第十九話 旅は道連れ
名古屋港には、黒い巨大な船が停まっていた。
「おれが設計した、軍艦だよ」
ニッと得意げに笑う遊虎に、日向は軍艦から目をはなせなかった。
「……すごい」
「これで、馬なんか使わなくても、半日もすれば関東州の港に到着できるっちゃ」
遊虎は日向の目じりのあざをなでる。
「日向なら大丈夫だと思うけど、気を付けてね。”人間道”の綴華は、面倒くさいやつだから」
「そうなの?」
遊虎は肩をすくめて日向の背中をおした。
「関東州のことは、まかせたよ」
その言葉を背に、日向たち【関東訪問隊】の三〇名は、操縦士や水兵に迎えられて、軍艦に乗り込んだ。
船のなかの居心地は、驚くほどよかった。
いままで数えるほどしか乗ったことのない船は、どれも五人乗れるか乗れないか、という規模の、木造のものだった。
いま、日向の乗っている軍艦は、一〇〇人は乗れるほどの巨大な鉄の塊だった。
日向に特別に用意された部屋で、窓の広い大海原をながめながら、日向は思い出した。
戦の始まる前の、暑い八月。
新入隊員としてやってきたのは、青守敦と、森康太だ。
敦は、日向を部屋に呼ぶと、「お会いできるのを楽しみにしておりました」といって、頭を下げたのだ。
そして、ああ、思い出した。
ー 「日向、きみは、『天下統一』に興味はあるかい?」 ー
ー 「天下統一が、愛知国を平和にする一番の方法だったら?」 ー
そう言ったんだ。
そのときの日向は、
「いまは……いまのぼくは、考えてない、というか、考えれないかな、自分のことで精いっぱいだ」
そう応えた。
ー 「もしなにか気が変わったりでもしたら、ここに連絡してよ、気が変わらなくても、なにか力が必要になった時」ー
そう言われて渡されたチェーンが、いまもピアスについている。
日向は、何気なく、チェーンの電源を付けた。
そのとたん、
ー やあ、日向。久しぶり ー
チェーンから、青守敦の声が聞こえてきた。
「え! なんで」
ー 通話をするのかわかったのかって? おれの上司が、”波”を読んでたんだよ。そろそろ、日向から連絡があるってね ー
”波”……その言葉を、遊虎も使っていた。
「そ、そっか。覚えてくれていて嬉しいよ。実はいま、ぼくは仲間と一緒に、関東州に向かってるんだ。すでに訪問の手紙は届いていると思うけど」
ー うん。楽しみにしてるよ。汐見さまも喜んでる。人間に会うのはいやだけど、日向なら良いってさ ー
独特の表現に、日向は苦笑いする。
「汐見さまっていうのが、『子孫』なんだね?」
ー うん。日向は、思い出したの? ー
なんでもお見通しのような、青守敦の言葉に、色々と納得した。
「きみは、汐見さまの、『守人』なんだね」
ー そうだよ。汐見さまのことを守って、そして、”時”を見て、正しい方向に導いていくのが、役割さ。 ー
「……そっか」
『守人』の役割を、いま、はじめて理解できた。
『守人』は、その土地と、その土地を守る六道の神を守るために、その魂を守り、導いてくれる存在なんだ。
ー 日向に会えるのを、楽しみにしてるよ ー
そう言って、通話は切れた。
夜を連れて暗くなった空を見上げて、日向は深呼吸をした。
日が昇ったら、関東州に着く。
◆
関東州の港で、日向たちを迎えたのは、元名隊の二人だった。
濃い茶色の髪をした森康太と、濃い青の少しくせのある髪がふわりと揺れる青守敦だ。
「よくぞいらっしゃいました」
深々と頭を下げる二人の服装は、いまは青い軍服だった。
「改めて、自己紹介をいたします。関東州の情報部特別部隊の隊員、青守敦です」
元々、名隊にいたことをしっている柴波は、横で顔をしかめる。
「以前、名隊に潜入捜査したのは、他の六道の『子孫』の様子を見たかったからです。とくに「片人」であり、第二勢力の日向のことを、よく知りたかったから、といえば、理由になりますかね」
にこりと正直に話す敦。
「あのとき、もし阿修羅の日向が天下統一しようと企てていたら、大阪国か、愛知国か、どちらにつき、どう動くか、策略を立てる必要があったんだ」
ゆっくりと敦は話す。
こうやって堂々と『子孫』や『阿修羅』って言葉を使われると、日向たちがどれだけ六道の情報を知らずに生きてきていたのかを、実感する。
「ぼ、僕は、青守さんと同じく、関東州の情報部特別部隊の隊員の、森康太です。いまから、みなさんを、関東州の情報部特別部隊の隊長であり、”人間道”の『子孫』である汐見 綴華さまのところへご案内いたします」
