第二話 千里の行も足下より始まる
日に日に、城下町の治安は悪くなっている。
薄暗い路地裏に、違法移民が住み着いているという噂をよく耳にするようになった。
「なんか、変……」
楓の隣で巡回をしながら、ぼそりと呟いた。
その声をひろった楓は、ちらりと日向を一瞥したが、それ以上の反応を示さなかった。
日向はいつになくきょろきょろとしながら、時折二の腕をさすった。
違和感。
その言葉が日向の第六感を揺さぶった。
なにか、よくわからないものに見られているような、纏わりつかれているような……
それとも……守られている? ような……。
結局、日向は違和感の正体を見つけられず、巡回は、問題なく終わり、午前の任務は終了となった。
寮に戻り、昼食をとった日向は、司からもらった薄灰色に水色の渦巻きの描かれた羽織を着て、城下町を散歩することにした。
今朝の発作以降、なにもなかったかのように身体に異変はなかった。
それよりも、日向は、巡回中の違和感の正体が気になった。
気分を変えるためにも、街を散策することにした。
お店のお菓子なら楓も食べるかな?
あ、今日の夜遊びにいくし、隼にもなんか買おうかな。
自然と足が朝日奈道場に向いた。
しかし、ぱたっと立ち止まった。
「いま、帰ったら……寮に帰りたくなくなっちゃうな」
雲の多い昼下がりの青い空を見上げて、日向はぼそりと呟いた。
人通りの多い城下町を、一人、少しだけ重い足取りで進む。
頬をパンパンっと叩いて、息を吐く。
「よし、暗いのなし! お給料がでたら、父さんと母さんにお土産買って道場に行くんだ! お給料がでたら、胸を張っていこう!」
いまは、だめだ。
たぶん、泣くから。
日向は巡回で通った道を歩きながら、散歩がてら遠回りをしながら、昔おつかいでよくいった和菓子屋へ向かった。
「楓、なになら食べてくれるかな」
よく考えれば、三ヶ月の間に楓が何かを食べている姿を見たことがなかった。
ただでさえ、忙しくさせてしまっているんだ。なにか美味しいものを食べてほしい。
そう思いながら、歩いていた時。
最近、治安が特に悪くなってきた区域に近づいた。
城下町から少し離れた、劣化の激しい古びた家の並ぶ路地の多い場所。低所得者の住む地域だ。
巡回で何度もここで違法移民を捕まえた。
ゾワッ
日向は今朝感じた身体の違和感を思い出した。
あの気持ちの悪い感覚。
「嫌な予感がする」
黒刀を握って、あたりを見回す。この区域が治安が悪いと広まっているため、昼下がりのいまは、だれもいない。
いや……なにか、いる。
―― 生きろ ――
「だれか! 助けて!」
「ぎゃあぁぁぁっ!」
三本先の路地裏。幼い子どもの叫び声が響いた。
日向の身体は勝手に動いた。
鞘に入ったままの黒刀を握り、駆け込んだ路地裏に、三つの影。
大人と思われる大きな影が、鈍器のようなものを振り上げている。
その先に、十歳と八歳くらいの子どもがいた。
子どもたちは、薄汚れ、血を流している。
「待てっ!」
ガッ
子どもたちをかばうように、鈍器を刀で受け止める。
「あぁっ?」
「くっさ!」
酒臭い、汗臭い、汚い男は酔っているようだ。
鈍器は酒瓶だったようで、容易にさばけた。
一般人の男性など、簡単にあしらえる。
「子ども相手に、何をしてるんだ!」
ひと回り大きな男を睨み、鞘に入った黒刀で酒瓶を握っている腕を叩く。
「ひぐ!」
ひどい声を上げ、酒瓶を落とした男を睨み上げる。
「ぼくは名隊員だ、これ以上の無礼は職務の妨害行為になる!」
「はっ! ガキが何言ってんだ」
全くその通りだ。
日向を名隊員だと思える方がすごい。
日向は羽織を着てこなかったことを後悔した。
「それによぉ! そいつは違法移民だ。そいつらのせいでここいらの治安が悪くなってんだ!」
違法移民。
日向はちらりと後ろで血を流して震えている子どもたちを見た。
十歳くらいの少年が、頭から血を流しながら、キッとこちらを睨み、背後の八歳くらいの少年を守っている。
