞭で地面を叩いた。
その音でみんな我に返ったようで、魔術を放とうとしていた団員たちも動きを止めた。
ブレイブレイドも強引な突破を中止し、ザンギャクの動きに注意を払いながらもその場に留まった。
しかしポークやココロ、ロビンを連れての脱出は諦めていないようだ。
「君たちはここにいてはいけない。ザンギャクくんは人の心を持たない冷酷な殺人鬼だ」
「ザンギャクくん……」
「彼らに借りを作ったら骨の髄までしゃぶしゃぶされるぞ」
「しゃぶしゃぶ……」
「大丈夫、私が君の助けになる。だから今は私と逃げよう」
ところどころ言い回しが面白いが、ブレイブレイドは大真面目にポークを説得しようとしている。
どうやらポークがザンギャクの甘言に乗せられ、騙される形で同行していると思ったらしい。
ザンギャク団は大陸で最も名の知れた犯罪組織だ。
これまで素行の良かったポークが団員としてこの場にいるだなんて想像できるはずもない。
「ブレイブレイドもザンギャクもまず話し合おうぜ。だいたい、ブレイブレイドだってバリバリの犯罪者じゃねーか。他人をとやかく言えるのかよ」
「彼と私では犯している罪の重さがまったく違う。君は彼に騙されているんだ」
「オレから頼んで入団させてもらったんだよ。国に捕まった母ちゃんを助けるためには国と敵対してる勢力を味方につける必要があった。だから、心配しないでくれ。ザンギャク団は味方だ」
「味方だと。たった今私は殺されかけたぞ。見ろ、この腹を」
ブレイブレイドは切り裂かれた黒い服をまくってみせた。
よく見ると中に着込んだ鎖帷子まで切られている。
アトラチウムの前ではどんな防具も防具としての役目を果たせない。




