2_魔女と学園のアイドル
紗希は『WATA』と対戦が終わった後も、夢中でオンラインバトルをしていた。
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YOU WIN !!
GAME・ユートピア(野日店) VS MONK
DATE 2008年4月15日
TIME 8:12
*あなたの成績*
GAME・ユートピア(野日店)((NON TEAM)) 5勝0敗
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「紗希、お疲れ!」
声をかけたのは奈々だ。
紗希が座っているゲーム機のすぐ横はテーブル席になっていて、奈々はカバンをテーブルに置く。
「お疲れ、奈々。今日からオンラインバトルしてるんだよ~今、5勝目!」
「へぇ~」
奈々はゲーム画面を見る。
「GAME・ユートピア(野日店)?なにそれ?」
「大輔が登録したID名だよ」
「そうそう!少しでも店の宣伝になればいいと思ってさ」
紗希と奈々の会話に大輔が入ってくる。大輔はモップを持っている。どうやら掃除中らしい。
「奈々~オンラインバトル、すごく楽しいよ。めっちゃハマりそう」
紗希の話を聞きながら奈々はお店の時計を見る。
「…紗希、そろそろいつもの時間じゃない?」
時計はあと5分で18時だった。
「もうこんな時間?オンラインバトルに熱中しすぎた」
紗希はオンラインを終了して通常モードに切り替える。
「いつものって、例の魔女か!」
「そうっ、毎日18時頃になると現れる赤シャイニー」
奈々と大輔が話している下で、紗希はバトル開始を待った。
ゲーム画面が急にヒュンといって『Now Loading』が表示され、すぐにムービーの画面に遷移した。
白シャイニー VS 赤シャイニー
『BATTLE START!!』
「紗希がトレジャーバトルを始めてからずっと対戦してる相手なんだけどね…」
紗希は白い服を来たシャイニーを操作している。反対にNPCは赤い服を来たシャイニーだ。
「いまだに勝てない最強シャイニーってわけか…」
「紗希が中学生の時から赤シャイニーと対戦してるけど、相手は誰なのかしら?」
紗希はカメラ位置を回転し、ジャンプしながら進む。WATAと対戦したように、すぐに相手に近づかない。チャンスを待ちながら慎重にプレイする。
バン!バン!
バン!バン!バン!
早くも銃撃戦に突入した。フィールドは工場跡地だ。
パイプが入り組んだ場所で避けると相手に逃げる場所を先読みされてしまって紗希は攻撃を受けてしまう。
「紗希、後ろから狙われてるっ!」
奈々が言うのと同時に銃弾が白シャイニーにヒットする。
バン!バン!ドン!
バタッ…
『YOU LOSE !!』
画面には負けの文字が点滅している。
「あー…!!また負けた……」
ゲーム画面では白シャイニーと赤シャイニーが路地裏に移動している。
「私の敵じゃないわね!」(赤シャイニー)
「負けたわ、あなた強いわね…」(白シャイニー)
赤シャイニーは不敵に笑うと背中を向け、賑やかな夜の町に姿を消す。
紗希はゲーム画面に突っ伏す。
「いつになったら勝てるのかな…?」
紗希の弱気な発言に奈々も大輔もドンマイと慰める。
「私…コンビニ行って来る~」
立ち上がり背伸びをした。
「…ヤケ食いはよくないわよ」
奈々はテーブル席に移動する。
「違うよーそんなんじゃないもん」
ゲーム機に差し込まれたカギを一回左に戻して、奈々に渡す。
「預かっといて~」
んっ、と言って奈々は受け取る。すると少し遠くからモップで掃除している大輔が口を開く。
「紗希、コーヒー牛乳あったら買ってきて」
「オッケー」
紗希はお財布だけ持ってゲームセンターを後にした。
コンビニに着く頃にはコートを着てこなかったことに後悔した。
(コンビニの中あったか~い)
紗希はコーヒー牛乳とじゃがりんを持ってレジに行く。レジの横にある肉マンを見ると美味しそうだった。
「あの、肉マンひとつ」
「肉マンもお願いします」
肉マンという声に反応して、紗希は左側の客を見た。
左側で会計しているのは、なんと学園のアイドル、広瀬優斗だった。優斗も右側にいる紗希を見る。お互い目が合うと優斗に対応している従業員が謝る。
「…スミマセン、肉マンひとつしかなくて…隣のお客さんが先だったので」
どうやら肉マンは一つしかなく、紗希の取り分になったようだ。
「えっ、あの…肉マン、やっぱり…キャ、キャンセルで…!」
紗希は焦りながら自分のレジ係に言うとすぐ優斗が声をかけた。
「…大丈夫です。あなたが食べてください」
ニコッと微笑む。紗希は何も言えなくて会釈だけした。
(本物の優斗さま?と話してる?)
