第十一話 迦楼羅 遊虎という少年は
次の日、朝日を迎える前に走り出した日向たち。
二人は、その日、世界が変わるのを見た。
中部州と関西州の国境に戻ると、そこでは、
――戦争は終わっていた。
その地は、黒く焼けこげ、野原には人の欠片すら残っていなかった。
「……どうなっとるんや」
馬から降りた楓が、周りを見渡す。
となりに降りた日向は、胸がざわつくのを感じた。
これは、ずっと前から、なにか、この世に隠された闇に近づいたときに感じる、ざわつきで。
「楓……?」
となりにいるはずなのに、見上げた楓は、どこか違う人間のようで。
こぶしを握る楓は、いつもと違う、雰囲気をまとっていて。
「楓、大丈夫?」
楓の手を、ふいにつかんでしまった。
その手をとらないと、いまにも、どこかに消えてしまいそうに見えた。
「黒菊……」
楓は、日向が手をとったことすら、気づいていない。
楓のつぶやきに、日向は、楓の見る先を見つめた。
黒く焼けた野は、よく見れば――
黒い菊の模様になっていた。
心臓が、いやな音をたてる。
「楓?」
「いくぞ、時間がない」
日向の手をほどいて、馬に乗る楓。
日向は、ほどかれた手を見て、ちいさくうなずいて、馬に乗って、走り出した楓に続いた。
商人の服装と、帽子で変装をした二人は、愛知国の首都――名古屋についた。
街には、黒い軍服の男たちであふれていた。
そして、異様なのは、その黒い軍服を着ている者が、中部州の者ではないこと。
髪色や肌の色、話し方まで、まったく聞いたこともないものだった。
「戦争は、どういう状況だ?」
街の住民に話を聞く楓は、ひどくあせっている。
街には、若草色の羽織を着ている名隊は、一人もいない。
「戦争の最中、二日前、“黒菊軍”という軍隊が突然現れたんだ」
小さな声で話す店主は、街を歩いている黒い軍服の者たちを、怯えるようにちらっと見ている。
「そして、大阪を一掃したんだ」
その言葉に、楓は、目を見張って、小さく息をはいた。
名隊は?
……怖くて聞けない。
みんな、無事なんだろうか。
「……そうか。軍隊の頭は?」
楓が周りを警戒しながら、静かに問う。
「名古屋城の天守閣の最上階にいます」
まるで、名古屋の全住民が覚えさせられているように、すらすらと答えがでてくる。
「名は?」
「迦楼羅 遊虎」
心臓が、どくん、と波打った。
何故か、身体中が熱くなっていく。
無意識に、目元の黒い菊の模様のあざに触れてしまう。
「なにを望んでいる?」
「龍神を……朝日奈 日向を、天守閣に連れてこい、と御触れをだされました」
楓の目が、見開かれた。
日向は、その言葉を聞いた瞬間、頭をおさえた。
「うっ」
「日向、倒れている暇はない……時間は、もうない」
楓は、なにかを決めたような、鋭いひとみを、名古屋城へ向けた。
◇
黒い軍服の男に連れられて、通された、天守閣の最上階。
数十日前に、楓とともに、織田に会うために来たばかりの場所は、もうまるで違って見えた。
なにかが、はじまる。
それだけが、わかった。
バッ
開かれた襖の先、大きく開いた窓の前に置かれた椅子に、一人の少年が座っていた。
息が、うまくできない。
部屋に、入ることができない。
それは、この少年がまとう空気のせい。
黒髪に薄紫色の髪が混ざった髪の少年は、頬杖をついたまま、日向と楓を見る。
その薄紫色の瞳に射すくめられた。
ゆっくりと立ち上がった少年は、部屋の前で立ち尽くしている二人のほうへ歩みよってきた。
立ったまま動けないでいる日向の前で、少しだけかがんで、その顔をまじまじと見る。
虎に見つめられているような空気に、日向は動けない。
そのとき、すっと瞳が細められた、と思った時。
「やっと会えた! 龍ちゃん!」
ぎゅうっと抱きしめられた。
そのとたん、空気がやわらいで、日向はやっと息がつけた。
「え」
驚きに固まる日向の頬を両手で包んで、目元の黒い菊のあざをなぞった少年は、目を細めた。
「不完全な印の呪いをつけられた、かわいそうな龍ちゃん」
日向の前髪をなで上げながら、虎のような瞳孔をひらいて、少年はつぶやく。
「おれは迦楼羅 遊虎」
日向は、小さく息をはいて、うなずく。
頭が、ずきんと痛み出す。
遊虎の首には、大きな黒い菊のあざがある。
「きみがずっとさがしてた、“本物の兄”さ」
ガッ 脳を殴られたような衝撃。
脳が、いろんなものを取り戻すように、高速で動く。
「そして、きみの“本当の味方”だよ」
耳元でささやかれた言葉に、日向は息をのんだ。
日向の肩に手を回して、そして、遊虎は、日向のとなりに立つ楓を鋭く睨んだ。
「跪きなよ、現人神の前だ」
ザッ
名古屋を包むほどの、殺気。
日向ですら、身体が固まった。
でも、そんな殺気をだしておいて、もう、楓など興味がないように、
「龍ちゃん。きみをずっと探してた」
遊虎が日向の頬をなぞる。
「おれは、“波”が読めるんだ。これから起こること、この世界で起きていること、全てがわかる」
瞳をじっと見つめて、遊虎がにこりと笑う。
「おれは、きみを見つけた。次は、きみがおれと“契り”を結ぶ」
日向の目尻のあざをなぞる。
「そのとき、きみはこう言うんだ」
薄く浮かぶ虎の笑み。
「“時は来た”って」
遊虎の瞳には、一つの焔が燃えていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
いただいた感想や評価、ブックマークにいつも励まされています。読んでくださる方がいるからこそ、また書こうと思えます。いつもありがとうございます。
次話までまたしばらくお時間をいただくことになります。
ゆっくり待っていただければ幸いです。
今後とも、阿修羅螺をどうぞよろしくお願いいたします。




