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豚に奏でる物語  作者: あいだしのぶ
第一章 ライチェ村で冒険!
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第二話 人間じゃない(5/5)

 洗濯と脱水が終わり、水も汲んだ。


 ポークはココロが持ってきた棒の両端に桶を吊るして右肩で担いだ。

 重くはないが、バランスをとるのが難しい。


「さて帰るぞ」


 ライガードは水を汲んだ樽を背に担ぎ、洗濯物を大きな服に包んで持った。

 手ぶらなのはココロだけだ。

 ココロなりに気になったようで「あたしが持つわ」と洗濯物をライガードの手から奪った。


 ココロは立ち直りが早い。

 足が臭いと指摘されて少しすると開き直って蹴ってきた。

 嫌がるポークを見てこれは武器になると思ったようだ。

 ただ殴られるよりもずっと辛い。

 今後の日々を考えると気が重くなる。


 ポークが先頭になって石だらけの川辺を歩いた。

 足元に注意しながら森の入り口に向かうと、入れ替わるように男が二人やってきた。


「なんで豚がここにいるんだよ」

「魔物と間違えて狩っちゃうぞ」


 ナマハムとアブリハムだった。

 挨拶のように悪口を言ってくる。

 ポークは彼らが苦手だった。

 彼らの悪口に何を言い返しても豚の戯言と嘲笑される。

 人間扱いしてくれないのだ。

 黙って耐えることしかできないので、ポークは目を伏せて歩く。


「おい無視かよ。人間様には挨拶しろって習わなかったのか?」

「早く死ねよ害獣が」


 好き放題言ってくる。

 ポークは心を空っぽにした。

 考えれば辛い。

 心臓が暴れて苦しくなる。

 だから空気になるのだ。

 悪意も暴力も空気には通じないから。

 次々と罵声が届くが、効かない。

 空気だから。

 無敵だから。


「おい」

 すれ違いざまである。

 怒気のこもったその声はライガードのものだ。

 ポークやココロを叱る時には決して出さない、地に響く低い声である。


「なんだよハゲ頭。文句あんのか?」


 アブリハムが顔面を突き出してライガードを睨んだ。

 そのままずいずいと距離を詰める。

 ライガードのほうが頭三つぶん背が高いためか、その厚い胸にぶつかった。

「硬っ……」アブリハムは打ちつけた鼻を押さえた。


「お前たちがどんな主義思想を持っていても、心の内に留めるならば咎めはしない。だが今お前たちが口にした言葉は、どんなに鋭利な刃物よりも容易く人を殺せるものだ。間違っても子どもに向けていいものじゃない。謝ってもらおうか。それができないのであれば、許さんぞ」


