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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第三話 大喧嘩(2/5)

 しばらくすると、村に鐘の音が鳴り響いた。

 もうすぐ夕刻だと村人に伝える鐘だ。

 ココロが帰宅する時刻である。


 王都には複雑なからくりでできた時計台というものもあるらしいが、こんな田舎には存在しない。

 中央広場にある日時計を見ながら決まった時刻に鐘を鳴らすことで生活にリズムを作っているのだ。

 そのため時刻は大まかにしかわからず、予定通りに仕事や勉強が進まないことも多い。


 今日は時間の経過が早く感じた。

『醜いトカゲの子』と『トキメキと少女』の二編しか読めていないからだ。

 途中で話が逸れたせいである。

 隣国発祥の民話『トキメキと少女』に出てくる架空の宝石がどれほど美しいものなのか議論していると、ポニータは昔、宝石や金属を加工して装飾品を作っていた時期があると語った。

 その時点ですでに議論の方向性がずれていたのだが、ココロもつい雑談に加わってしまったのだ。


「すごい。そのペンダントも自分で?」

「これは買ったものよ。中に物が入るようになっていて便利よ」

「何か入れてるの?」

「大事なものをね」


 ポニータはいつも胸に着けている銀色のロケットペンダントを大事そうに握った。

『トキメキと少女』の話はどこへやら、その後も話題は逸れに逸れ、ポニータの手作りアクセサリー展覧会に変わった。

 おかげで授業はほとんど進まなかったわけだが、楽しかったので良しとする。

 帰宅を延長してもう少しおしゃれ会議を楽しみたいところだが、この後ポークには予定があるようだ。


「オレ今日呼ばれてんだ。行かないと」

「どこに?」

「炭作り手伝えってライガードが」


 ライガードはウゴウゴの運営の他、村の警護や木材の管理など様々な仕事をしている。

押しつけられているという表現が正しいかもしれない。

 村のなんでも屋さんなのである。

 今日は木材を炭化させる作業があるらしく、そこにポークも呼ばれていたようだ。


「帰ってもつまんないしあたしも様子見に行こうかな」

「来んなよ! 絶対来んなよ!」

「そう言われたら行くしかない。あんた炭なんか作れるの?」

「できあがったのを箱に詰めたりしてる」


 子どもに任せられる仕事なんてそんなものだろう。

 せっかく読み書きや計算ができるのにもったいない気もするが、そもそもこの村には頭脳労働が存在しない。

 作物を育てたり木を切り倒したりといった肉体労働ばかりで面白くもなんともないのだ。

 やはりこの村にいても明るい未来なんて訪れない。


「じゃあまた明日。ポニーさん、今日はありがと」

「はーい。二人とも気をつけてね」


 外に出てポニータに挨拶すると、いつの間にか先に店を出たはずのポークがいなくなっていた。

 おかしいと思い辺りを見回すと、四軒先の家の前をどたどた子豚が走っていた。

 店を出てすぐココロを撒こうと全力でダッシュしたのだろう。

 面白い。

 ココロはその行動を追いかけっこの挑戦とみなした。


「待ーちーなーさーいー」


 ココロはポークを追いかけた。

 ブーツを洗濯して以来、革が縮んできつくなってしまったが、それが幸いして以前よりも走りやすい。

 水虫はまだ完治しておらず走ると蒸れが気になるが、年下に負けるわけにはいかない。

 どんどん距離を狭めていった。


 ポークが五軒目の民家に隣接する道を曲がった。

 近くで放し飼いの鶏たちが翼をばたつかせている。

「逃ーげーるーなー」とポークを追うココロだが、曲がり角近くまで到達すると、驚いた鶏が一羽、顔面を狙って飛び蹴りをかましてきた。

 咄嗟に腕で庇ったので大事には至らなかったが、バランスを崩して転倒した。


「痛い!」


 服についた砂を手で払い、鶏をぎろりと睨んだ。

 鶏たちはいつでも飛びかかれる体勢でココロを囲んでいる。

 走るとまた興奮させてしまいそうだ。

 仕方なくココロは亀になった気持ちでゆっくり歩いた。

 このままでは自分の方が足が早いのだとポークが勘違いしてしまう。

 ノロマと罵られるかもしれない。

 調子に乗ってふんぞり返ったポークを想像して腹が立ってくる。


 住民の数を考えればライチェ村はとても広い。

 ポークの目的地である炭工場も曲がりくねった林道のはるか先にある。

 急げばまだ追いつけるかもしれない。

 ココロは民家の角を曲がってすぐに走り出そうとしたが、その先にある人影を見て慌てて立ち止まった。


「嘘でしょ……」


 すぐそこに二人の青年と棒立ちになっているポークがいた。

 よりによって一人でいるところをナマハムとアブリハムに見つかってしまったのだ。

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