第六話 中部州の真実の歴史
ガチャッ
大阪城の最上階の部屋の扉が開いた。
いましがた入ってきた者を見て、ベッドによこになっていた日向は、バッと上体をおこした。
「え、なんで沖奈がここに!?」
入ってきた沖奈は、日向を見てパァッと笑顔になった。
日向はベッドのはしに座って、沖奈を見上げる。
「言っただろ? おれにとって、死獅は夢なんだ」
そう、目を細めた沖奈は、日向の頰を撫でる。
「ねえ、なにが起こってるの? 名隊のはずの沖奈がなんでここにいるの?」
ガシッと沖奈の手をつかんで、ぐっと力をこめる。
「そんな熱烈に握り締めなくても、おれはいなくならいよ?」
嬉しそうに笑う沖奈に、思いっきり手をはなした。
「いいよ、日向は特別だ。教えてあげる。本当のこと」
沖奈は、日向の体温をはかりながら、笑った。
「おれは、もともと大隊の死獅の研究室の室長だったんだ」
「どうなってるの?」
息をのむ日向に、沖奈は、ゆっくりとうなずいた。
「日向に、愛知と大阪の本当のことを教えてあげる。大阪国より酷い、愛知国の歴史をね」
沖奈の語った内容は、日向の知っているものとは、全く異なる名古屋の歴史だった。
黒服が現れ、そして消えた年、一八五三年。
天災に見舞われ、作物が育たない年、多くの地域が飢饉に襲われ、民は飢えと疫病に苦しみ、職のない街をうろついていた。
その中で、なけなしの金を國に収めさせられていた。
いまの名古屋――尾張藩は食料を調達するため、周囲の藩と度々戦争を起こしていた。
食べる物がなければ、奪えばいい。
そんな常識が生まれるほど、日本は腐っていた。
そんな中で黒服が現れた。圧倒的な力。見たことのない機械。神のような存在だった。
廃藩置國が設定され、尾張と、隣藩の三河が合体し、『愛知』という名になった。
しかし、民の意識はすぐには変わらなかった。たとえ名が変わり、支配者が変わろうと、民の意思は簡単には変わらない。
戦争をし、自分の家族を殺し、領土を奪おうとした相手と、同じ区になる。各藩の憎しみは消えなかった。
そんな中で六臣台という、日本大陸を六つの州に分ける制度が発令された。各州で会議を設け、州都を決めるのだという。
中部州と名づけられた区域にいるのは、愛知、静岡、滋賀、岐阜、長野、福井、石川、富山の八つ。
他州が戦争を始める中、中部州は話し合いで、州都を決めることを約束した。
そんな中で愛知を国として、州都にするという声が広がった。静岡や最大の領土を持つ長野が猛反発をする。
いくら話し合いをしても全く決まることはなかった。
そして五年の年月が経ったとき、中部州内の戦死者は一万人を超えていた。
「そこからは、泥試合さ」
日向はなにも言えなかった。
黒服が現れる前が平和だと思うほど、人々は恨み、憎しみ合い、殺しあった。
「なんで……そんな歴史がいま、公開されていないの?」
「各州が混乱に陥っていたから、ちゃんとした歴史が書き残されていない、というのもあるけど、金だろうね。金で情報を保護したんだ。話し合いでまとまったということは、その州は統率がとれているという象徴。統率のとれている州は恐れられる。攻められた場合に全区での戦争になるから。そして、公開されていないもう一つの理由は……」
ここからが、面白いよ。と、沖奈がにやりと笑う。
五年に及ぶ戦争を終わらせたのは、たった一人の男だという噂があった。
各地で勃発する戦争。全ての区が隣の区と争い合っていた。その戦争に突然現れた男。
「たった一人の男だったんだ。“織田”っていうね。なにやら、“獣のように”強いんだって」
獣、という単語が気になった。
それから、織田の存在が各区に流れはじめた。
「織田が根回ししたのかもしれない。分からないけど、各区が愛知に賛同しだした。そして見せかけの平和な州都が決定した」
「……残酷だよ。でも、それでも、大阪国より酷いと言うのは言い過ぎじゃない?」
沖奈は首を横に振る。
それから、愛知国の州都、名古屋の中心者は、様々な政策に関わった。
でも、うまくいかないことの方が多かった。
「だれか、絶対的な、愛知国のリーダーが必要、という空気があったんだ」
いままで天皇により統制され、一つの絶対的な幕府によってまとまっていた者たちが、戦争を重ね、多くの戦死者を出した後にできた政府など、いうことを聞くはずがなかった。