 脅しつけるような口調だった。

 筋肉隆々の大男が肩をいからせている。

 アブリハムは苛立った目をライガードに向けたが、あまりに恐ろしい顔だったためか小突かれたように後ずさった。

 狂気の目。

 白目部分が充血していたのだ。

 ココロの足で。


「ふ、ふざけんな。てめぇ、ちょっとガタイがいいからって俺たちが怖がると思ってんのか。木こりなめんなよ!」


 ナマハムがライガードの首の辺りを掴んだ。

 身長が違いすぎて貢物を天に捧げるような姿勢になってしまっている。

 ライガードは「暴力はいかん」と言って、ナマハムの手を剥がした。


「なんだ、怖いのか、飾り筋肉野郎」

「ほう、飾り筋肉」

「おう、店で椅子に座ってばかりのてめぇと違って、俺たち木こりは毎日が自然との戦いだ。ちょっとデカいからって調子に乗んな。本気出せばてめぇ、死ぬぞ」


 ナマハムは退かない。

 胸を張って身体を大きく見せている。

 それでもライガードの巨躯に比べると威圧感はない。


 ナマハムは知らないのだ。

 ライガードの趣味が筋力トレーニングであることを。

 店で椅子に座っているように見せかけて、空気椅子トレーニングしていることを。

 あの脚は丸太のように太いのに鋼のように硬いのだ。


「仕方ない。よく見ておけ」


 ライガードは足元の石を拾い、ナマハムの目の前に突き出した。

 拳にぎりぎり握りこめるくらいの大きさの何の変哲もない石である。


「な、なんだよ。それで殴ろうってのか。それなら俺たちだって武器を使うぞ」


 ナマハムが腰に手をやった。

 山菜でも採っていたのだろうか、携帯用の短剣がある。


「いいや、殴らん。さっきまでこいつらに魔術の授業をしていたんだが、その続きだ」

「魔術ってお前が?」

「ああ。熱気魔術を見せてやった。次は強化魔術だ。体内の魔素を身体の一部分に意識的に集める。すると、とんでもない力が出せるようになる。こんなふうに」


 ライガードの手が爆ぜて、辺りに小石が飛び散った。

 ポーク以外の全員が仰け反って地面に尻をぶつけてしまう。

 魔術で握力を強化して石を破壊したのだ。

 ぎゅっと握られた手を開くと、砂利のようなものがぱらぱら落ちた。


「強化魔術が使えるならばこの程度は誰にでもできる。筋力の限界を超えて強くなれるんだ。もちろん、魔術に耐えうる強い肉体を持たなければ怪我をする。日々のトレーニングは欠かせないがな。この魔術はいいぞ。わかりやすく成長できる」


 ライガードは足元の石をもう一つ拾った。

 今度はちょうどナマハムの頭と同じくらいの大きな石だ。


「俺は村人を守る立場だ。お前らみたいな奴でも手は出さないつもりだが、限度がある。これ以上うちの子をいじめるのなら、こうだ」


 ライガードは腕をクロスさせて胸に石を抱いた。

 目を閉じて穏やかな表情をしている。

 石に亀裂が入り、ゆっくりと拷問のように圧し砕く。


「そうやって殺すつもりか」

「いいや、ハグだ」


 ハグじゃねぇだろ。

 その場にいた全員が思ったはずた。

 ハグじゃねぇだろ。


「お前たちがごめんなさいと言うまでハグし続ける。友達になるまでハグし続ける。それが嫌なら、謝れ。今すぐだ。ほれ、ハグするぞ、ほれ」


 後ずさるナマハムとアブリハム。

 禿げた大男が両手を広げて抱きつこうとしているのだ。

 恐怖以外の何物でもない。


「あいつ人間じゃねぇよ」

「ああ、人間じゃない。帰ろうぜ」


 ナマハムとアブリハムは逃げていった。

 足取りが覚束ない。

 よほど怖かったのだろう。

 何やらわめいていたが、はっきりとこちらに聞こえないように声量を調節しているようだった。


「さぁ、帰るぞ」


 ライガードが先頭に立ち、今度こそ三人は帰路に着く。

 前を歩く男の背中がいつもより大きく見えた。

 いつか村を出たいと話していたココロが羨ましく思えてしまう。

 自分には村を出る勇気がないから。

 母とライガードが近くにいなければ、心が死んでしまうから。


 ポークは生まれつき豚の顔をしている。

 それはどうやっても直せないのである。

 老いて死ぬか、或いはいじめられて死ぬまでアルノマと呼ばれ迫害され続けるのである。

 ポークが生きていくには味方が必要だった。

 絶対に裏切らない味方、家族が。


 気分が沈み込み下を見ながら歩いていると、ココロが小声で話しかけてきた。


「すごいかったね。簡単に石を砕くなんて」

「元冒険者だし、あれくらい普通だろ」

「普通なはずないでしょ。怒られそうだから言えないけど、あたしナマハムに同感。石を砕くとか、人間じゃない。魔物が人間に化けてるとしか考えられない」


 いつもの軽口だったのだろう、楽しそうに言ったココロは直接ライガードの筋肉を触りに行った。

 腕にぶら下がって遊んでいる。


 ポークは水を零さないように注意して、道端の石を拾った。

 水切り遊びに使えそうな平たい石だ。

 ポークは魔術を知らない。

 魔素がなんなのかもよくわかっていない。だが。


「人間じゃない、か」


 親指と人差し指で石を挟み力を込めた。

 ばちんと音がしてココロが振り返る。

 ポークは何事もなかったかのように服で手を払って粉々になった石を落とした。


 帰ろう。

 人間だろうと、人間じゃなかろうと、ウゴウゴには家族がいるのだ。

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