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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第三章 重見天日 新たな協力者
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第三十話 暗殺と日向の心臓





「日向、起きろ」

「んん……もうちょっと」

「起きろ」

 枕に顔をうずめようとすると、腕を掴まれて引っ張り上げられる。


「いやだー」

 むすっとしていると、めじりのあざをぐっと押された。

「いて、あれ? 楓?」

 ぱちりと目をあけると、しっかりと着物を着て羽織をはおった楓が、眉間にしわを寄せて日向を見下げていた。


「起きろ、もう朝や」

「あれ? なんでベッド? え、楓の?」

 掴まれた手を見て、そのまま自分のいるベッドを見て目を見張った日向は、ばっと起き上がった。

 ふわふわの白いベッドに大の字で眠っていたようで、日向の浴衣ははだけまくっていた。


「寝かせてくれたの?」

「お前がベッドで寝たいって言ったんやろ」

 日向は呆然と楓を見上げて、口が閉じられなかった。


「え……だからって、え、あの楓が? ぼくを? 楓のベッドで?」

 まん丸になった目に、楓がうざったそうに顔をしかめる。

「うるさい、さっさとどけ」

「だからめちゃくちゃ寝れたんだ……ねぇ楓?」

「なんや」

「これからもここで寝ていい?」

 全力で嫌そうな顔をした楓に、日向は慌てて立ち上がって、浴衣をなおす。


「ちゃんと起きるし、ちゃんと働くから!」

 ね、と笑って、日向はさっと盗聴防止部屋の扉まで向かった。

「今日もよろしく!」






 十二月の寒さが厳しくなった日。

 大隊の襲来から三週間が経ち、城下町の復興も進んだ頃。



「では、これで失礼いたします」

「失礼します」

 岐阜城をあとにして、楓の背中を追いかけながら、日向は小さく息を吐いた。


「あと一か所だね」

「ああ」

 専用の馬の停留所に二人ならんで歩く。



 一週間前、月桂隊長から下された任務に、日向と楓は目を合わせた。

 体調が少しだけ安定してきた日向と楓は、今後起きることが予想される戦争の準備のため、織田の特命状をもって、中部州の各地の城を回っていた。

 その各地で、名隊員を募る話も行った。


「なんだか、旅みたいで楽しいね」

 蒸気車の通れない、補正されていない道を走る時は、馬に乗って移動する。

 日向は馬にのりながら、最後の城に向かう道を思い出した。

「あんさんがのんき過ぎて、わたしは疲れた」

 ゆく先々で向けられる眼に、日向はわざと鈍感なふりをしてきた。


「さっさと終わらせて帰るぞ」

「うん」

 馬に乗って、風をきるように走る。

 隣を見れば、楓がいて、それがどうしようもなく嬉しかった。

 この一週間のあいだ、二人だけで五つの城を回って、宿に泊まった。

 その一日一日が旅のようで日向にとっては良い思い出だった。



「ありがとうございました」

「失礼します」

 もう慣れた目線と対応に、最後の挨拶をすると、日向はほっと息をついた。


「やっと帰れる!」

 山道を駆けて、最後の城をあとにしながら、日向はふぅっと背中を丸めた。


「帰るのにどれくらいかかるかな?」

「二日、はかかるな」

 暮れかけた日を見上げながら、楓が答える。

「そっか」

 この旅ももう終わるんだなぁ、と思いながら馬の手綱を握っていた時、

 ガッ

 目の前を、矢が通った。


「え?」

 向けられた殺気に、馬を引き、黒刀を構える。

「伏せろ」

 楓の声に、馬を飛び降りた。

 ガッガッガッ

 日向の乗っていた馬に矢が大量に刺さり、いなないたと思うと、すぐに動かなくなった。


「毒!」

