第三話 大喧嘩(3/5)
「無視かよこの野郎。あのハゲ頭は一緒じゃねーのかって聞いてんだろ」
ナマハムがポークの胸を小突く。
ココロは反射的に民家の陰に隠れた。
ポークがピンチなのはわかっているが、ナマハムたちと揉めたくなかった。
彼らはアルノマが嫌いなだけで子どもは好きなのだ。
彼らがココロに対して悪態をつくことはなく、いつも笑顔で声をかけてくれる。
ココロから見た彼らは近所の元気なお兄さんであり、おそらくは彼らから見てもココロは可愛い村娘だ。
ココロはこの関係を壊したくなかった。
それにポークの味方をしてしまえば同じようにいじめられるのではないかという恐怖もあった。
「どうやらハゲ頭はいねーみてぇだな。なぁおい、こいつどうする。今ならなんでもできるぜ」
「アルノマが村で生活するなんて許せねぇ。拉致して森に捨てにいくか。豚にはお似合いだ」
「おい豚、無視してんじゃねぇよ。いい加減喋れや!」
怒っているような口調だが、あれはいじめを楽しんでいる。
拉致はさすがに嘘だと思うが、もし連れ去られるようであれば助けに入らなければならない。
「……オレは豚じゃない」
重圧に負けてポークが喋った。
ナマハムとアブリハムは顔を見合わせてにたっと笑った。
「なんだ喋れるじゃねぇか。いつも無視しやがって。ちゃんと返事すりゃ俺たちだって怒らねぇよ」
「そうそう。お前は豚だけどな」
ご機嫌である。
いつもであればライガードかポニータがポークを助けに割って入る。
特にライガードはハグで脅すため、ナマハムたちは怖くて近づけなかったはずだ。
彼らも言いたいことが言えず、鬱憤が溜まっていたのだろう。
どんどん言動がエスカレートしていく。
「俺は今まで何匹かのアルノマを見てきた。奴ら、脳みそに欠陥があるんだろうな。舌足らずだったり、怒りっぽかったり、どこかおかしい。そんで全員不細工だ。だがいくらアルノマだからって、ここまで見事に豚そっくりな奴は見たことがねぇ。お前は豚の子だ。そうとしか考えらんねぇ」
「そういえばお前、親父がいねーんだよな。もう焼き豚になっちまったか」
容赦のない言葉の暴力。
ココロだってどんなに腹が立っても父親の不在を揶揄したりしない。
「弱虫」
ココロは三人に聞こえないように小声で呟いた。
ポークは耐えるだけで抗わないのだ。アルノマを見下すナマハムたちも、言われるがままのポークも嫌いだ。
「父ちゃんは豚じゃない。イケメンだって、母ちゃんが言ってた。すごい冒険者なんだ」
ようやく、絞り出したように声を出すポーク。
それを聞いたナマハムたちは腹を抱えて笑い出した。
「よりによって冒険者って。お前、何も知らねぇんだな。冒険者協会に登録すれば誰でも冒険者って名乗れるんだよ。無職と変わんねぇ。わかるか、お前の親父はただの豚なんだ。お前の母親は豚が親父だって言えないから冒険者って言葉で濁してるんだ。くっさいくっさい豚の子どもなんだよ、お前は」
「そうだナマハム、森で拾ったアレ出せよ」
「おお、アレか。やってみるか」
ナマハムが布袋から何かを取り出し、地面に撒いた。
ポークの顔が下を向く。
それはまだ若いどんぐりの実だった。
「前の村で飼ってた豚の好物だ。さっき拾ってきたんだが、この村に豚は一匹しかいねぇからな。お前にやるよ」
「え」
ポークが顔を上げた。
よほど怖いのか目には涙が浮かんでいた。
「食えって言ってんだ」
ナマハムが胸を小突いた。
ポークは胸を押さえて小刻みに震えている。
「早く食え!」
アブリハムが怒鳴り、ポークは慌てて道に転がるどんぐりを拾った。
もう駄目だ、見ていられない。
ようやく物陰から出たココロだが、少しだけ遅かった。
ポークは嗚咽を漏らしながらどんぐりを噛み砕いていた。
土まみれのどんぐりを口に運ぶその姿があまりにも悲惨で、辛くて、我慢ならなかった。
「なんでそんなの食べるの!」
ココロはポークのそばに走り寄り、勢いのままに頬を引っぱたいた。
殻の割れたどんぐりの破片がポークの口から吐き出される。
尻をついたポークに馬乗りになり、その顔面を殴る、殴る、ぶん殴る。
顔つきが変わるまで殴ってやる。
「ちょちょちょココロちゃん?」
ナマハムに首の後ろを掴まれ、引き離された。
自分でもどうしてポークを殴ったのかわからなかった。
直前まで助けようとしていたのだ。
「弱虫! 弱虫ぃ!」
追い打ちをかけるように悪口を吐きかけた。
大粒の涙がぼろぼろ溢れる。
春から夏にかけて、ココロはポークと一緒に過ごした。
いっぱい喧嘩をして、勉強して、今では本も読めるようになった。
自分たちは成長しているはずなのだ。
なのに変わらずいじめられるままのポークを見て、自分のことのように情けなくなってしまった。
ポークは馬鹿だ、弱虫だ。
理不尽な要求なんて撥ね除ければいいのに。
「顔はまずいって」
「何よ! どんぐり食わすのはいいの!」
「どんぐりはばれねぇじゃん。……痛っ!」
ココロはナマハムの指にかじりついた。
噛みちぎるつもりで何度も歯を立てた。
引き抜いた指には歯型がくっきりついていた。
「どうしちゃったんだよ」
後ずさりするナマハム。
民家の陰から突然現れた少女がアルノマの少年をボコボコにして涙を流しているのだ。
客観的に見てどうかしている。
心情を理解しろというほうが無理だろう。
「行って!」
喉が痛むくらい声を荒げた。
初めて見るココロの激昂にナマハムはたじろぐ。
「早く行け! おばあちゃんに言いつけるぞ!」
この村においてサキは絶対的な権力者だ。
機嫌を損ねると病や怪我を治してくれなくなる。
ナマハムとアブリハムは何か言いたげな様子だったが、おとなしく去っていった。
残ったのは二人だけ。
ポークは道の真ん中で仰向けになっていた。
腕で目元を隠してひぐひぐと泣いている。
今は平気なようだがこれから顔が腫れるだろう。
強く殴りすぎたせいで、ココロの拳骨からは血が滲んでいる。
身体が頑丈なポークでもさすがに痛かったはずだ。




