婚約者の私と異世界の聖女様
大理石で造られた広い廊下を真っすぐに駆け抜けていく。
後方からは私を追いかけてくる騎士の姿。
踝ほどまであるスカートに足がもつれそうになると、私はグイッとスカートを持ち上げた。
「お待ちください、お嬢様」
「お嬢様!!お部屋へお戻りください!」
全くうるさいなぁ、少しぐらいいじゃない。
ここはいつもと同じように……。
私は廊下の突き当りにある部屋を目指すと、ノックもせずに勢いよく扉を開いた。
「ごめん、かくまって」
バタンと勢いよく扉を閉めると、外からは戸惑う騎士の声が耳にとどく。
そんな様子にほっと息をつき顔を上げると、カーテンが閉められた薄暗い寝室で、ベッドに男女の姿が見える。
そこから徐に人影が動くと、女の悲鳴と男の呆れたため息が耳にとどいた。
「はぁ……またか」
「きゃぁっ、エッ、エリザベス様!?申し訳ございません。あの……私は……その……ッッ」
女は肌を隠すようにシーツを持ち上げると、慌てふためている。
隣にいる上半身裸の男は、なだめる様に女の髪をなでたかと思うと、平然とベッドから立ち上がった。
「リサ、また追いかけられているのか。まったく今日はどうしたんだ?」
「クリス、毎度お楽しみのところごめんね。手芸なんて鬱陶しくなったから、部屋を抜け出して、図書館に行ったの。でねぇ、そこで面白そうな古本を見つけたのよ。それでちょっと下準備をしてたんだけど……そんなことをしてたら、メイドに見つかって、あれよあれよと騎士たちに追い回されて大変だったの」
そう話すと、また深いため息が耳にとどく。
この男は私の婚約者、第一王子クリストファー。
幼いころ親が決めた婚約者……けれど婚約者というよりも、友人といった方がしっくりくる。
だからこうやって王子が令嬢と寝ていてもなんとも思わないわ。
そして私は公爵家の令嬢で王妃になるために、この城へ連れて来られた可哀そうな生贄。
普通はみんな喜ぶのだろうけれど、私は国の為、民の為、賢く慎ましく生きていくなんて無理。
手芸もコルセットを着けるのも、お茶会も全部大嫌い。
「ほどほどにしておけよ。もうすぐ俺とお前は夫婦になるんだ。少しは落ち着いてもらわないとな」
「わかってるって~。だからこそ残りの時間で出来る事をしているんじゃない」
彼の言う通り、時間はもうない。
私は王子と一週間後に結納を交わす。
そうなれば私は王妃……彼との約束を果たせなくなってしまう。
王子は椅子においてある服を手に取ると、気だるげに袖を通し始めた。
「ところでその古本は聖女についてか?」
「まぁ~そんなところ。ふふっ、成功するように祈っていてよ」
扉から騎士たちの声が聞こえる中、私はカーテンを開け窓を開くと、そのまま身を乗り出した。
「リサ様、またですか?そろそろ落ち着いてほしいのですが、はぁ……さっさと部屋へ戻りますよ」
その声に顔を向けると、真下には私についている護衛騎士、リチャード。
彼も古くからの友人で、護衛騎士という立場だが、気心しれた相手だ。
「リック、今回は見逃してくれない?面白い古本を見つけたの、一度試してすぐ戻るから、お願い」
私はそう叫ぶと、ヒラリと窓から飛び降りる。
彼へ軽くウィンクを見せると、スルリと横を通り抜け、私は聖堂の方へと走っていった。
幼いころ、両親に連れられこの城へやってきた。
そこで出会ったのが、クリストファーとリチャード。
クリストファーは生意気な王子、よく言い争いになることもあるけれど、話していると楽しいんだよね。
リチャードは冷静沈着で真面目な騎士、私たちを仲裁してくれて、答えをくれる。
そんな彼らと私はすぐ意気投合すると、よく三人で遊ぶようになった。
クリスとお城の中を探検したり、リックに剣を教えてもらったり。
喧嘩をしてもすぐに仲直りして、バカ騒ぎして、夜の城内を探検したり。
あの時間が一番幸せだった。
王子と仲の良い私を見て、両親と国王が話をしたのだろう、気が付けば私は王妃候補となり、彼の婚約者になってしまった。
互いの同意などない婚約に、私とクリスは怒りが治まらなかった。
だけど子供の私達にはそれを取り消す術などない。
二人であれやこれやと策を練ってみたが、そんなものに何の意味はなかった。
婚約話が進んで行く中、私たちはいつも遊んでいた庭に座って、暗い表情で大きなため息をついた。
