1_私とトレジャーバトル
私の憧れの王子様、広瀬優斗が目の前にいる。
「紗希ちゃんってカワイイね!」
ニコッと微笑む姿にドキドキする。
「紗希、起きろよ」
(…優斗さまがワイルドになってる?)
「紗希、遅刻するよ」
(えっ…?)
ハッとして目が覚めると自分のベッドで寝ていた。やわらかな春の日差しが部屋を照らしている。
「やばい、寝坊したぁぁ」
私の名前は宮永紗希、高校一年生。
前髪をルーズに編み込みしてブラシでミディアムヘアを整える。学校指定のブレザーとスカート、赤いチェックのリボン、ベージュのカーディガンをダボっと着る。
一階に降り、ダイニングテーブルに座ると兄の俊介が隣の席に座って携帯をいじっていた。一年浪人して、この春から大学生一年生である。
俊介の前に座って、穏やかな笑顔を浮かべているのが父親であり、家事担当の主夫である。優しく家庭を守っている。
「ママって、まだ仕事?」
ハムエッグを食べながら父親に質問した。
「ずっと仕事で帰って来てないね」
眉毛を八の字にする。心配している時の顔だ。
「紗希、時間平気なのか?」
兄の俊介に言われて時計を見る。
「あっ、待ち合わせに遅刻する…!」
ミニクロワッサンを一つ口に入れてドタバタと玄関の方へ走り出す。
「お弁当ありがとう!フルーツ入れてくれた?」
お弁当をカバンにしまい、新品のローファーを履いていると父親が歯磨きセットを持ってきた。
「学校に着いたら使いなさい。イチゴ入れておいたよ」
「ははは…イチゴ、やった!ありがとう~」
歯磨きセットを鞄にしまい、紗希は急いで玄関を出た。
「行ってきまーす」
「はい、行ってらっしゃい」
入学したばかりの高校は歩いて30分の野日高校。
紗希はまっすぐ高校へは向かわず、歩いて10分ほどのゲームセンター前に向かう。幼馴染と待ち合わしているのだ。
「おはよ、紗希」
「おはよ~奈々」
先にいたのは、沖林奈々。幼馴染であり、親友でもある。ロングの黒髪をゆるめウェーブ巻きにし、白のカーディガン、赤いチェックのネクタイ、紺のハイソックス、ローファーでシンプルにまとめている。
「…遅くなった」
ゲームセンターのすぐ横から越尾大輔が出てきた。待ち合わせ場所のゲームセンター『GAME☆ユートピア』の家の息子で紗希、奈々、大輔は幼馴染である。
「深夜のサッカー見てたら起きれなくてさ…」
大輔は眠そうに頭をかいている。
男子の制服は青いチェックのネクタイで、グレーのカーディガンを着込んでいる。
毎朝三人で高校まで歩くのがいつもの登校だった。
高校に近づくと桜が散り始めている校舎がザワザワとしていた。
「優斗さまが学校に来てるってー!!」
「見に行こうよ、優斗さま!!」
周りの女子がキャーキャー言いながら走っていく。紗希はその言葉に反応する。
「…優斗さま、学校に来てるの?」
学校の校庭に視線を向けると学園のアイドル、広瀬優斗が見えた。芸能事務所に入ってモデル活動をしている。
「優斗さま、カッコイイ…」
「でた~お決まりのセリフ」
「広瀬さんのどこがいいんだ…?」
紗希だけが夢中のようで、奈々と大輔は優斗に興味がないようだ。
「カッコイイのに~」
「早く教室に行かないと本当に遅刻するよ?」
名残惜しいけど、遅刻はダメだ。奈々についていく。
キーンコーンカーンコーン――
お昼の時間、紗希と奈々は同じクラスなので、いつも一緒にランチを食べる。
「ゴハン食べよう」
奈々が紗希の席の前に座った。
「おなかすいたね~」
他愛のない会話をしていると外からザワザワとした音がする。紗希が窓を覗くと校庭を優斗が歩いていた。
「あれ?広瀬先輩、帰っちゃうのかな?」
奈々もパンをかじりながら校庭を見る。
「優斗さまを見れて今日は幸せだったな…」
紗希はお弁当を出してモグモグ食べているが、奈々は難しい顔をしている。
「ねぇ、紗希…広瀬先輩って、何で私立の高校じゃなくてウチみたいな都立の高校なの?」
「えっ、そうだね…?なんでだろう…家が近いから?」
「そんな理由かな~?」
二人で話してたら、大輔がやってきた。
「紗希、今日も俺ん家のゲーセンに来る?」
「うん、いくいく」
「じゃあ、ホームルーム終わったら迎えに来るから一緒に帰ろう?」
「オッケー」
大輔は眠そうに出て行った。大輔だけクラスが違うのだ。