 日向は殺気の元を探るように周りを見渡した。

 楓が馬から降りると、日向を守るように鎖鎌を構えて、茂った木々の向こうを睨む。

 すると、黒い面をかぶった五人の男が現れた。


「暗殺班か」

 楓がため息交じりに鎌を構えると、左をあごでさす。

「わたしは左の三人やる、さっさと立って残りの二人をやれ」

「うん」

 小さく息を吐いて、黒刀を構える。

 相手は毒を使って、本気でわたしを殺そうとしてる。


 それなら。

 やられる前に、やるまで。

 楓と同時に地面を蹴った。

 大太刀を操る男の間合いに入って、その腹を斬る。

 後方からの弓使いの攻撃を警戒しながら、もう一方の男の刀を防ぐ。

 暗殺にも気をつけろ、と楓には言われていた。

 出される料理も最初に毒見をしてきたほどだ。

 任務を終わらせたここにきて、こうも襲撃を受けるなんて。


 日向は、小さく息を吐いて、目の前の男を斬った。

 人を殺す、そのことに、ためらいはない。

 いままで殺した死獅も、もとは人だった。

 それなら、いま人を殺したとしても、もう変わらない。もう一人もその勢いのまま刀をふるった。


「遅い」

 返り血すらもかかっていない楓が、五人の男を地に這わせていた。

 三人と、それから後方で弓を操っていた二人の男を捕まえていたのだ。


「ごめんごめん」

 楓は鎖鎌で捉えた一人の男の面を外す。

「……はぁ」

 ため息をついて、その男をほどいた。

 捕まった男たちは皆、自害していた。


「暗殺班は、情報を漏らさないように、敵に捕まったら自害するんや」

 そう言って、遠くでいななく馬に向かって歩きはじめた。


「あ、待って」

 その背中を追いかけようと、一歩踏み出したとき、

 ドクンッ

 心臓が一波、ありえないほど大きく波打った。


「うっ」

「日向?」

 息ができない。声が出ない。

 心臓を抑えて、膝を地面に着ける。


 うつむいた口から、鼻から、目からぼたぼたと赤黒い血が落ちる。

 おかしいな。

 目の前が真っ暗になる。

 苦しくて、何もできない。

 あー、もうめがそらせないや。

 ……ぼくは、わたしは、わたしが大嫌いだ。


 身体が、阿修羅が耐えられなくなった。

 脳裏にボロボロに崩れた円盤が浮かんでいた。

 赤黒い錆がついて、ぎしぎしと音をたてて軋んでいる。

 こんな簡単に終わるんだ。

 人生って。


 あーあ、もう疲れた。

 わたし、頑張ったよ。

 人を、死獅をたくさん殺して、そのぶんたくさん殺されかけた。

 目を逸らす方向がないくらい。

 本当に、わたしは、わたしが嫌いだ。


 目からも、鼻からも、口から血が流れる。


「…なた、日向、日向!」

 爪を立てて日向は、肩を揺さぶる楓を押し返す。

 酸素がまわらない、呼吸ができない。

 ただ、苦しい。


「……ろして、殺してッ」

 もう苦しすぎた。もうしんどすぎた。

 立てた爪が楓の肩に食い込んで、血が出ている。


「誰が殺すか」

 馬鹿みたいに力強く足掻く日向を抑えて、歯を食いしばる。

「何が何でも助ける」

 遠くで聞こえる声に、日向はふっと笑って、意識を手放した。


 楓は、動きをとめた日向の心臓に、眼を見開いた。


―― 本当にどうしようもなくなったら、これを使って ――

 司に言われた言葉を思い出す。

 いつか使う日がくると思っていた。

 首から下げた小さな布袋から、それをとりだした。


 それは、すけて先が見えるほどに薄い和紙に、菊の花の模様が二重に描かれた、お札だった。

 菊の模様は、限られた者にしか扱うことは許されない。


 楓は日向を抱えて、森の木陰に移動すると、芝生の上に日向を寝かせた。

 日向の身体はもう生きるのをやめている。


「誰が殺すか」

 もう一度、吐き捨てるように言うと、日向の着物のあわせを解いた。