「あぁ……本当に俺とお前が婚約するのか?はぁ……俺は聖女と結婚するはずだったのになぁ。こんなじゃじゃ馬女が婚約者なんて……」
「お言葉ですけど、こっちだって願い下げよ。生意気王子の王妃なんてまっぴらごめんだわ。それに王妃教育も大変だし、この城から出ることだって出来なくなる。……私はもっといろんな場所へ行って、いろいろなものを見たかったのに!」
「はぁ……二人とも落ち着け。王が決めたことだ。いくら文句を言っても覆せない。それに知らない相手じゃないだけ、マシじゃないのか……?」
リックの言葉に、私とクリスは顔を見合わせると、また深いため息をついた。
目の前には美しく咲き誇った花が、太陽の光を浴び生き生きと揺れている。
その姿に私はある事を閃いた。
「あっ、そうだ!そうだわ!聖女様が来れば、クリスもハッピーで、婚約破棄できる私もハッピー。そうだよね?」
私は勢いよく立ち上がると、二人を交互に見つめる。
「まぁそうだな。だが聖女はいつ現れるかわからねぇ。18歳まで現れなかったら、お前と結婚……はぁ……」
「万が一現れれば、そうですね。婚約者がいた王子と聖女が結婚した記録も確かありましたし……。ですが以前この世界に聖女様が現れたのは、記録を見る限りでも百年以上前ですよ?その前は確か200年ほど前だったはずです。周期は不明ですし、難しいとは思いますが」
「なら聖女を召喚できる方法を探してみるわ!嫌だけど王妃教育も頑張って、隙を見て聖女を調べる。聖女様がここへ現れるように頑張るわ!」
私は二人に向かってガッツポーズを見せると、笑って見せた。
そう決意したのが、今から数年前。
王都の図書館で本を読み漁ったけれど何も見つからない。
けれど、今日とある部屋で、埃の被った古い本を見つけたの。
そこに書いてあったのは、探し続けていた聖女を召喚する方法だった。
表紙を見る限り正規で発売した本ではない。
だけど試さないって手もない。
だから私は今日中にどうしても聖堂に向かいたかった。
聖堂、そこは異世界から聖女様がやってくる場所。
現れた時にはこの聖堂の天辺にある鐘が大きな音を立てると言い伝えられている。
その音を聞いたことはない、只の言い伝えで、本当は何もないのかもしれない。
リチャードが後ろをついてきているのは知っている。
彼はいつもそう、捕まえないで見守っていてくれるの。
友達の特権ってやつかしらね。
私はシーンと静まりかえった聖堂へ入ると、中からひんやりとした空気が吹き込んできた。
本を開き書いてある指示通りに中へ入ってみると、突然地面が揺れ体が大きく傾く。
そのまま強く床へ体を打ち付けると、目の前が暗闇に染まっていった。
ふと気が付くと、視界がぼやけ良く見えない。
耳も何だか……とても遠くから音が聞こえはっきりとは聞き取れない。
思うように体も動かせず、声を出すことも出来ない。
次第に涙が溢れ、そして気が付いたのは、私が赤子になっている事実。
最初は訳が分からなかった。
だけど成長していくにつれて、ここは聖女たちがやってくる日本という国だと気が付いた。
聖女については、国に保管されている古文書を熟読している。
だが実際に目の当たりにすると、私たちが住んでいた世界よりも文明は大分進み、目新しい物がたくさんあった。
私は日本人の女の子としてスクスク成長していく。
年齢を重ねていくにつれて驚いたのが、髪や瞳の色は違うが、見目がまるであの世界にいたエリザベスとよく似ていた。
この世界では里咲と名付けられ、あちらの世界での愛称もリサ。
全く別人となったはずだが……何とも不思議な感覚だった。
小学校、中学校、高等学校を無事に卒業し、そして大学生一回生。
歳を重ねれば重ねるほど、なぜかこの世界になじめない自分がいる。
あちらの世界の記憶が日々鮮明に残っているからだろうか……。
興味本位で恋人を何度か作ってみたこともあった。
けれど何だかしっくりとはこず、長続きはしなかった。
そして気が付けば、この世界へ来る前のエリザベスと同じ年。
明日は私がこの世界へ来た日付と同じ、簡単に言えば私の誕生日。
感慨深い気持ちになりながら、ガバンを下げ大学へ向かっていると、ふと鐘の音が耳にとどく。
近くに教会なんてあったっけ?
