29_紗希の謝罪と加奈の怒り
金木犀の甘く爽やかな香りがふわふわと流れるころ――
『GAME☆ユートピア』には紗希と奈々がテーブル席に座って勉強していた。
「私、コンビニ行ってお菓子買ってくる~」
紗希はグーと背伸びする。
「気をつけてね」
ハーイと言って紗希は薄手のコートを着て出て行く。モップ掛けをしていた大輔は紗希の様子をずっと気にしていた。
「あれからトレジャーバトルしないな…」
「そうねぇ…。今回のことはさすがに堪えたみたいよ…」
「そうか…。オレもあのときの紗希の泣き顔が忘れらんねーよ…」
奈々も大輔も二週間前のことをまだ引きずっていた。
「今はそっとしておくのが一番なんじゃない…?」
そうだな、と大輔はモップ掛けに戻る。
紗希はコンビニの中に入る。お目当てのじゃがりんの新商品を見つけて笑顔になった。
お菓子売り場から雑誌コーナーをのぞくと優斗が表紙を飾る雑誌があった。
なんとなく手に取りパラパラとページをめくる。
雑誌には『握手会のお知らせ』と記載されている。
(握手会なんてあるんだ…。表紙を飾るんだもん、人気で当然だよね…)
優斗がこちらを向いて笑っている。切なそうな笑いが、はかなげで華奢な優斗に合っているように紗希には見えた。
(携帯にメールも来ないし…)
携帯電話を見るとストラップが揺れる。UFOキャッチャーで取ったことを思い出すと、じんわり涙が出てきた。
紗希は涙をふいてレジへと歩き出す。
(優斗さんのことは忘れなきゃ…)
「ただいま~」
紗希がコンビニから帰ってくると、真一と渉がテーブル席に座っていた。
「…よっ!」
「真一さん…どうしたんですか?」
突然の訪問者に驚く紗希だ。
「お前のことが気になってな」
「僕もです。紗希さんから連絡もないし…心配でした…」
真一も渉も紗希のことを心配していた。
「あっ~心配させちゃってスミマセン…でもだいじょう…」
「大丈夫じゃないでしょ」
空笑いする紗希に奈々が切り込む。
「紗希…俺はさ、お前がGUNだって知ってすげぇーと思ったんだよ…」
「真一さん…」
「それなのにガッカリしたぜ。ショックなのは分かるけど…」
「……真一さんには……真一さんにはわかんないよ…!」
紗希は目に涙を浮かべた。
「あの日だって……真一さんたちが来なかったら…――」
そこまで言って紗希は口を押さえた。
(私、いま何を言うつもりだったの…?)
「…あの日ってなんだよ?」
困惑している真一に紗希も混乱した。
「あっ…ごめんなさい…!」
それだけ言うと紗希は『GAME☆ユートピア』から走って出て行く。
「ちょっ…紗希!!」
奈々が紗希を追いかけたため、真一、渉、大輔が残された。
「あの日ってなんだよ…」
真一がつぶやくと後ろで黙っていた渉が口を開く。
「優斗さんと対戦した日だよね、大輔…?」
「たぶん、そのことだろうな」
「…どういうことだよ?」
大輔は優斗と対戦した日を思い出しながら説明する。
「あの日、真一さんと渉が遊びに来た日…紗希は広瀬さんと対戦してたんです。中盤まで紗希が勝ってたんですけど…渉たちが来て一瞬目を離したスキに攻撃されて…そこから形勢が逆転して…」
「…つまり俺たちがあの日来なかったら…紗希は優斗に勝ってたのか?」
「俺には分かりませんけど…たぶん…」
「そうか…」
「でも…紗希は渉や真一さんのせいにしてません!」
大輔が真面目な顔になる。
「アイツ、いま混乱しているだけなんです。少なくとも俺はそう思います」
大輔の言葉に真一も渉もうなずいて『GAME☆ユートピア』を後にした。
ゲームセンターから走る紗希を追いかけているのは奈々だ。
