36_伊織の目覚め
休日の朝、紗希は目覚まし時計を見て焦った。予定より30分も遅く起きてしまったのだ。
(昨日はなかなか眠れなかったからな…うぅ…)
反省してても仕方ない。パジャマを脱いで、昨日遅くまで考えた洋服に着替える。
ベッドの上は服が散らかっているが、そのまま髪の毛をセットしに洗面台へと向かう。
「紗希…?どうしたんだよ、そんなにオシャレして…」
ナイトキャップをかぶった俊介が顔を洗っていた。
「ちょっとね…って、待ち合わせに遅刻しそう~~」
髪の毛を結ぶと玄関に向かう。
「お父さん、行って来るね~~」
「朝ごはんはいいのかい?」
「ん、大丈夫」
紗希はバタバタと出て行った。
「父さん…紗希はどうしたの…?奈々ちゃんと大輔君のところじゃないの?」
「いや…誰かのお見舞いに行くらしいよ」
「ふーん、まぁおれには関係ないか~」
あくびをしながら俊介はリビングへと入っていった。
紗希は駅まで走った。
(ヤバイ~遅刻だけはしたくない~!!)
今日は優斗と一緒にお見舞いに行く約束をしていた。待ち合わせの場所には優斗がすでに立っている。
「優斗さ~ん、お待たせしました」
ハァハァ言いながら紗希が手を振る。
「そんな走らなくて良かったのに…女の子は支度がかかるって分かっているので…」
紗希は女の子扱いされて少し嬉しい。
(そっかぁ、優斗さんはモデル活動してるしな~)
「あ…でも遅刻は人としてダメかなって…思って…」
だんだん、息が整ってきた。優斗は紗希が落ち着くまで待ってから、電車の切符を渡す。
「…買っておいたんです。行きましょうか?」
「はいっ!!」
駅の改札に並んで向かう。
『GAME☆ユートピア』は休日のせいもあってか、お客さんで賑わっている。
いつも暇そうにカウンターに座って煙草を吸っている聡史の姿は見えない。忙しく働いているのかと思ったが、そうでもない。聡史は出かける支度をしていた。
「大輔、お店のことは頼んだ…行ってくる…」
「分かったよ、美味しそうな肉よろしくな~」
大輔は父親を見送りながら夕飯の材料を頼む。
そんな光景を奈々はいつものテーブルに座って眺めていた。
「珍しいね、聡史おじさんが外出なんて…」
「あぁ、どうしても外せない要件とかで…」
大輔は商品の補充をしようと景品を持ってきた。
「22日、紗希の誕生日はどうする?毎年オレんちでしてるけど、今年はどうするんだろう…?」
「そうねぇ~。今年はクリスマス会だけにしましょうか…?」
「…だな。そのときに紗希のプレゼントを渡せばいいよな?」
「あらっ、私のときはプレゼントを当日に買っていたのに、紗希のはもう用意してあるんだ~?」
ふーん、そう、と奈々は大輔をからかう。
「…たまたま…だよ」
あー忙しい、と大輔はUFOキャッチャーの商品を補充しに行ってしまった。
「…別にいいけどね、コレ気に入ってるし」
奈々が携帯電話を取り出す。星のストラップがキラキラと揺れる。
病院に着いた紗希と優斗は受付を済ませ、そのまま伊織の病室に入った。
「お父さん…まだ目が覚めないんですか?」
「うん、そうみたい…」
病室に入ると優斗は窓を開けた。
「最近は時間があるとちょこちょこ一人で来てるんだけど…」
「そうですか…。コレ、花瓶に入れてきます~」
紗希は持ってきた花を優斗に見せる。
「ありがとう」
紗希は花瓶を持って部屋から出て行った。優斗は椅子に座って父親を見る。
「父さん、また来たよ…」
風に当たって伊織の髪の毛がサラサラと揺れる。
「…話したいことがあるんだ」
伊織は穏やかなまま静かに寝ている。
「目を開けてよ…父さん…」
伊織の前髪が風でサラサラと揺れるだけで伊織は目を覚まさない。
ガラガラッ…――
紗希が戻ってきた。
「遅くなりました~」
「ありがとう、そこに置いといて」
優斗に言われて指定された場所に置く。紗希も椅子に座った。
「なんだか顔色が良さそうじゃないですか?」
「うん、前に来たときより良くなってる」
紗希と優斗が話していると部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。
ガラガラッ…――
「こんにちは~」
加奈と理恵と聡史だった。紗希は全員と知り合いだったが、優斗は三人とも初対面だった。
「あらっ、紗希…?」
「お母さん、なにしてんの?」
紗希は驚いて立ち上がり、母親の加奈の元へ歩み寄る。
「こんにちは、紗希ちゃん」
「…理恵さん、聡史おじさんも…お見舞いに来たんですか?」