キョロキョロと辺りを見渡してみても何もない。
けれど鐘の音が何度も頭に響くのだ。
そこでふと古文書に書いてあった一文が頭を過る。
聖女たちは皆、ここへ来る直前、鐘の音が耳鳴りのようび響いたのだと。
ハッと我に返ると、ある結論に達しった。
もしかして私が聖女?
いやいやいや、ありえないでしょう。
それに……私は聖女を見つけてクリスとの婚約を取り消すつもりだった。
私が聖女だと結局結婚じゃない。
それに聖女が私だと知れば、きっとクリスはがっかりするよね。
どうしよう、そんな事を考えがら一限目の講義を受けていると、鐘の音がどんどん大きくなり頭に響く。
このまま本当にあの世界へ戻るかな……そう気持ちが焦ってくる中、私は鳴り響く音に外の空気を吸おうと、屋上へやってくきた。
すると視界の先にフェンスをよじ登り、今にも飛び降りようとする女性の姿が目に映る。
反射的に私は彼女の傍へ駆け寄ると、そのまま強く腕を引き寄せた。
「何をしてるの!?危ないでしょ!」
地面へ倒れた女性がおもむろに顔を上げると、瓶底眼鏡が傾き、その隙間から涙がポロポロと落ちていく。
すすりなく彼女の背をさすってみる。
彼女の顔を見たことがある、確か同じ講義を専攻していた杏奈。
「……ッッ、死なせて下さい。もう私には何もないんです。愛していた男に騙されて、借金までしてしまった……ッッ。父さんと母さんは離婚して、私はどちらにも引き取られなかった。生活していく意味も存在する意義も、お金もないんです」
何て悲惨な人生……、でもまって、それなら彼女を……そうだ。
人生を諦めている彼女をみて、私はあることを思いついた。
「ならあなたの人生を私に頂戴」
そう彼女へ微笑みかけると、鐘の音が今までよりも大きく頭の中で響き渡る。
私は咄嗟に彼女の体を抱きしめると、視界がグラリと傾いた。
成功するかわからないけれど……ッッ。
彼女を離さぬよう必死に抱きすくめる中、次第に意識が遠のいていくと、聖堂で感じた時と同じ暗闇の中へと落ちていった。
目覚めるとそこは見覚えのある聖堂。
ひんやりとした懐かしい空気、そして匂い。
辺りには誰もいないが、天井にある鐘がリンゴンと鳴り響いていた。
隣を見ると、ぐったりと横たわる彼女の姿。
先ほどの眼鏡は衝撃で落ちたのだろうか、レンズにはたくさんのヒビ。
私は咄嗟にその眼鏡を拾うと、ヒビが入ったレンズを取り除き、かけてみる。
さらに表情を隠すように髪を前へとたらした。
そんな事をしていると、ギギギッと音と共に聖堂の扉が開く。
そこにはよく知る顔が並んでいた。
最後に会った姿と同じクリストファー、その隣には剣を腰に差したリチャード。
その後ろには王都の神父に、メイドや執事の姿。
「ようこそ聖女様。ってなんだ、……ふっ、二人!?」
驚くクリスの姿を眺めていると、隣に倒れていた杏奈がゆっくり体を起こす。
そういえば……聖女様ってこっちの言葉を最初から話せるって書いていたはず。
それなら私の日本語も変わってしまうのかな?