「奈々は読書部に入ったんだよね?」
「うん、そう。部活終わったら大輔のゲーセンに寄るね」
「待ってるね」
放課後、大輔と二人で学校から帰宅した。一度家に戻り私服に着替えると、大輔の父親が経営するゲームセンター『GAME☆ユートピア』に入る。
「おっ!紗希ちゃん、いらっしゃい」
タバコを吸いながら新聞を読んでいる男性が大輔の父親の聡史である。顎鬚が特徴的だが無精というわけではなく、きちんと整えられている。
「聡史おじさん、こんにちは~。今日もお借りします」
聡史が座っているカウンターに向かう。
「はいよ~」
紗希にカギを渡してくれる。中学生の時から大好きなアーケードゲーム『トレジャーバトル』で遊ぶためのカギだ。
1プレイごとに料金を入れて遊ぶゲーム機だが、このカギをゲーム機に差し込むとお金を入れないでプレイすることができる。
私はいつも座っている指定席に腰を落とす。
画面には『トレジャーバトル3』という文字が出ている。その横で『※コインをいれてね!』の文字が点滅している。
ゲーム機にカギを差し込み右に回すと画面が動き出した。
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『トレジャーバトル3』 ※コインをいれてね!
Now Loading・・・
『トレジャーバトル3』
○ 対戦バトル
○ ストーリーバトル
○ オンラインへ
************************
「紗希、俺さ、このゲームのオンラインに登録したんだよ」
大輔が思い出したように横の椅子に座った。
「オンラインに登録したの?」
「そう…ID名が、『GAME・ユートピア(野日店)』にして…」
大輔は操作しながら紗希に伝える。
「…お店の名前で登録したの?」
「少しでも店の宣伝になればいいな、と思ってさ」
恥ずかしそうに大輔は告げる。
「そうなんだ…?私…オンラインバトルやったことないから…一度やってみたいな…」
「いいよ。俺もIDを作ったばっかで、やったことないんだ。もし良かったら俺のID使って遊んでくれよ」
着替えてくる、と言って大輔は奥に行ってしまった。
紗希は画面を操作して、「対戦バトル」に決定を押した。
(オンラインバトルって何が違うんだろう…?)
考えているとチカッとゲームの中央に表示された。
『あなたに対戦の申し込みが来ています 1件』
よく分からないが紗希は『決定』を押した。
『WATA とバトルしますか? YES OR NO』
「ワタ?分からないけどYESと…けってー」
『フィールドを選んでください』
「ん?私が選んでいいのかな……じゃあ、ココ!」
『キャラクターを選んでください』
「キャラは…シャイニー!!」
方向キーと決定ボタンで選んでいく。ゲームはヒュンといって『Now Loading』が表示され、すぐにムービーの画面に遷移した。
相手のWATAはスワットのフリオにしたようだ。
長い銃を扱い、敵を次々倒していくムービーが流れる。鮮やかに銃を使うフリオに黒人の隊長が親指をクイッと奥に向ける。フリオはコクッと頷いて小走りになりながらドアを開ける。
続いてシャイニーのムービーが流れる。
シャイニーは、バスローブを着ながらクローゼットの前に立っている。ワンピースを着て耳に大きいイヤリングをする。ネックレスをつけてリップをつける。鏡に向かって強気に微笑むとジャケットをバサッと羽織ながら玄関へ向かう。ハイヒールを履いてドアを開ける。
『BATTLE START!!』
シャイニーとフリオは同時に走り出した。
フィールドは工場跡地だ。
通称、鉄パイプフィールドと呼ばれており、鉄パイプが多く入り組んだフィールドになっている。障害物が多いのが特徴だ。
画面左上は全体が分かる地図と相手と自分の位置が分かるようになっており、右側はチャットが書き込まれるスペースがある。
紗希は、方向キーとジャンプを駆使して相手に近づく。相手のフリオは逆に迂回しているようだ。
銃で狙ってくるのかもしれないと思った。それでも近づかなければいけないのは、紗希が操作するシャイニーのせいだ。
シャイニーはある程度相手に近づかないと命中率が悪いのだ。相手の位置を確認して、確実に近づく。
(仕掛けてくるとしたら、この先…パイプ三本目…かな?)
