4_レッドドラゴンと真一
ゲームセンターを出て、紗希は奈々を自宅に招き入れる。奈々は紗希の家族とも仲が良い。
「こんばんわ、夜分に失礼します」
紗希の父親は優しく出迎える。
「こんばんは、奈々ちゃん。紗希、準備できてるよ」
「ありがとう、パパ~」
リビングでは、兄の俊介が夕食の最中だった。
「お邪魔します」
奈々は会釈する。
「奈々ちゃん、どんどん可愛くなるね~」
「ちょっとやめてよ、お兄ちゃん」
「はい、もっと可愛くなりますよ」
奈々はシレッと冗談を返していた。
キッチンに入ると奈々はカバンからエプロンを取り出した。
紗希もエプロンをつける。キッチンにはケーキが作れる準備がされていた。
「じゃあ、早速作りましょうか?」
「うん!」
奈々は薄力粉をボウルに入れながらグラムで計る。紗希はバターをクリーム状にするために泡だて器でかき混ぜていた。
「…ねぇ奈々、さっき大輔と対戦していた『セイラ』って人の名前の隣に『トラのマーチ』って書かれてなかった?」
「あぁ、『トラのマーチ』はチームの名前よ」
「チームの名前…?そういえば、私の対戦成績に『NON TEAM』って書いてある」
*************************************
*あなたの成績*
GAME・ユートピア(野日店)((NON TEAM)) 103勝0敗
*************************************
ゲーム画面を思い出す。
「トレジャーバトルには数多くのチームが存在してね、チームに入るとみんなで集まってプレーしたり交流したりするのよ」
奈々は計った薄力粉を振るいにかけていた。サラサラの薄力粉がボウルに落ちる。
「へぇー…私もチームに入った方がいいのかな?」
紗希はバターをかき混ぜているボウルに砂糖を入れる。奈々はまだ薄力粉を振るっていた。
「うーん…そうとも限らないわよ、変な噂のチームもあるから」
「詳しいね、奈々」
「調べるのは得意なのよ、いろいろと」
得意気に笑う奈々だ。
次の日――
紗希と奈々は『GAME☆ユートピア』の店の前にいた。
「いい?紗希が大輔をひきつけているうちに私が用意するからね?」
「オッケー、任せといて」
紗希はピースする。二人で相槌をうって、ゲームセンターに入る。
「こんにちは~」
「よっ、放課後の居残りはどうだった?」
大輔が制服から私服に着替えていた。
「まぁ、なんとか終わった…」
二人で不自然な笑いを浮かべる。大輔はまだ分かっていない顔だ。
「聡史おじさん、トレジャーバトルしていいですか?」
紗希はカウンターに近づいた。後から奈々も続く。
「もちろん、大丈夫だよ」
タバコを置きながらカギを渡してくれる。
紗希は、いつもの場所に座り横のテーブル席にカバンを置く。
「大輔、トレジャーバトル見ててくれない?」
「いいけど…なんかあんの?」
大輔が紗希に近づくと、奈々は聡史の方へコソコソ動く。
「聡史おじさん…部屋の奥で準備して来ていいですか?」
「いいよ、俺も手伝うし。大輔、接客頼むな!」
「…?分かったよ、親父」
聡史と奈々はゲームセンターの奥へと歩く。奥にあるドアを開くと大輔の家のキッチンダイニングに続いている。
「聡史おじさん、お店の方はいいんですか?」
「大丈夫だけど、紗希ちゃんと大輔を二人きりにしない方がいいってこと?」
ピンと来て奈々は聡史を見る。
「…どういう意味ですか~?」
「いや、意味はないんだが…」
しまった、という顔の聡史に不敵に笑う奈々だ。
「じゃあ、私も聡史おじさんに聞いちゃいます」
奈々は作ってきたケーキや食器の準備をし、聡史はタコ焼きの具材を切っていた。
「いつも18時頃に紗希と対戦する魔女、赤シャイニーって誰ですか?」
聡史は手を止めて奈々を振り返る。
「…オフラインモードの対戦なのにNPCが相手じゃないし、聡史おじさんの知ってる人が相手なのかなーと思って」
「相手が誰か知って、奈々ちゃんはどうするの?」
聡史は具材に目線を移す。また手を動かし始めた。
「別にどうもしませんよ。ただ、紗希がいつも座ってる台って中学生の時からネットにつながってるなーと思ってたんで」
シレっ、と奈々は言いながら食器のセッティングを終える。
「私も高校生になったし、そろそろ教えてくれるかなーと思いまして…」
ニコッと笑いながら聡史の表情を伺う。
「やっぱり適わないな~奈々ちゃんにはさ」
材料を切り終えた聡史はテーブルに運びながら言う。
「近いうちに教えてあげられると思うよ…たぶん、赤シャイニー本人から話しが聞けるんじゃないかな?」