試してみよう。
『やっほー、こんばんはー』
そう日本語を意識しながら話してみると、彼らは困った様子で首を傾げていた。
その反応にどうやら言葉は通じていないようとわかる。
「あれ……里咲さん?あの私は……ここはどこですか?」
彼女の言葉は私の耳に、異世界言葉としてとどく。
どうやら言葉は勝手にこちらの言葉に翻訳されているようだ。
だけど私はされていない、それはきっとこちらの言葉を知っていて、そして使い分けができるからなのだろうか。
私はニッコリ笑って杏奈に顔を向けると、日本語で話しかける。
『よかった気が付いたんだね。えーと、突然ごめんね、最近はやりの異世界転移にあなたを巻き込んだの。とりあえず今から返事は頷くか、首を横に振るだけにしてね。あなたには私の変わりにこの世界の聖女になってもらいたいの。目の前にいる彼らから、ここへ来る前に音が鳴ったか?、そう聞かれたら鈴の音が、と答えてね。後は適当に生活してくれたらいいよ。盛大なもてなしをしてくれるだろうし、一度捨てた人生ここでやり直せばいい。私の事は一切話さないでね、話せば……あなたの居場所がなくなっちゃうよ』
そうニッコリと笑みを浮かべると、彼女は放心状態で固まった。
「異世界……こんな漫画みたいなこと、嘘よ、えっ、えぇぇ!?現実なの……?」
「話しているところすまないが、少しいいか?」
その声に彼女は顔を上げると、クリスがゆっくりと腰を下ろす。
「異世界から二人召喚された話は聞いたことがない。だが君たちのどちらかが本当の聖女だ。ここへ来るときに何か聞こえたか?」
彼女は戸惑いながら私へ視線を向けると、その姿にコクリと深く頷いてみせる。
「……あの……鈴の音が……」
「君は?」
クリスはこちらへ顔を向けると、そう問いかける。
私はその言葉に首を傾げると、日本語で話してみせた。
『久しぶり、全然変わってないね。こっちは私が消えてあまり時間がたってないのかな?』
「こっちの女は言葉がわからないな。なら聖女はこちらの女か」
彼の言葉に私は頭を下げると、ニヤリとほくそ笑んだ。
よしっ、これで聖女になる道はなくなった。
でも私はどうなるんだろう、今まで聖女が二人やってきたいう記録はないはず。
だけど野放しにも出来ないよね……。
そう悩んでいると、いつの間にか話は進み、彼女は聖女として城へと迎えられていった。
そして私はというと、顔なじみであるリチャードに連れられ、城から離れた北の塔へ案内される。
北の塔へは初めて来た。
以前暮らしていた時は城から眺めるだけだったから。
塔の中は案外広く、天辺に小さな部屋が用意されそこが私の部屋となった。
「君は今日からここで生活してもらう、っと言ってもわからないか……」
リックが必死に身振り手振りで伝える姿に、私は必死に笑いをこらえると、深く頷いて見せる。
そしてこの世界で、二度目の人生が始まった。
用意される料理はどれも懐かしくて美味しい。
それに何にも縛られず、こうやって塔にこもっているのもなかなか楽しい。
まぁ……二人と昔のように話せないのは寂しいけれど……。