森康太は、きょろきょろと周りを見ながら、緊張した面持ちで、大きな車の前に歩きはじめる。
日向たちが乗った車は一〇人程を運べる自動車だった。
情報の機器や、技術開発の進んだ関東州の街は、どれも日向たちにとっては新しい世界だった。
「自動車、はじめて乗っちゃった!」
窓のそとから、背の高い建物たちを見上げながら、目を輝かせる日向。
「俺たちの上司も、日向くらい可愛げがあればよかったんだけどな」
敦は軽く笑いながら、日向の肩に腕をまわす。
それを、自然に柴波がはずす。
柴波は、最後に会った夜の後から、いつも通りに接してくれた。
それが、日向にとって救いだった。
でも、いまみたいに、日向を守るように甘やかすから、少しだけむずがゆくなる。
静かににらみ合う柴波と敦に、日向は気づかないフリをして、景色を楽しむことに集中した。
到着したのは、一段と背の高い建物だった。
「ここは、関東州の情報部隊の本部。極秘情報がたっくさんつまってる。他州の人間は、これ以上先には入れられない」
青を基調とした、シンプルで美しい建物の一階で、敦が日向たちを振り返る。
「俺たちの上司は、一言で言うと、引きこもりの”人間嫌い”だ。会えるのは日向だけ、他の奴らは、ここで待っててくれ」
「日向を一人にはできない」
柴波が、一歩前に出る。
他の黒菊軍の隊員も、同時に武器に手を添える。
「おいおい、お前ら、忘れるなよ」
敦の纏う空気が一気に冷えた。
「ここは、俺たち”関東州”の総本山だ。下手な真似するなよ?」
鋭くにらむ敦に、森が困ったようになだめる。
「みなさんを、この建物の中に入れることすら、交渉に三日かかったんです。どうか大人しくお待ちください! 朝日奈さんは、こちらが責任をもって、おもてなしいたします」
何度もペコペコと頭を下げる森。
「ぼくは大丈夫。みんなは待っていてね」
日向が笑えば、柴波は、半歩下がった。
「いまから、関東州の情報部隊の特別部隊の隊長であり、この関東州の全ての決定権を持つ、汐見さまのもとに案内するよ」
「よ、よ、よくきたね、りゅ、龍」
たどり着いた、最上階の、最奥の部屋。
薄暗いなか、壁中に、見たことのないようなモニターが貼られて、床から天井まで、いろんな装置のライトが、チカチカと点滅している。
そんな部屋の中央に、ひときわ大きな箱のような機械と、その前に座る少女がいた。
短い青い髪に、青いひとみをもつ少女は、日向と同じくらい小柄だった。
「あなたが、汐見 綴華さん?」
「ふふふふ、そう、”人間道”の、綴華。わたし、龍とも、久しぶりすぎて、あと三分ももたない」
着心地のよさそうなふわふわした服を着て、椅子の上に膝を抱えて座っている綴華は、チラッと日向を見る。
そのとたん、部屋の空気が、一気に薄くなった。
まるで、酸素がとたんに消えたような。
驚きに、目を見開いたとき、日向を見つめるその、青い目に、息をのんだ。
澄んだ青に、まるで全てを見すかされているような気分になった。
「龍、あなたは、天下統一をしたあと、その後の統治について、どうするの?」
日向を見ているようで、それよりもっと遠くをながめるような青い目。
まるで、日向が天下統一をするのが決まっているような言葉に、日向はうまく答えられない。
「……ぼくは、政治はわからない。ぼくにできるのは、戦うことくらいで……」
「龍、これからは、武力の時代じゃない」
小さく、息をのんだ。
「……そう、なんだ」
日向は、それ以上、なにもこたえられなかった。
「あの、綴華さん。ぼく、きみのことをまだ思い出せないけど、でも、いまの言葉に、もっと考えようと思ったよ。どういう世界にしたいのか」
「龍、わたしは、このさき、平和な世界になるのなら、きみの手伝いをするよ」
すっと、青い目がふせられて、やっと、部屋のなかに、空気がもどった気がした。
ぐっとこぶしをにぎる。
心の中で、一つの明かりが灯った気がした。
そっか、天下統一は、血生臭くて、ひどく残酷なように思っていたけど。
統一したさきに、平和な世界があるかもしれないんだ。
愛知国を、中部州を、全日本大陸を、よくすることができるんだ。
「綴華さん、ありがとう。ぼくは、中部州だけじゃなくて、この世界を平和にしたいって思う!」
そう言っても、なんの反応も帰ってこなかった。
よく見たら、椅子の上で、綴華は膝を抱えたまま、うつむいていた。
「汐見さまは、”力”を使ったあとは、一〇時間は起きないんだ」
