第三話 猫まんま(8/9)
「てめぇ……痛ぇじゃねぇか」
「友人の命が危険に晒されるのを黙って見ているわけにはいかない。ぼくたちは話し合いに来たんだ。人間には言葉があるだろう」
「ボディランゲージってやつだ」
「野蛮だね」
ロビンはアルトにレイピアを向けたまま動かない。
まだ短剣を所持していることを知っているのだ。
アルトは両手をあげた。
「よし、わかった。こうしようぜ。レイピア野郎、俺と勝負しろ」
「勝負? 殺し合いをするつもりはない」
「素手の殴り合いでかまわねぇ。俺とまともにやり合えるなら仕事でも役に立つだろう。部下にしてやってもいいぜ」
「ぼくが勝ったら、ザンギャクのところまで連れて行ってくれるのかい?」
「もちろんだ。正式な入団にはお頭の許可がいるからな。だが、会ったところでゴモンズをぶっ殺すメリットがねぇとお頭は動かねぇぞ」
「かまわない。その勝負、乗った」
「んじゃ、そのレイピアはどっかに置けよ」
「その前に腰の短剣を捨ててもらおうかな」
ロビンはレイピアを下ろさない。
アルトは舌打ちすると、腰から短剣を抜いて投げた。
重たい音が響き、壁に短剣が突き立つ。
両手を開け閉じして素手をアピールしている。
「他に武器は隠してないかい」
「いちいちうるせぇな。俺を信じろよ」
アルトは拳を構え、その場でとんとんとジャンプした。
相変わらず動きが軽い。
ロビンはレイピアを鞘に納め、カウンターテーブルに置く。
素手での戦闘は苦手なはずだが、引くつもりはなさそうだ。
「手持ちのシンド全部、アルトに!」
「アルトにドリアン銅貨どーん!」
「大穴狙いだ、覆面にお食事券三枚!」
周りでは賭けが始まった。
テーブルの上にシンド紙幣やドリアン硬貨、お食事券や盗品の貴金属まで集まっていく。
それを店主が無言で仕分けしている。
こういった喧嘩に慣れているのだろう。
「始めていいか?」
アルトが拳を鳴らす。
ロビンに刺されたせいで流血しているが、まるで痛そうにしていない。
「いいよ」
ロビンが答え、瞬きした直後である。
アルトは外套の中に手を入れると、ロビンの左の太腿に向けて何かを投げた。
深々と刺さったそれは、針のような投げナイフである。
ロビンが痛みに耐えかねうずくまると、それはもう嬉しそうな笑顔で追加の投げナイフを懐から取り出した。
ココロは悟る。
アルトはロビンを殺す気だ、と。
「蔓の鞭!」
ココロはアルトの手にあるナイフを鞭で叩き落とした。
しかしアルトは怯まず次のナイフを持つ。
今度は二本、指に挟んでいる。
いったい外套の下に何本隠していたのだろうか。
鞭の追撃が間に合わず、ナイフが二本、ロビンに放たれる。
「ブヒャア!」
ポークが木槌をフルスイング。
ロビンの目の前で投げナイフを打った。
ナイフは木槌に刺さる。
「姉ちゃん!」
「任せて!」
ココロは蔓の鞭でアルトを拘束しようとした。だがアルトは野生動物ばりの反応速度で身を躱し、追加のナイフを取り出した。
ココロは鞭の先のみを操り、新たに取り出したナイフを奪う。
蔓の鞭は振らずとも動かせる。
アルトの意表を突いた形だ。
「使え!」
ポークがロビンにレイピアを投げ渡す。
ロビンは空中で柄を掴み、抜剣すると最短距離を移動してアルトの胸に突きつけた。
心臓の位置である。
ほんの少し力を込めれば彼女の命を奪えるだろう。
「ぼ、ぼくの勝ちだ」
ロビンの声が震えている。
太腿にはまだナイフが刺さっている。
あの状態で動くのは相当に辛かっただろう。
だが無理をしなければ殺されていたかもしれない。