出入りだって自由だし、城の敷地内ならどこへ行っても大丈夫。
そしていずれは、エリザベスの時には叶わなかった、外の世界を見に行きたい。
私は塔の上から遠くに広がる森を見つめると、想いを馳せた。
入れ替わりがばれる事無く順調に日が過ぎていく中、私は朝目覚め顔を洗うと、眼鏡をすぐにかける。
もちろんレンズがない役に立たない眼鏡。
だけど眼鏡で誤魔化さないと、エリザベスと似すぎているこの見目は不審に思われるだろう。
用意されていた服へ着替え早速外へ出ると、私の見張り役なのだろう、リチャードの姿があった。
「おはようございます、あっ、いや、そうでした……。言葉が通じないのは難しいですね」
そんな彼の姿に笑いかけると、私は聖堂の方へと歩いていった。
リチャードはずっと私から少し距離とりついてくる。
これはエリザベスの時も同じ。
何だか懐かしい気持ちになっていると、背後から彼が叫んだ。
「危ない、伏せて!」
彼の言葉に私は咄嗟にしゃがみ込むと、頭上を槍が通り過ぎていく。
壁に突き刺さった槍に唖然としていると、ブルっと肩が震えた。
あぶなっ、死ぬとこだった。
そういえばこの辺りは、訓練場があったんだった。
真上にある槍の姿に、手足が冷たくなる中、リチャードが走ってくると、驚いた表情を見せる。
「大丈夫ですか?よかった、怪我はないようですね」
私の姿に彼は深く息を吐き出すと、そっとこちらへ手を伸ばした。
「それよりも……言葉がわかったのですか?」
その言葉に私は動きを止めると、誤魔化す様に俯いた。
えーと、まずい、誤魔化さないと……。
何かないかなぁ、あぁぁ。
私はキョロキョロと辺りを見渡すと、キラリと光るガラス玉を見つけた。
よしっ、これだ。
私はそっとガラス玉を拾うと、リチャードへと見せてみる。
「これは……これを拾うためにしゃがんだのですか?……運がいいですね。異世界の方はそういった力もあるのでしょうか」
何とか誤魔化せたかなと、ブツブツと呟く彼からそっと離れると、私はまた歩き始めたのだった。
言葉がわかるってこういうときに出るんだね、あぁ、気を付けないと。
そしてその夜、私は湯あみを済ませると、部屋へ戻る。
眼鏡を棚の上に置き、そっと顔をあげると、ガラスに映り込む自分の姿をじっと眺めた。
この世界の服を着ているからだろう、里咲の面影はなく、エリザベスにしか見えない。
「何だか不思議な感じ。里咲なのに、リサみたい」
そんなどうでもいい言葉を呟いた刹那、突然扉が大きく開いた。
私は反射的に振り返ると、そこにリチャードの姿。
「緊急事態ッッ、えっ、なっ、リサ……様?」
彼は私を見つめ大きく目を見開くと、その場に固まった。
まずいと思い、咄嗟に眼鏡を手にしたその刹那、焦げ臭い臭いが鼻を掠める。
彼の後ろから立ち上る黒い煙。
階段に薄っすらと赤い炎が目に映った。
『火事!?ちょっと嘘でしょう!?逃げなきゃッッ、あーでも』
私は慌てて窓を大きく開け放ち、下を覗き込む。
しかし到底飛び降りれる高さではない。
どうしよう……ッッ!?
