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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第三章 重見天日 新たな協力者
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第八話 専属研究者 兎丸清




 地下の迷路のような廊下を進むと、厳重に閉ざされた部屋についた。


 扉を開けると中は研究室になっており、そこに白衣を着た女性と、台の上で横たわっている青と緑がいた。


「青! 緑!」

 駆け寄ると、二人は目を閉じていた。


「あ、あの、二人は?」

「寝ちゃったんだよ」

 青みがかった長い黒髪を高い位置で結った女性が、肩をすくめた。


「そっか、疲れちゃったのかな」

 白い広い台の上に、実験体のように横たわっている姿に、心が痛んだ。


 そうだ、ついさっきまで、命からがらここまで逃れてきてたんだ。



「きみが、噂の死獅少年?」

 くいっと顎をつかまれて、視線を上げれば、研究者の女性が興味津々に日向を見つめている。


 真っ赤な唇に、すっと細い顎、丸い眼鏡の奥の切れ長の瞳は、知的な色を込めていた。

 美人さんだ。

 上背は普通の女性より大きく、日向を見下ろしている。二十五歳くらいだろうか。


「あ、朝日奈日向です。この子たちの兄です」

 女性は、目を細めて、ジッと日向を見つめる。

 そして、ペタペタと、遠慮なく日向の身体を触る。


「ぬぁ、なにを!」

 一歩下がれば、一歩近づき、顔、肩、腕や胸、胴から足まで、無遠慮にペタペタと触る。


「やめてくださいよ!」

 顔を真っ赤にして抵抗するが、女性はふくらはぎを触って満足したのか、バッと立ち上がって日向を見つめる。


「……身体に、訳ありだね」

 ギクッとした。


「禄、悪いけど、ちょっと外に出てて」

「わかりました」

 禄が部屋を出ると、日向を近くの椅子に座らせて、女性は足を組んでジッと日向を見つめた。


「はじめまして、会いたかったよ、あたしは兎丸(とまる)(きよ)、清でいい。柴波の専属の医学研究者だよ。医者も兼ねてるけど、専門は治癒薬の研究。死獅は専門外だったんだけど……きみたちには興味があったんだ」

