9_交流会とトラのマーチのリーダー
聡史が開店のプレートを出すとお客が入って来て、一斉にトレジャーバトルの席に着く。ウロウロする客も多く、すぐにゲーム機は埋まってしまった。
「いらっしゃいませ~」
聡史は営業用の顔で接客している。
「私、日用品の買い物があるから、一度家に帰るわね」
奈々はトートバッグを持つ。
「それじゃあ、私はコンビニ行ってくる」
コンビニ好きね~と奈々は言いながら大輔に手を振る。
「また午後来るわ、大輔」
「私も」
「おうっ、待ってるぜ」
また後で~などと言いながらゲームセンターを後にした。
紗希がコンビニに向かって歩いていると、後ろから奇妙な声がした。
「み…み…みや…?」
紗希が声をする方に振り返ると優斗が立っていた。
「ゆ…広瀬さん~~!!」
感激のあまり声が大きくなった。咳払いをして気を取り直す。
「こ、こんにちは…宮永紗希です。宮永紗希です!」
「あぁ…そうそう…宮永さん…。こんにちは、コンビニに行く途中?」
「はい、そうなんです」
「僕もコンビニに用事があるんだ」
コンビニに着くと入り口の扉を優斗が開ける。
「どうぞ」
レディーファーストのように振舞う優斗がさらにカッコ良く見えた。
「ありがとうございます」
紗希はドキドキしながらコンビニに入る。優斗は慣れた手つきでATMを操作し、それが終わるとお弁当コーナーで牛丼を手にした。
「…牛丼食べるんですか?」
「無料クーポンが当たったから、フードコーナーで食べようと思って」
目線を向けると食べられるスペースがある。紗希は思い切って提案した。
「私も一緒にゴハン食べていいですか?」
「えっ…?」
驚く優斗に紗希は続ける。
「あの、私…朝ご飯を食べてなくて…お腹すいてて…」
焦る紗希に優斗は口元を緩め了承した。
「…一緒に食べましょうか?」
笑う優斗に紗希は「やたぁ~!!」と心の中で叫んだ。
「私も牛丼に…」
手を伸ばしながら紗希はハッとした。牛丼なんて食べたら大食い女子だと思われそうだ。ここは女子らしくミニロールパンがいいと思った。
小さいサイズのホットドッグを持ち、レジに向かう。
フードコーナーの席ではすでに優斗が待っていた。
「お待たせしました」
「…ホットドッグですか?美味しそうですね」
紗希は優斗の牛丼の方が美味しそう、と感じながらあいまいに頷いた。
二人で手を合わせながら食事を始める。
「…広瀬さんはこれからお出かけですか?」
「はい…ちょっと新宿に…」
「あっ、仕事ですか?」
「…いえ…ちょっとしたことで…」
優斗が無理をしているような顔で笑う。
(あれ…元気ない…?)
紗希は立ち上がりフードコーナーに置いてあるドレッシングを持ってきた。そんな紗希の行動を不思議に思いながら優斗は見つめる。
「この牛丼にこのドレッシングかけると美味しいんですよ~。広瀬さんもどうですか?」
「…ごめん、大丈夫っ!」
グイッとドレッシングを優斗に渡そうとするが、即答で優斗は断った。
「……そうですか」
シュンとなる紗希に優斗は笑う。
「宮永さんって、おもしろいね…」
「えっ、私がですか!?」
「はい…こうやって誰かと一緒に楽しく食事するのは…いいですよね…」
優斗もパクパクと食べる。
「はい…」
急に緊張してきた紗希だった。
新宿西のとあるゲームセンターは人が集まっていた。
休日の昼間であるため、人が多いのは当然かもしれないが、それだけが要因ではない。
「トラのマーチの交流会が始まるんだって」
「真一くん、初めて見た!可愛い~」
ギャルが騒いだり、お姉さま系がヒソヒソとしていたり、お祭り騒ぎだった。
「匡宏、外野がうるさいんですけど?」
トラのマーチの女性メンバー、戸矢崎環が腰に手を当てて周囲を見渡す。
「…今に始まったことじゃないだろう。追っかけなんて無視してろ」
環の隣に座っている眼鏡のインテリ、小林匡宏はめんどくさそうに答えた。彼はトラのマーチのマネージャーをしている。
フンッと環はイライラした。
「リーダーはまだなの?」
「もう少しで来るって、さっき連絡があったな…」
倉梯真一と今掛渉は小林と戸矢崎を遠くから見ていた。その状況を紗希の兄、俊介は不思議に思う。
「なぁ、どうして遠くからマネージャーを見るんだ?」
俊介はトラのマーチの交流会に誘われ、ここに来ていた。
「いや…別に…。ただ、俺、マネージャーの小林さんには少し苦手意識があって…いい人だけど…。それと同じで、戸矢崎さんも苦手だ…」
渉も真一に同意する。
「僕も戸矢崎さんが苦手です~。何を話していいか、分かりませんし…」
二人の話を聞いていた俊介が小林と戸矢崎を見る。
「ふーん…」
「おっ、やっと来たみたいだぜ!」
帽子とサングラスをしている男が交流会の仕切りの中へ入ってきた。その姿を見つけて、真一と渉はその男の方へ歩く。俊介も後ろから続いた。
「…待ってたわよ、優斗」
環が男に話しかける。マネージャーの小林も一緒だ。男は帽子とサングラスを外す。その正体は、広瀬優斗だった。