混乱していると優斗の会計が終わったようだ。先に歩いて出口に向かう。紗希も会計が終わり後ろから続く。
紗希はレジ袋をギュッと握り締め、コンビニから出ると思い切って優斗に話しかけた。
「あの、待ってください!!」
紗希はレジ袋から肉マンを取り出し半分にちぎった。まだ温かく湯気と共に匂いも立つ。
「これ、半分個にしませんか?」
紙に包まれている方を差し出す。紗希はかなり恥ずかしいと思った。
「ありがとう。でも大丈夫なの…」
ギュルルルルー
盛大に優斗のお腹が鳴った。紗希は恥ずかしい気持ちがなくなり、逆に優斗は顔を隠し恥ずかしそうだった。
「実は今日一日…何も食べてなくて…」
「えっ…そうなんですか。…あの、どうぞ…」
少し近づき、渡すというより押しつけた。
「…ありがとう」
優斗は両手で肉マンを受け取った。勢いよく肉マンを一口、二口で食べてしまった。
「美味しいよ、肉マン。ごちそう様です」
紗希も裸のままの肉マンを食べたが、味がよく分からなかった。
「…良かったです。ゆう…広瀬さんは、モデルのお仕事だったんですか?」
「うん、まぁ…そんなところかな…」
ビューと冷たい風が吹く。紗希は、優斗と話しているとドキドキして体中が熱いが、やはり風が吹くとブルッとふるえた。
「僕、こっちなので…」
優斗が手で指した方向と紗希は進む方向が違っている。
「はい、じゃあ………」
(せっかく優斗さまと話しているんだから…)
紗希は勇気を出す。
「あ、あの、わわわ、私は…宮永紗希です!宮永紗希です!!」
紗希は選挙活動しているような気分になった。優斗は固まっている。
(必死に自分の名前を叫んでしまった…恥ずかしい…)
「僕は…広瀬優斗です。宮永さん、肉マン、ありがとうございました」
優斗はお礼を言うと自分の白いマフラーを取って紗希の首にかけた。とっさのことで紗希は固まる。
「あの…寒そうだったので…気をつけて帰って下さい」
優斗は会釈して歩いて行く。紗希は何も言えなくなって立ち尽くしていた。優斗はもう遠くに行って見えない。
ハッと我にかえって白いマフラーを見る。一体どれくらい立っていたのだろうか。体は寒々しかったが、心はポカポカとしている。
白いマフラーを見ると心の底から笑顔が湧いてくるような気がした。
(……ちょっと待って!学園のアイドルが王子様すぎる!!なにこれ、夢!!?)
頬をつねる。お約束であるが、痛いし寒い。手が震える。
(どうしうぅぅっっ~~)
めちゃくちゃなテンションになって紗希はその場でジャンプを繰り返した。
(はぁぁ~~~ちょっと待って、なんなのこれ、もう無理だよ)
心のテンションに体がダウンし今度はうずくまる。
通行人は何事かと振り向く人、見てはいけないと目をそらす人、二手に分かれている。
初春の月はバタバタの紗希を明るく見守っていた。