 日向の胸には包帯が巻かれていて、傷でも隠しているのかと、楓は眉を寄せた。

 考える暇もなかった。

 帯刀していた小刀で日向のさらしを一気に切り裂く。


「は?」

 あらわれた、小ぶりともいえない胸に目を丸くして、それでも、それどころじゃない、と胸を見なかったことにしてその中心に目をうつす。

 そこには、黒いあざが広がっていた。


 小さく息をついて、お札をその上にのせる。ちょうど心臓の真上だ。

 この札の使い方を、楓は知っていた。髪にさした金色と銀色の簪に無意識に触れた。

 右手の全ての指の腹を、大鎌の刃に押しつけて血をだす。

 その右手の指を、札の菊の模様の上に置き、小さく息を吐く。


「六道輪廻……巡り巡って……すべては、貴方様のために」

 脳裏に浮かんだ言葉を口にする。


「お力をお貸しください」

 その言葉と共に、札がゆっくりと日向の肌に溶けていく。

 ゆっくり、ゆっくり、黒い二重の菊の模様が、日向の心臓に絡みつくように肌に描かれていった。

 音もなく、手に残っていた和紙の感触が消えて、楓は息を吐いた。


 ビクンッ

 目の前で目を閉じている日向が、一瞬だけ、小さくはねて、それからまた動かなくなった。

 それでも、二重の菊の模様を宿した心臓は、小さく、本当に微かだけれど、動き始めていた。


「まさか、あんさんでこれをするとはな」

 張りつめていた息をゆっくりと吐くと、さらしを抜きとって、日向の前衣をしっかりと合わせた。

 赤黒い血を拭って、小さく再開した呼吸を聞き取って、楓は日向の頭を胸にあてた。


「お前はいったい、いくつわたしに隠し事をすれば気が済むんや」

 黒い髪をくしゃりと撫で、ゆっくりと横抱きにして立ち上がった。




――・・・――

「龍ちゃん、龍ちゃんこっち」

 小さいけれど、ぎゅっと力強く握られた手が引っ張られる。

「あいつには絶対に龍ちゃんは渡さない」

 真っ直ぐ向けられる真剣な眼。

「約束だよ、絶対にずっと一緒にいようね」

「うん」

――・・・――



「……ん」

 昔の、本当に昔の夢を見ていた気がする。


「起きた!」

 耳元の声にゆっくりと目を覚ます。

「ん?」

 起き上がろうとするけれど、身体は全身が筋肉痛のようにうまく動かせない。


「日向!」

「朝日奈!」

 ぼやけた視界が、だんだんと鮮明になっていく。

 目の前には、深緑の髪の柴波と、青い髪の清、沖奈、それから、青と、緑。


「あれ? ここは?」

 いろんな境界線を渡って行ったり来たりを繰り返したような、不思議な感覚をゆっくりと手放す。


「起きてよかった」

 ほっと息をつく柴波に、清が日向の脈を測りながら微笑む。


「日向、あなた一週間も目を覚まさなかったんだよ」

 え? と声を出そうとして、喉がからからでうまく声が出なかった。


「生きてるのが嘘みたい」

 清の泣きそうな顔に、日向は困ったように笑った。





「またお世話になりました」

 風呂に入り、食事をとって、柔軟をして身体を動かせるようになった日向は小さく会釈をする。

「生きて帰ってきてくれてよかったよ、桜屋敷さんには連絡入れておいたから、あとで迎えに来るってさ」

「ありがとう」

 一週間も眠る前、自分がどうしていたか、日向はほとんど記憶がなかった。


「日向、こっちに来て」

 青と緑に腕を引かれて、二人の部屋についたとき。

 青が扉に鍵をかけた。

 そして、二人は日向を真っ直ぐに見つめた。

 いままでとは違う、酷く真剣な、大人びた顔だった。


「片人様、思い出しました」

「え?」

 くいっと袖を引っ張られ、顔を向けると青い鋭い瞳が日向の眼を射る。


「おれたちの本当の役割」


「王を討ってください」


 その言葉に、日向は眼を見開いた。







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