「紗希ー、ちょっと待ちなさいよ」
(体力ないからそろそろ限界…)
ハァハァ言いながら追いかけていると紗希が立ち止まった。
「奈々、わたし…本気であんなこと言ったわけじゃない!」
紗希は背中を向けながら気持ちを打ち明ける。
「あんなこと言いたかったわけじゃないのに…」
「紗希…」
「苦しくて…ずっと苦しくて…どうしたらいいのか分からないの…」
自分の意思とは関係なく涙が出てくる。
「心の中ぐちゃぐちゃで…ちゃんとしようって思ってるのにできなくて…優斗さんのこと忘れなきゃと思っても…ずっと優斗さんのこと考えちゃって…」
よしよし、と奈々は紗希の背中をさする。
「…考えても、考えても、答えなんか出なくて…もぅヤダよ~真一さん達に八つ当たりしちゃうなんて…」
「紗希~。真一さんも渉君も、こんなことで怒る人じゃないでしょう。落ち着いたら、謝りに行こうね…ねっ?」
「…うん」
「しょーがないから私もついて行ってあげるわよ」
感謝してよね、とブツブツ文句を言う奈々に紗希はギュっと力強くしがみついた。
「奈々~~」
奈々は紗希を受け止めた。
同じ頃サガの会社では、紗希の母親の加奈が書類を持って怒りながら歩いていた。
(伊織のやつ~~)
カツカツ歩いてドアを強くノックする。
「入るわよ」
部屋にいるのは広瀬伊織だ。小スペースの作業場で仕事している。伊織の個人部屋と言っても過言ではない。
伊織はパソコンでキーボード入力していた。デスク回りは写真立てがいくつかある。
「ちょっと…トレジャーバトル4の制作発表会なんて聞いてないわよ?」
加奈は苛立ちをそのままにしている。
「…加奈?なに怒ってんだよ」
振り返りながら伊織が目をパチクリさせる。
「しかもトレジャーバトル4の開発責任者に伊織の名前しか載ってないってどういうこと?」
加奈は分厚い書類を掲げる。
「あぁ、それね…。僕が試作品みたいなものを作って会議に通ったから…。今後は加奈にも手伝ってもらおうと思ってたよ」
あっさりした口調だった。
「伊織……今の仕事も抱えて新作のプロトタイプまで作ろうなんて…本気なの?」
「大丈夫。ちゃんと進捗を計算してスケジュール組んだから」
伊織はまた目をこする。髪の毛はボサボサで服もよれよれだ。
「…あんた、死にたいの?」
「なんでだよ?」
加奈の目から見てもガリガリの伊織だ。
「トレバト3の保守対応をしつつ新作にも取り組んで、しかも違う案件も抱えてるんでしょ?」
「僕ならできる。心配いらない」
伊織と目が合う。その瞳は真剣だ。
二人が睨み合っているとドアをノックする音が聞こえた。
「入るわよ、伊織」
理恵が入ってきた。奈々の母親である。
「あらっ…?加奈、来てたの?」
「えぇ…ちょっと文句を言いに…」
「それは楽しそうね」
理恵は書類を何通か伊織に渡す。
「新作の開発は営業の方でもOK出たわよ」
伊織が書類を見ながら「そうか」と理恵に相槌する。
「ちょ、ちょっと、理恵…伊織が新作の開発をすることに反対しなかったの?」
慌てる加奈に理恵は仕方ないと肩を下げる。
「トレバト3より上を目指せって言われてるしね…」
「信じらんない!あんた伊織を殺す気なの?」
興奮する加奈だ。
「いいんだよ、加奈。そんなに怒らないで」
「…なによ…私は怒ってないわよ、バカ伊織!!」
それだけ言うと加奈は部屋から出て行った。
「あんたたちって本当に面白いわね」
理恵はフフフと楽しそうだ。
「あのさ…悪いけど加奈のフォロー頼む」
「それはいいけど、加奈は伊織に頼ってほしいと思ってるんじゃないの?」
理恵の言葉に考えを巡らす。
「頼れるところは頼るから…」