「何言ってやがる。てめぇクソ弱かったぞ。サラダたちが割り込まなきゃとっくに死んでる」
「そもそも素手の勝負だっただろう。君の反則負けじゃないか」
「素手でいちゃいちゃ喧嘩する野盗がいるかボケ。その剣を手放させるための方便だ」
「じゃあ最初からザンギャク団に入れるつもりはなかったのかい?」
「そうでもねぇよ。初っ端、脚を狙ってやっただろ。どう対応するか知りたかった」
「そうかい。で、ぼくはどうだったんだ」
「使えねぇな」
剣を突きつけられているのにアルトは強気だ。
ロビンに人は殺せないと判断したのだろう。
ロビンが黙り込んだのを見て、アルトはふふんと鼻を鳴らした。
「だがまぁ、三人集まりゃなんとか俺と戦える。ギリギリのギリで合格にしといてやるよ」
「ザンギャクに会わせてくれるのかい?」
「おうよ。だがお頭は恐ろしい人だ。強いだけじゃねぇ、頭も切れる。うまく利用してやろうとか思ってんなら、やめとけ。死ぬぜ」
「そこは大丈夫。えっと、その、ありがとう、アルト」
ロビンはレイピアを下ろした。
直後、アルトの目つきが変わり腰が沈む。
注意深く様子を見守っていたココロは鞭を床に打ちつけた。
「うお……」と盛り上がりかけた店の客たちもすぐに静まる。
「もうやめなさい。きりがないでしょ」
「なんだよサラダ、もう二、三発刺させろや。ちょっと仲良くしてやったら簡単に剣を下ろしやがって。あんだけ教えてやったのに、自分の弱点なんも理解していやがらねぇ」
「だからって刺すのはおかしいでしょ」
「死ねばいいんだよ、雑魚が」
アルトは飲みかけの酒をあおった。
げっぷをして、カウンターにグラスを叩きつける。
それから店中に聞こえる声で言った。
「みんな、今回の賭けはなしだ。殺し合いにはなんねぇ」
店内の客から「根性なしが」と罵倒するような言葉が飛んで来るが、アルトが睨みつけてすぐに静かになった。
ポークはロビンの腿に刺さったナイフを抜き、床に投げ捨てた。
アルトは店内に散らばった武器の類を回収する。
「ここの店主マジで何も喋んねぇな」
集めた賭け金を無言で返す店主を見てポークは言った。
「かっこいいだろ。誰にも媚びず、なびかず、殺しにも動じやしねぇ。孤高の存在だ。だからこの店が好きなんだ」
「アルトの好み?」
「そうだな。俺もあんなふうになりてぇ。かっこいい人間によ」
アルトは拾った武器をすべて身に着けると、脚を治療しているロビンの尻を蹴った。
「出発すんぞ。アジトまではかなり距離がある」
「ちょっと待ってくれ。立てそうにない」
「世の中には片足で暮らす奴もいるんだ。甘えんな」
「自分で刺しておいてそんな無茶な」
「お前、馬は乗れるか」
「一応、心得はある」
「よし、決まりだ。馬を調達する。こんな時間だがまぁ、金さえ出せばなんとかなるだろう。ちょうど今は金があるしな」
アルトは酒代としてドリアン硬貨を店主に支払った。
包みの袋に血がついている。
どんな仕事で稼いだのかは聞かないほうが良さそうだ。
アルトについて外に出ると、火を囲んでいるブサイクたちがいっせいにこちらを向いた。
アルトではない、後ろでポークに腕を担がれたロビンを見ている。
ブサイクの群れから見覚えのある男が半歩、前に出た。
彼はロビンをまっすぐ指さした。
「そいつが俺っちに金をくれたんだ。まだまだ持ってたぜ」
ここまで案内してくれたニコニコブサイクである。
性懲りもなく仲間を集めてきたようだ。
周りのブサイクたちは刃物や鈍器を所持している。
鉈、金槌、火かき棒……また仕事の道具だろう。
「こんなクズに金を恵んだだと?」
アルトは頭が痛そうだ。眉間を手で押さえている。