「本当ですか?それは楽しみです」
奈々は満足気だった。
紗希はオンラインバトルの画面に移っていた。
『あなたに対戦の申し込みが来ています 24件』
『決定』を押し、対戦相手のリストを見る。
『セイラ とバトルしますか? YES OR NO』
「あれ?セイラって…」
「あっ…昨日のやつだよ、紗希」
大輔がムキになった。
「そんなヤツ、NOだ、NO!」
紗希は「NO」ではなく「YES」決定と操作する。
「お、おい、紗希…」
「大輔、私に任せてくれない?絶対勝つから…!」
『フィールドを選んでください』
方向キーを動かして、決定
『キャラクターを選んでください』
シャイニー、決定
対戦相手はマリアを選択し、お互いのキャラのムービーが流れる。
「昨日は時間がなくて挑戦できなかったけど、本当は大輔のバトルを見てて悔しかったんだよね…」
紗希は画面を操作しながら大輔に告げる。
「大輔のカタキは私が討つよ!」
「紗希…」
『BATTLE START!!』
立ノ川にあるサガのゲームセンターでは渉がオンラインの観戦画面を見ていた。
「よぉーワタル!」
声をかけたのは真一である。真一の隣には紗希の兄の俊介が肩を並べている。
「あっ!真一さん、『GAME・ユートピア(野日店)』のバトルが今、始まりますよ」
「マジ?見たかったんだよな」
真一は小走りになりながら渉の後ろに立つ。ゲーム画面は紗希のシャイニーとセイラのマリアがお互い探り合いをしている。
「対戦相手のセイラって…ウチのチームの高橋さん…か…?」
真一はゲーム画面を見つめる。真一の隣に立つ俊介は、あまりゲームには興味がなさそうだ。
「そうです、高橋さんです。最近入った人ですね…」
ゲーム画面ではシャイニーがマリアに近づかれないように木々にジャンプをしたり距離を取ったりしながら攻撃のタイミングをはかっている。
「おっ、今の避け方いいじゃん!」
楽しそうな真一に渉は告げる。
「僕、『GAME・ユートピア(野日店)』に負けてからちょっと追っかけしてて…」
ゲーム画面に視線を戻しながら渉が話しを続ける。
「コイツ、今まで負けてないんですよ」
「…まだ始めたばかりなんだろ?」
ゲーム画面では、マリアが闇雲に手榴弾を投げつけている。
シャイニーは攻撃を図っている。むやみに近づこうとはせず、マリアの動きに合わせて飛び回っていた。
「それもあるんですけど、観戦者の数もスゴイし…」
「なんだよ、ハッキリ言え」
「『GAME・ユートピア(野日店)』ってかなり強いプレイヤーだと思うんです」
渉は真一の方を振り返る。それに…と続ける。
「プレイヤーって女の子じゃないかな、と思うんです」
真一がビックリしたような顔をする。
「プレー見た感じだとゲームやり込んでる男だと思うけど…。ちょっと興味が出てきたぜ」
真一が釣り目を光らせる。ゲームはシャイニーが勝った。
『 Syinee WIN !!』
シャイニーのゲームが終わると白シャツの男が渉たちのところに来た。
「高橋さんとプレーしていたシャイニーを見ました」
座っていた渉は立ち上がり真剣な表情になった。
「…悪いけど『GAME・ユートピア(野日店)』、引き続き調べてくれる?」
「はい、分かりました!」
渉は白シャツの男性に頷くと、あの~と俊介が口を開く。
「『GAME・ユートピア(野日店)』…おれ知ってるよ…?」
俊介が興味なさそうにポツリとつぶやくと、一同が俊介を見る。
「野日駅を通り過ぎて坂道を下ったところの小さいゲーセンがそうだよ」
クイッと親指で示す。
「何で俊介がそんなこと知ってるんだよ?」
「だっておれ、地元だから…」
俊介は自動販売機へと歩き出した。
俊介が離れたすきに渉が真一に質問する。
「真一さん、今の人は?」
「同じ大学のヤツで最近ツルんでるんだ」
「へー央中大学でしたよね?」
「ああ、『トラのマーチ』に入りたいって言うから連れて来たんだよ」
なるほど~、と納得の渉だ。
真一と渉はトレジャーバトルのチーム『トラのマーチ』に所属している。
真一は俊介の方へ歩き出した。
「なぁ、その店知ってるなら案内しろよ」
俊介はコーヒーを振りながら答える。
「えっ、今?」
驚いている俊介に真一はワクワクしている表情だ。
「善は急げっていうだろ!!」
「…善なのか?」
俊介を無視し、真一は白シャツの男に笑いかける。
「俺がちょっと見てきてやるよ」
コクッと白シャツの男は頷いた。
俊介は面倒くさいと感じていたが、真一は興味津々というノリだった。