そんな中で、唯一期限の一八五八年までに州都を決められなかった関西州。その三年の年月をかけて続けた『関西戦争』が、一八六〇年に終わった。
大阪区、京都区の戦争。
帝のいる京都に挙兵した大阪。全世界の者は、京都の勝利を信じていた。
「でも、帝は首を切られ、突然現れた、大阪の“緋毀”が、勝った。王が生まれたのさ」
日本を統べる帝の権力が弱まっていることがこの戦争で世界に広まった。
全世界は混乱に陥った。
この世界を統べる帝の住む京都の敗北は、帝の敗北を意味していた。
公家や華族の制度も廃止され始めた。
当然、帝への信仰のあつい者のいる中部州も混乱する。この騒動は州民たちを焦らすには十分だった。
そして、追い打ちを書けるように、一八六八に起きた関東州の戦争。
混乱する政治に不満を持った東京国に、隣接する埼玉区と神奈川区と千葉区の三区が氾濫した戦争。結果は『四区同盟』という州都のない国が出来上がった。
『一度決まった州都も、再び変わることができる。』
帝の権力が低下し、世界の象徴が消えてしまうのではないかという不安。
「日本大陸は、もう、地獄のように不安定さ」
そして、と沖奈は笑う。
「そして、五年前、死獅が名古屋を襲った」
沖奈は歌うように話す。
「名隊なんてものを作って、一時期は反抗しようともしてたけど。むりだね」
気が付いた時にはすべてが終わっていたんだ。血の海さ。
「みんな、もう敵わないってわかったんだ。ただ、だれもあの時のことを話さなかった。最近まで。織田も。ただ、その事件は裏で『死獅の悲劇』と呼ばれているのさ」
やっと、知れた。
『死獅の悲劇』の真実。
「死獅の悲劇の日に、再び現れた“救世主”。それが、織田さ。不思議なことに、織田は、死獅を服従させるように倒していったらしい」
「それって」
織田さんが、血の石をもってるってこと?
「つまり、獣のように強い織田さんは、大阪の王の緋毀と、もともと繋がってたってこと? 緋毀の力で、愛知国の“王”になって、死獅の悲劇も起きることがわかってて、やったってこと?」
沖奈は笑った。
「正面から戦ったって、しょせん、人間は、“神”のチカラにはかなわない。それなら、“裏”で大阪に協力して、愛知国の王として、中部州を統一して、民を守った方がいい。織田は利口だよ」
そう言う沖奈は、心底どうでもよさそうだ。
「織田さんは、人間なりに頑張った。名古屋を売って、命を守ってる。悪いことじゃない。現実は、裏で大阪に、ほぼ植民地化されていたってことだよ」
長い長い、物語を聞いてるみたいだ。
「そんな……」
楓は……楓はきっと全部、知っていたんだ。
「ひどい、ひどすぎる」
「別にいいじゃん、日向はもう王のお気に入りなんだから」
「よくない、ぼくは、必ず、あいつを殺す」
「そっか」
沖奈はいつも通りうなずく。
「止めないの?」
「なんで?」
「あんたの国の、王様なんでしょ?」
「べつに、おれは大阪がどうなろうと、人が死のうと興味ないから」
「死獅が一番なんだっけ?」
「そう」
変わらない沖奈に、呆れる。
「あんたが死獅を生み出してるって思うと、許せない」
「死獅をつくってるのは、王だよ。おれはそれを、人がなるべく苦しまないように調整してあげてるだけ」
「ものは言いようだね」
日向は疲れて、ベッドに倒れた。
「もう、何もかも信じられない」
沖奈の話が本当じゃないかもしれないし、本当かもしれない。
戦学で学んだ歴史は全部、嘘。
なんて可能性もある。
あーあ、もうなんか、わけがわからない。
「楓に会いたい……」
小さくつぶやいた声に、沖奈がわざとらしくしくしくと声を上げる。
「おれって人がいながら、目の前で他の男の名ぶなんて」
「うざい」
「はーあ、日向が王のお気に入りじゃなかったら、いまごろ三人くらいは子どもできてるのに」
「本当に気持ち悪いから、そろそろ出ていってくれない?」
ぎろっと睨むと、沖奈はちぇ、と器具を持って扉へ向かう。
そして、最後に振り向いて、温度のない声で言った。
「もう、副隊長には会えないと思うよ」
「は? それ、どういう意味!?」
「さあ、王に聞きなよ」
沖奈は扉をしめる間際に言った。
「おやすみ、日向」
パタン、としてられた扉を、日向は伸ばした手をぱたりとおとした。
お久しぶりです。また時間があるときに投稿をつづけていきたいと思います。