「遅かったな」
マネージャーの言葉に優斗は頭を下げる。
「遅れてすみません…」
トラのマーチのリーダー、広瀬優斗の前にメンバーが集合する。
「それでは、今からトラのマーチの交流会を始めます」
マネージャーの小林がメンバーの前で声を出す。
「今月の報告から…」
小林がレポートを持って話し始めると、仕切りからガラの悪い男四人が入ってきた。
「よぉ~お前らがトラのマーチかよ」
「こんなヤツらかよ、弱っちぃー」
ヘラヘラしながらトラのマーチに近づく。女性メンバーが後ろに下がるタイミングで、真一が前に出た。
「お前ら何者だよ?」
真一は一、二歩、前に出て、メンバーを守ろうとしている。
「倉梯君…やめとけ…」
小林が真一の肩を押さえるが、ガラの悪い男たちは話を続ける。
「俺ら、『高速ハリケーン』ってもんだけど…」
「ここに来ればトレジャーバトルで勝負できるって聞いて来たんだぜ?」
小林が先頭に立って冷静に対処する。
「…申し訳ありませんが、勝負するつもりはありません。お引き取り下さい」
「俺たちにビビっちゃった系~」
あははーと4人は笑い出す。
「…小林さん、いいですよ。僕が勝負します」
優斗は奥の方から一歩も動かずに言い放つ。
「お前、誰だよ?」
「メンバーの一人です。良ければ僕がお相手します」
席に移動する優斗に真一は話しかける。
「いいのかよ、お前が出て」
「いいんですよ、僕が対戦します」
優斗がジャケットを脱ぐと、小林がさりげなく持ってくれた。小林に礼を言いながら優斗はゲーム画面を操作する。
『トレジャーバトル3』
○ 対戦バトル
○ ストーリーバトル
○ オンラインへ
アーケードゲームは対面のゲーム機にコインが投入された場合は対面同士でバトルできるようになっている。
「フィールドはお前が選んでいいぜ」
俺って優しいだろう、などとガラの悪い男が言う。
優斗は『大聖堂』のフィールドを選び、キャラクターを『チャーリー』にした。
ゲームはヒュンといって『Now Loading』が表示され、すぐにムービーの画面に遷移した。
チャーリーは熱心なクリスチャンだ。
教会で一人祈りを捧げている。クリスタルの窓に光が当たりチャーリーは光に包まれる。チャーリーは目を開き出口へと向かう。神父のような服をバサッと取ると下にはタイトな服が見える。トレンチコートを羽織ってムービーが終了する。
続いて相手のムービーが始まる。相手はカールにしたようだ。
カールは筋トレをしている。汗をタオルでふき鏡の前でポーズをする。筋肉が盛り上がり、表情は満足気だ。サスペンダーが特徴の服を着て髪の毛をオールバッグにセットし、部屋のドアから出る。
ムービーが流れているときに俊介はつぶやく。
「おれ、広瀬君がプレイするところ初めて見る…」
「優斗さん、本気ですよ」
渉はワクワクしている。
「ああ、チャーリーを選んだ時点で瞬殺だな」
真一もニヤリと笑う。
『BATTLE START!!』
カールは走り出す。
チャーリーはカールの動きを左上の画面から慎重に見定める。
カールは警戒しながらチャーリーに近づき、武器のマシンガンを撃ちまくる。チャーリーはその攻撃を鮮やかによけながらジャンプする。
「終わったな」
画面を見ながら真一が言うとチャーリーは武器を使った。武器は二丁拳銃である。
バン!バン!
バタッ…
「おい、のぼる」
「なにやってんだよ!」
ガラの悪い連中は、すっとんきょうな声を出す。
ムービーが始まる。
宝箱が開きチャーリーは宝を取り出す。手にしているのは十字架だ。十字架を天にそっと投げると大聖堂のエリアが消え、教会に移行する。
「主よ、神のご加護に感謝します」(チャーリー)
「負けたぜ、俺の完敗だ」(カール)
チャーリーは画面に向かって歩いてくる。神父の服をバサッと羽織ると、ステンドグラスが織り成す光へと歩いて行く。
『YOU WIN !!』
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YOU WIN !!
チャーリー VS カール
DATE 2008年6月8日
TIME 4:14
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シーンとしている雰囲気の中、先に声を発したのは優斗だ。
「…もう一度やりますか?」
「何だよ、コイツ…」
「反則したんじゃねーのかよ」
あまりの早さで負けたので、ガラの悪い連中は、面白くない。そんな状況の中、真一が前に出た。
「今度は俺が相手になってやるよ」
ガラの悪い連中はオドオドしながらお互いの顔を見回す。
「今日は…もう帰るけど勝ったと思うなよ」
チッと言いながらガラの悪い連中は逃げていく。
「さすが優斗さん、ですね~」
渉が嬉しそうだ。小林も優斗に近づく。
「あっという間に決着が着いたな」
優斗はコクリと頷いてメンバーに向かってニコリと笑う。
「仕切り直しです。交流会を始めましょう」