 優美に微笑む清は、大人の女性の色気があふれている。つい、開いたシャツの胸元に目がいってしまう。

 ……あれ、ひらぺったい。


「なるほど、同志か」

 ふむ、とあごに手を当てて納得すると、清は嬉しそうに破顔した。


「はい?」


「きみも、異性の格好をするのが好きなんだね!」

 きらっきらの笑顔で、両手を合わせた清に、日向は唖然とした。


「朝日奈、日向ちゃんだよね! ああ! 初めて同志に会ったよ! 性別は違うけど、こんなところで同じ趣味を見つけられるなんて! あたしって本当に幸せ!」


 えーっと、男装のことは、やっぱりバレてるんだよね? 同志ってことは……。


「き、清さんって、男なんですか?」


「そうだよ、あ、もしかしてわからなかった?」

 ニヤッと笑う清に、日向はこくこくっと頷く。


「嬉しい! 研究に研究を重ねた甲斐があるよ」

 ふんふふんと鼻歌まじりに喜ぶ清に、日向はうるさい心臓を押さえながら聞く。


「なんでわかったんですか?」

「医療を学んでいれば、人体の構造なんて、触ればすぐにわかるよ。きみ、胸潰すくらいしかしてないでしょう? よくそれでバレずにいられたね」

 呆れた様子で眉を上げる清に、はは、と乾いた笑いがこぼれる。


「その……このことは秘密にしてもらえませんか?」

「あ、秘密にしてるんだ、こりゃまた難易度の高い挑戦してるね。秘密にしておくのは別にいいよ」

「ほ、本当ですか?」

「まあ、これから研究が進めば、嫌でもバレると思うけど? 丸裸にして調べ尽くすわけだから」

 ひっと息をのんで両手を胸の前で交差する。


「なんとか、なりませんか?」

「研究中に、友禅と禄をここに入らせなければ、バレないかもしれないけど……」

「お、お願いします! そうしてください」

「無理なんだよね、あたしは雇われてるわけだから、友禅(ゆうぜん)のわがままには断れないときもあるんだよ」

 腕を組んで日向を見る眼は、どこか楽し気だ。


 ここの人は、皆、柴波に似ているのだろうか。


「じゃ、じゃあ、どうすればいいんでしょうか」

「友禅に白状したら?」

 日向は眼を見開いた。


「む、無理です、というかダメです! それこそ、殺されます!」

 名隊は男のみ入れる部隊だ。

 バレた瞬間に消されてしまう。


「そうかな?」

 面白そうに眼を細めた清の視線は、日向の首元に向いている。


「あたしは、友禅が簡単にあなたを殺すとは思えないんだよね」

「そんなことないです、今日も殺されかけました」


「友禅ってね、ああ見えて、かなりの切れ者なんだよ」

「え?」

 突然の話に疑問符が浮かぶ。


「彼の最も評価されるべき点は、戦闘能力じゃない」

 清が艶っぽく微笑む。


「彼の、先を読む力だよ」

 日向は小首を傾げる。


「二手、三手、ときに四手先を読んで、まるで未来が見えているかのように的確な道を選ぶ。そして、自分に一番都合がいい人を、無理やり巻き込むんだ」

 “無理やり”という言葉に、全てが詰まっている気がした。


「彼が、ここにあなたたちを連れてきた時点で、きみたちは彼にとってかなり重要な手札になったんだ」


 ジッと日向を見つめていた清が、ゆっくりと近づいてきた。


 どうしたんだろうと清を見上げていると、その手が首に触れた。


「いいなぁ」


 眼を細めて口元をゆるめた清。


「べつにあたしは女になりたいわけじゃないんだ。女の恰好をするのが好きなだけ」

「へぇ」

 ぼーっと、清を見上げる。


 女装が趣味って、珍しいのかな、初めて会ったけど。


「だから、あたしが女の恰好してるってだけで、警戒しないのは、愚策だよ」

 ハッと眼を見開いた瞬間、日向の視界が回転した。


「うっ」

 完全に油断していた。女性らしい人と関わることが少なかったから、つい油断してしまった。

 清は完全に美女だし。


 床に押し倒され、馬乗りする清を見上げる。


「女らしいあたしでも、簡単に組み伏せられるんだよ」

 優美に笑う清の腕力は、女性のものではなかった。

 それは、成人男性といっても良かった。


「綺麗でも力強い……えっと、どいてくれませんか?」

 清は頬を膨らませる。

 ひどく子供じみたそのしぐさに、日向はへらっと笑った。


「もうちょっと、慌てないの?」

「清さんからは、会ってから一度も殺気を感じてませんし……ぼくを押し倒したときも。だから、まあ、たぶん清さんは大丈夫です」

 清は拍子抜けした、とでもいうように肩をすくめた。


「なるほどね、少女みたいな可愛い容姿に、警戒心の薄さ、言葉の選び方。それから、その余裕と、数え切れないほどの謎……友禅も気に入るわけだわ」

 清は日向の首についた歯形を撫でながら、不満気に言う。


「え?」

「無自覚なのも、罪だね」

 覆いかぶさった清の顔が近づいてきた。


「友禅に食べられる前に、あたしが喰っちゃおうかな」

 清の平たい胸が、日向の潰した胸と重なる。

 大人の女性の甘い香りと、どこか猛々しさのある身体。


 不思議な人だ。

 あれかな、研究者って、変わり者しかなれないのかな。

 ……ん?


「喰うって?」

 近づいてきた清の顔をきょとんと見上げると、その眼の中に男の欲を見た。


「え?」

 ん? 清さん?