「えぇ、そうよ…。私たち、伊織とは小さい頃からの知り合いだからね」
理恵はパチッと片目をつぶり、病室に入る。
「そっちの子は、もしかして伊織の息子の…」
優斗は立ち上がって会釈する。
「はい、息子の優斗です。初めまして、こんにちは」
「こんにちは、私たちは伊織と昔からの友達で、今は仕事仲間でもあるわ」
「優斗さん、私から説明します」
紗希は加奈、理恵、聡史を紹介する。
「優斗さんのお父さんが入院していると母から聞いたんです」
「そうだったんですね」
優斗は頷きながら部屋に入って下さいと迎え入れる。紗希は母親が持っているお花と花瓶が気になっていた。
「お母さん、花瓶を持参してきたの?」
「まぁね。ちょっと付き合ってくれない?」
いいよ、と言って紗希は母親の加奈と一緒に部屋から出て行った。
部屋に残された理恵、聡史、優斗は改めて自己紹介しつつ、他愛のない会話を続ける。
「それにしても優斗君…すぐに分かったわ」
「僕…父さんと似てますか?」
「似てるけど…実はね~」
クスクス笑う理恵だ。
「なんだよ、伊織の秘密でも知ってるのか?」
聡史は続きが気になっている。
「伊織の机には優斗君の写真がたくさん飾ってあるのよ」
それを聞いて一番驚いたのは優斗だ。優斗は声が出なかった。
「なるほど…伊織ならやりそうだな」
聡史は笑いながら理恵に相槌する。
「その話…本当ですか?」
「そうよー…――」
そこまで言うと理恵は伊織を注視する。
「…どうしたんだよ、理恵?」
聡史を無視して理恵は伊織に声をかける。
「伊織…目が覚めたの…?」
「えっ…?」
優斗も聡史も伊織のベッドに近づく。
「父さんッ…!!」
紗希と加奈は丸テーブルでお花を花瓶に入れていた。
「…さっきの男の子って伊織の息子の…ゆ…ゆ…」
「優斗さんだよ。それがどうかした?」
「そうそう、優斗君。それで優斗君と紗希はどうして二人でいたの…?」
「どうしてって…お見舞いに行く約束してたし…この前も一緒に来たし…」
花瓶にお花を挿しながら紗希は答える。
「優斗君と仲いいの…?トラのマーチに入ったから…仲良くなったの…?」
「うんん~その前から好きだったし、遊んだりもしてたんだよ」
「…はっ?優斗君が好き…?」
加奈は手が止まる。
「うん。トラのマーチのリーダーって知ったときはショックだったけど、最近仲直りして…そんなに驚くことかな…?」
「いえ…別に…そう…そうなのね…」
加奈は盛大な溜息をはいた。
「お母さん…?どうしたの…?」
何でもないわ、と言って花瓶を持ち上げる。
「さっ、これでよし…部屋まで戻るわよ」
「…うん」
紗希はなぜ加奈がそんな表情になるのか聞きたかったが、何と言えばいいのか分からなかった。
「あっ、加奈!大変よっ!!」
理恵が静かにバタバタと駆け寄る。
「…どうしたのよ?」
「伊織が目を覚ましたの…!」
「伊織がっ?」
早足で病室まで戻ると聡史が部屋の外にいた。
「あれ…どうして外にいるのよ?」
「あぁ、今な担当医が来て軽く検査してるんだそうだ」
「優斗さんは?」
紗希が聡史に尋ねる。
「付き添い人ってことで中にいるよ」
少しして担当医が中から出てきた。
「長く眠っていましたが大丈夫そうです。意識もはっきりしていますよ」
そう言うと担当医が会釈して歩いていく。
「良かったわね、加奈。これで安心でしょ…?」
「なによ、その言い方。伊織に一言文句言わなくちゃ…!」
「おい、伊織は病人なんだぞ」
加奈が部屋を開け四人が入ると、優斗が伊織に向かって話している最中だった。
「…ッふゥ…ざけんな……よッ」
優斗がベッドの前で立っている。優斗は下を向いているようだ。
「僕がどれだけ…心配したと…思ってるの?」
優斗は泣いているのかもしれないが、紗希たちには見えなかった。
「…ご…めん…な」
優斗はその場にしゃがみこんだ。伊織は思うように動かせない手を優斗に伸ばし、優斗の背中に手を回す。
「…ほんと…サイッテー…だよ」
背中に回された腕に反応するように優斗は顔を上げる。伊織は目覚めて初めて優斗と目が合った。
「心配…かけた…な」
「とう…さん…」
そこまで言うと後は嗚咽になってしまった。伊織はずっと背中に手を回す。
「…私たちは出ましょうか?」
理恵が静かに言う。
「そうね、少しの間二人きりにしたほうが良さそう…」
四人はそっと部屋から出る。
「軽く外で飯でも食べるか?時間も潰せるだろう」
四人は病院の外のファミレスに行くことにした。