綴華のもとへ走り、その小さな体を、近くのベッドに横にさせる敦が、肩をすくめた。
「そ、そうなんだ。”力”っていうのは?」
「”波”を読む、つまり、このさきの未来を読む力だよ。汐見さまは、久しぶりにかなり遠くの未来まで見たみたいだ。日向のこと、信頼してたんだね」
敦が、優しい声で言う。
「日向。俺は、汐見さまがまだ見てない世界を、はやく見たい」
敦の青いひとみに見つめられて、日向はうなずいた。
「汐見さまが、きみの手伝いをする、と言うなら、俺たちは従うだけだ」
それが、平和につながるなら。
そう言って、敦は部屋の扉を開けた。
「これから、よろしくね、日向」
日向はしっかりとうなずいて、部屋を出た。
一階で待っていた柴波たちに結果を伝えれば、柴波はくしゃりと日向の髪をかき回した。
「よくやった!」
そう喜んでいるのに、どこかうかない表情の柴波。
「どうしたの?」
「いや……お前は、本当に、次元が違うんだな、と思ってな」
そうこぼす柴波に、笑えてきた。
「そんなぼくを飼うって言ってたんだから、柴波さんもなかなかだよ」
やめろ、とまた日向の髪をかきまぜる柴波と、一緒に笑う。
「日向、州際電話、使わせてあげる」
敦が、一階の隅にある巨大な個室を指差した。
そこには、青色の電話があった。
使い方を教わり、愛知国の名古屋城の電話番号を入力する。
ー もしもし ー
電話の先から聞こえてきたのは、冷たい遊虎の声だった。
「遊虎?」
ー 龍ちゃん! どうだった!? ー
一転してパッと明るい声が聞こえてきた。
「大成功だったよ。関東州は、手伝ってくれるって」
ー そっかそっか、龍ちゃん、ありがとう ー
「それから、遊虎、わたし、天下統一のその先のことを、考えてみようと思えたよ」
電話の先、そう遊虎に伝えた。
ー ……龍ちゃん、ありがとう ー
静かな遊虎の声に、少しだけ、胸がざわめいた。
遊虎との電話が終わって、日向はもう一つの場所に電話をかけたい、と敦にお願いした。
「高いんだよ。まあいいや」
敦に許可をもらって、日向は柴波を呼んだ。
「柴波さん、わたし、青と緑と、いま電話したいんだ。柴波さんの屋敷の電話番号を教えて」
呆れたように笑った柴波は、日向の手元の電話に、番号を打ち込んでいく。
受話器から、電話の呼び鈴が聞こえる。
ー はい。こちら柴波家でございます。 ー
「あ、禄さん! 日向です。青と緑にかわってもらえますか?」
驚いた様子の禄は、すぐに青と緑を呼んできてくれた。
ー 日向? いま関東州にいるんじゃないの? ー
緑の高い声が聞こえてきた。いますぐにでも会って抱きしめたくなる。
「うん。ねえ、青と緑は、どんな未来に生きたい?」
汐見綴華と話して、これからのことを考えようと思った。
これからを生きる、子どもの青と緑の言葉を聞きたいと思った。
ー いきなりだなぁ……おれは、平和で戦争のない世界だ ー
ー ぼくは、好きなことを学べて、だれも戦わなくていい世界 ー
すぐに返ってきた言葉に、肩の力が抜けた。
「そうだよね……本当に、そうだよね」
日向は、記憶があるうちから、ずっと、戦争のある世界で生きてきた。
だから、想像がつかないけど、でも、戦争のない世界っていうのが、できるかもしれない。
簡単なことに思えるけど、一番大変なこと。
「こんな武器、みんなが持たなくていい世界なんて、夢物語かもしれないけど、つくれるかもしれないもんね」
なんだか、涙が溢れてきた。
実現したいな。そんな世界。
見上げた窓の外の空。
青くて、白い雲が流れていて、平和に見えた。
本当の平和な世界を、実現したい。
「二人とも、ありがとう」
受話器を置いて、目をふせる。
ふと思うのは、楓のこと。
楓、元気かな。
今日の夜に、東北に着くころだろうな。
楓が、自由に、気ままに生きれたらいいな。
楓が、笑ってすごせる、平和な世界を、つくりたいな。
そのとき、 バンッ 部屋の扉が勢いよく開けられて、
「失礼します!」
関東隊員が走ってやってきた。
手に持っているのは、大型のラジオ。
ー ジジッ 速報! 東北線を進む蒸気機関車の爆発事故がありました ー
ー 線路に仕かけられた爆弾により、ジジッ 蒸気機関車は脱線 ー
息が、できない。
ー 全乗客の死亡が、確認され ジジッ ー
どうか、この世に神がいるなら。ちがうと言って。
楓の乗っている機関車じゃないと言って。
ー 蒸気機関車は、中部州から出発した、【五〇号】 ー
「楓が……死んだ?」