相手が仕掛けてくると思ったポイントになるところでスライディングした。
バンッ!バンッ!バンッ!
三発の銃声が上がる。やっぱりね、と思いながら今度はジャンプしながら一回転した。
バンッ!バンッ!バンッ!
また三発の銃声がした。それでも、シャイニーに銃弾は当たっていない。この銃の発射が相手の位置を教えてくれる。
(そこだっ!)
カメラの位置を調整しながらジャンプすると相手が目の前から動いていた。
だが、狙いを定めて銃を発射させる。
バンッ!
バタッ…
フリオに当たった。
『YOU WIN !!』
画面では文字がチカチカしている。
ムービーが始まる。
宝箱が開きシャイニーは宝を取り出す。シャイニーが手にしているのはハートだった。ハートに口づけすると鉄パイプのエリアが消えてフリオとシャイニーが路地裏に移動する。
「私の敵じゃないわね!」(シャイニー)
「負けたよ、また鍛錬に励むさ…」(フリオ)
シャイニーが画面に向かってカツカツ歩いてくる。アップになると笑顔でウインクする。シャイニーは賑やかな夜の町に姿を消す。
「あれ?もう対戦は終わったのか?」
タイミングよく大輔が話しかけられる。
大輔は私服に着替え、その上から従業員だと分かるエプロンとバッチをつけていた。
「初めてのオンライン対戦だったけど、楽しかったよ」
ピースサインで大輔に告げる。
一人の少年は画面を見ながら固まっていた。泣き黒子が特徴的な顔だ。
「ウソだろ……」
画面には『YOU LOSE !!』の文字がチカチカしていた。
「どうしたんだよ、渉?」
渉と呼ばれる少年は、振り返った。
「変なID名に負けちゃいました…」
「ハァ?」
渉の横に座って画面を覗き込む男は、倉梯真一という。つり目がさらに吊り上がる。
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YOU LOSE !!
WATA VS GAME・ユートピア(野日店)
DATE 2008年4月15日
TIME 10:23
*あなたの成績*
WATA((トラのマーチ)) 735勝32敗
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「初めて見るIDだが…お前10分で負けたのかよ!?」
渉はミルクベージュに染めてある髪の毛をクシャクシャにして「ぬぅーっ」と変な奇声を発する。
「相手のキャラは?」
「……シャイニーです」
「信じらんねー…攻撃がなかなか当たらないクソキャラじゃねーかよ」
真一が真剣な顔つきで渉を見る。渉は少し考える素振りで黙ってゲーム画面を見つめていた。
ゲーム画面の右横では、ギャラリーのチャットが盛り上がっていた。
(No.13)WATAあっさり負けたな…
(No.14)GAME・ユートピア(野日店)って何者??
(No.15)あんなに素早いシャイニー初めて見た!!
(No.16)GAME・ユートピア(野日店)の追っかけしようかな(笑)
(No.17)WATAが負けるところ初めて見た
「あの、真一さん…実は対戦中に僕の攻撃が一回も当たらなかったんです」
渉はオズオズと真一に告げる。
「お前の狙撃が一回も当たらなかった…?」
「はい…」
「とりあえず、小林さんに報告してこい」
渉は「はい」と言って肩を落としながら椅子から立ち上がる。一人になった真一はゲーム画面のチャットを睨んだ。
(何者なんだ…?)