混乱し頭が真っ白になる中、取り繕うことなんて出来ない。
私は咄嗟にリチャードへ視線を向けると、縋るように叫んだ。
「リック、どうしよう!」
その言葉に彼はハッと我に返ると、私の腕を掴み強く引き寄せた。
「こちらに非常用の出入り口があります」
リチャードは私は軽々と抱えると、火の手とは逆の方へと走り、梯子を駆け下りていく。
私は必死に彼へしがみつくと、エリザベスに戻ったそんな気がした。
城から近衛騎士が集まり、辺りが騒然とする中、私はというと、リチャードに担がれたまま、少し離れた丘の上に運ばれていた。
北の塔が赤く燃え上がる姿を背に、彼はそっと私を地面へ下ろすと、腕を固く掴んだ。
「あなたは……エリザベス様なのですか?」
違うと、慌てて首を横へ振るが、時すでに遅し。
言葉を理解しているのはもちろん、エリザベスを知っていると自白したようなものだ。
「やはりそうなのですね……。何度かそう思うことはありました。もう一人の彼女とあなたではあまりに違いすぎる。あの方が食べ方を知らない料理をあなたは聞くことなく完璧な作法をしていた。それに仕草や立ち振る舞い、そういったものもこの世界になじみすぎていた。とどめは本日のあなたの行動。あのタイミングでガラス玉を見つけたなんて胡散臭すぎます。それよりも、なぜ最初に言わなかったのですか?なぜ知らないふりをしたのですか?あなたが居なくなって私たちがどれほど心配したと思っておられるのですか?聖堂に入り突然いなくなったあなたを……ッッ」
彼は苦し気に顔を歪めると、私を強く引き寄せた。
懐かしい彼の匂いに、私は涙が溢れだす。
「ごめんなさい……ごめんなさい。あの日私は聖女を呼び出そうと思ったの。だけど私が異世界へ飛ばされて生まれ変わって……またこの世界へ戻ってきた。本当は私が……聖女。でも……それだと……クリスが悲しむと思って……彼女に代役をお願いしたわ……」
こちらの言葉でそう話すと、私は必死に涙を耐えながらリチャードを見上げた。
「リック、お願い、このことは秘密して。私は聖女様になんてなれないよ!」
彼は考え込むように口を閉ざすと、そっと視線を逸らせた。
「聖女って仕事もそんなにないし、この国居ればいいだけでしょう。只のお飾りじゃない。もう城から出られない生活は嫌なの、お願いリック……」
必死に彼を説得すると、抱きしめられていた腕に力が入る。
「……わかりました。では私の屋敷へ来てくれますか?そこでならリサ様をお守りできます」
「リックの屋敷に?いいの?私は大歓迎だよ!」
私は涙を拭い笑って見せると、リチャードは真剣な眼差しで私を見つめた。
「私の屋敷へ来るということは、私と結婚するという意味ですよ。リサ様、ちゃんとわかっておられますか?」
けっ結婚!?
リックと私が?
彼の言葉に目を丸くしていると、体がフワッと持ち上げられる。
「きゃっ、えっ、えーと、その、リックはいいの?確か婚約者がいたよね?」
「えぇいましたが、あなたが来られるのなら破棄しますよ。格下の家の令嬢なので問題はないでしょう」
「いやいやいや、それならダメ」
「問題ありません。彼女も他に好きな方がおられるようですし、私もずっと愛している人がおりますので」
「へぇ!?それなら尚更だめじゃない!私は大丈夫、北の塔はなくなっっちゃって、どうなるのかわからないけれど……とりあえず私がリサだってことは御内密に……ッッ」
言葉を続けようとした刹那、彼の顔が近づき唇へ柔らかいものが触れた。
彼の吐息が間近に感じ、私は驚きのあまり口をパクパクと声がでない。
「私が愛していたのはエリザベス様、あなたですよ。幼いころあなたに出会ってからずっと……。この想いは一生言葉にするつもりはありませんでしたが……」
彼は優し気に笑みを浮かべると、コツンッと私のおでこにあてた。
「リサ様が望む自由を与えましょう。私のことをお嫌いですか?」
「へぇっ、嫌いなわけないじゃない!」
「では一緒に暮らしましょう」
そう言って笑った彼の表情に胸がキュンッと高鳴った。
いつも冷静な彼ではない、子供の様な可愛い表情。
その姿に私は顔が火照っていく。
リックと結婚……何だか想像できないけれど、嫌だと感じていない自分がいる。
私は感じたその気持ちに従うように頷くと、ギュッと彼の体を抱きしめた。
そうして私は彼と結婚し、末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし……?
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お読み頂きまして、ありがとうございますm(__)m
サクサクと読める短編のはずが8000文字になってしまいました(-_-;)
皆様いかがでしたでしょうか?
ご意見ご感想等ございましたら、頂けると嬉しいです!