それだけ言うと伊織は書類を持ってパソコンの前に座る。ガリガリに痩せた背中を見て理恵はため息をついた。
理恵が加奈を探しに行くと、休憩スペースでイチゴを食べていた。
「…仕事はいいの?」
「今は集中できないもの」
そう言ってパクパクとイチゴを食べる。
「これ、伊織から加奈に渡してくれってー」
紙袋を渡す。中にはドーナツが入っていた。
「…ん、そこに置いといて」
加奈がムッーとしながらも「いらない」と言わないことに理恵は可笑しくなってくる。
(ドーナツなんて普段は食べないのに…伊織がくれたものは何でも嬉しいのよね)
「ねぇ、加奈…さっきの話だけどね、私は反対したわよ」
「ホントにぃ~~??」
子供みたいな言い方をする。
「えぇ、伊織自身がやりたいって希望出したのよ」
加奈はイチゴを食べる手が止まる。
「何のためにそこまで仕事するのかしら?」
「そこなのよねー。時間がなくてまだ調べてないけど」
加奈は理恵にイチゴを差し出す。
「…さっきはゴメンね」
「謝ることないわよ、加奈が正しいもの。伊織も分かってるでしょ?」
理恵はイチゴをひとつ取って食べた。
「あらっ、美味しいわね、このイチゴ」
「うん、イライラしたら食べてねって…キョータが…」
キョータとは、紗希の父親の京太郎である。
「できた旦那で羨ましいわ~」
二人はイチゴがなくなるまで話しを続けた。
翌日の高校、お昼休みのチャイムがなる。
奈々は携帯を開いてトレジャーバトルの掲示板を見ていた。
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(NO.144)GUNずっとバトルしてねーなー
(NO.145)YOUに負けてから一ヶ月ぐらいバトルしてないんじゃないの?
(NO.146)GUNがバトルしないなんてつまんねーよー
(NO.147)YOUもバトルしてねーじゃん
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奈々が携帯にタッチしながら掲示板をスクロールしていると隣のクラスの大輔がやってくる。
「なぁ、今日は一緒にメシ食ってもいい?」
「めずらしいわね、大輔が来るなんて…」
奈々は携帯をポケットにしまう。
「たまにはいいだろ?」
そうね、と奈々は立ち上がり、紗希の元へ歩く。
「紗希、ゴハン食べよう!」
「今日はオレも一緒に食べるぜ」
「うん、お腹ペコペコだよ~」
紗希と奈々は席を移動させてお弁当を食べる配置に動かす。
「なぁ、紗希…あれから二週間が経つだろう…?」
お弁当のおかずをモグモグ食べながら「うん」と返事する。
「広瀬のことは、少し落ち着いたのか?」
紗希はお弁当を食べる手を止めた。
「…実はあんまり。今でもショックが大きいって感じで…」
下を向いてしまう紗希だ。気まずい空気が流れるが、奈々は話を切り出すことにした。
「ねぇ、紗希…。広瀬先輩ってトレジャーバトルが嫌いって言ってたんでしょ?」
「…うん…一緒に遊んだ時に言ってた…」
「なんで嫌いになったか知りたくない?」
奈々がニヤリと笑う。
「…知りたい!!奈々、知ってるの?」
大輔も食べる手を止めて聞いていた。
「知らないわ」
「奈々…」
大輔はガッカリしたが、紗希はハッとした。
「私…優斗さんがトレジャーバトルを嫌いになった理由を知りたい…!」
「協力してあげるわよ」
ニコッと奈々が笑い、紗希は表情にやる気がみなぎってきた。
「私、がんばるよっ!!」
紗希が元気を取り戻した姿に奈々と大輔は一安心した。その後も賑やかにお昼ご飯を食べた三人だった。