「なにしてるんですか」

 上から降ってきた声に、日向は視線を上げた。

 そこには、半目の(ろく)が立っていた。


「あ、いいところだったのに」

「あなたが人払いするから、なにしてるかと思えば、まさか、柴波様のペットを襲うとは……思ってましたけど」

「思ってたんかい!」

 ぐわっと上体を上げた日向は、馬乗りしていた清と向かい合う。


「清さん、変な冗談はやめてくださいよ、せっかく綺麗な変装してるんだから」

「変装って言うな、せめて着飾ってるって言え」


 膨れていた清は、ころっと表情を変えて、嬉しそうにニヤッとした。


「ちょっとはドキドキした?」

「うーん、あんまり……その、あんま経験がないから、こういう冗談は、苦手なんですよ」

 こめかみをかきながら、眉をひそめると、清はなぜか手を合わせて喜んだ。


「初々しい!」

「ここの人は、みんなこういう趣味の悪いいたずらが好きなんですか?」

 むっと顔をしかめると、清は眼を細めた。


「あたしのは冗談だけど、友禅は半分本気だと思うよ」

「は?」

 清は、日向の首についた歯形を撫でた。

 くすぐったくて、身をよじる。


「男が歯形をつけるのは、独占欲の表れなんだよ」

 清の赤い唇から出てきた言葉に、日向は乾いた笑いをこぼす。


「はは、そうですか……これから身を粉にして働かされるんですね」

 遠い目をする日向に、清と禄がため息をつく。


「ま、いまさっきのは謝るよ。ちょっと嫉妬したんだよ」

 ゆっくりと立ち上がる清は、やっぱり女性の色気で溢れている。


「嫉妬?」

 傾げそうになった首を止めて、日向は両手を口にあてる。


 もしかして清さん、“特定の女性をつくらない柴波”のことが好きなのだろうか!


「清さんの恋、応援しますよ!」

「ぶはっ ありがとう、あまり期待しないとくよ」

 清に差し出された手をつかんで、立ち上がる。

 清の手は、やっぱり大きかった。


「清さんは、綺麗で色気もあるし、力も強くてしっかりしてる! きっと柴波さんと付き合えると思いますよ」

 つかんでいた手を見ながら言うと、禄がブハッと吹いた。

 禄は案外笑い上戸なのかもしれない。


「いやー、日向くん、あたしきみのこと気にいったよ、さっきの()()()、できる限り協力してあげる」

 人差し指を赤い唇にあてて微笑む清は、本当にきれいだった。


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「さあ、今日はもう時間も遅いし、きみも疲れたでしょ? 今日のところは終わりにしよう」

 実験台の上で、死んだように眠っている青と緑をチラッと見た清に、日向もうなずいた。


「はい。あの、青と緑は……」

「ちゃんと食事をさせて、部屋で寝させるよ」

「ありがとうございます」

「今日はお家に帰るといい、友禅への挨拶はしなくていいよ」


 清が手を振る。


 青と緑をつれていくことはできない。

 でも、寮に戻らないこともできない。


 本当は、楓と離れてこんなことをしてることすら、いけないのだ。



「ありがとうございます。じゃあ、明日の朝、また来ますね」

「ええ、はやくこの坊やたちの口が利けるように、そうだね、八時に来て」

「はい」

 青と緑の頭を撫でて、禄に案内されて、日向は屋敷をあとにした。







 その晩、隼は眼を見開いて、首元の歯形を指差した。


「それ、どうしたんだ?」

「あー……意地の悪い柴犬に噛まれた」

 苦々しげに呟いて抱きつく日向に、隼は苦笑いをうかべた。


「大丈夫か?」

「……なんとか。隼が慰めてくれたら、元気出る」


 こうなったら、とことん甘えてやる。


 ふっと頭上から笑う声が聞こえて、日向は、大きな手に撫でられる幸せに目を閉じた。




 その後、楓の部屋に眠った日向が運ばれた時、微妙な顔をした楓に、隼は歯形が自分のものじゃないと弁明するのに三分の時間を使ったというのは、日向の知るところではなかった。









いつも読んで下さり本当にありがとうございます。

また、いつもブックマークや評価をしてくださりありがとうございます。とても原動力となっています。

今後とも『阿修羅螺』をよろしくお願いいたします。

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