その背後の少年は……うずくまって、立つことも難しそうだ。
どれだけの距離を渡ってきたのか。衣服はボロボロで身体中は薄汚れ、匂いもひどい。
それでも、その少年の眼は、光を失っていない。
二人の少年を見た時、日向は鳥肌がたった。
「この子たちだ」
言葉がもれた。
違和感。
誰かに見られているような、不思議な感覚。
今日の朝から感じたあの不思議な感覚の正体が、本能でわかった。
日向はヘラっと笑って見せた。
「大丈夫だよ」
十歳の少年は、警戒心を高め、ギロッと日向を睨む。
日向は酔っ払いに向き直る。
「違法移民は、しかるべき処置をします。ですが、あなたのしたことは許されない」
「うるせぇ! だいたい、お前らが仕事しねえのが悪いんだ! このクソや――」
逆上した男を、刀で気絶させたとき、背後で気配がした。
「おい、何をしている?」
路地に大柄な男が現れた。
「ひっ」
日向はその声に、ばっと振り返って身体を硬直させた。
なんでいまなんだ。
路地の暗がりでも、その人の纏う空気が、その人だと嫌でもわからせる。
この人が、巡回中だったのか。
「こ、こんにちは! 現在、酔っ払いから子どもを保護していました」
深緑の髪をかきあげた、柴波友禅に姿勢を正す。
「あ? 子ども?」
柴波の疑問形な問いに、日向は、はい、とうなずいて背後を見た。が、そこには子どもはいなかった。
「えっ!?」
ゾワッ
嫌な気配がする。
あの子たちを、死なせちゃだめだ。
絶対に、逆らえないような、逆らったら終わりだと、本能が告げる。
これは、警告なんだ。
「すみません! 失礼します!」
「はぁっ?」
柴波を置いて、少年たちを探す。
四番隊長に対して、許されない行為だ。わかってる。
でも、いまはこっちの方が大事だ。
あの傷と、小さな子の怪我からして、そう遠くには行ってないはず。
見つけなければ!
何故かはわからない、でも、嫌な予感がする。
血が、地面に点々と落ちている。
ああ、嫌だ。
きっと必死で逃げてるんだ。命を狙われて、すがるものもなくて……五年前のわたしみたいに。
血は、四本先の路地のゴミ箱の前で止まっていた。
コンコンッ
木でできたゴミ箱をたたく。
気配がふたつ、この中にある。
「怖がらないで、ぼくはきみたちを助けるよ」
ゆっくりと蓋を開けた瞬間、
ゴッ
「ふげ!」
顔面に勢いよく蹴りをいれられた。
「逃げるぞ!」
年上の少年が、血だらけの少年を引っ張る。
でも、息も絶え絶えの小さな少年は、もう限界そうだった。
―― 生きろ ――
ゾワッ
まただ。
日向は、血だらけの少年を奪い取った。
「なっ」
軽すぎる少年を抱きしめるようにして、顔を真っ青にした十歳の少年を睨む。
「殺したいのか」
この子は、もう歩けない。
そのとき、腕の中、薄っすらと目を開けた小さな少年が、日向を見上げた。
そして、にへらっと笑った。
「姉様……見つけました」
はっと息をのむ十歳の少年に、日向は腕の中で意識を飛ばした少年に呆然とした。
「え? 姉様?」
「うそだ! うそだ!」
怒りを込めて、日向を睨む少年は、何かを知っているようだ。
「お前なんかが、姉様の求めている人なわけない!」
「え? どういう――」
日向は息をひそめ、少年の口をふさいで、ゴミ箱の影に押しつけた。
足音が、二人分。近づいてくる。
片方はたぶん柴波だ。
巡回中の名隊員の任務に、勝手に手を出したんだ。
それなりの罰の覚悟をしなくてはいけない。
違法移民は増え続けている。そして、この戦乱の世、違法移民に人権はないに等しい。
こんなに傷ついた子どもなら、もう、処分されてもおかしくない。
それは、嫌だ。
日向は、この子どもたちを見捨てることはできない。
してはいけないと、心が叫んでいた。
日向は、もがく少年の眼をじっと見つめた。
「いい? ぼくはきみを傷つけない。いまは逃げよう」
薄汚れた顔、その中に光る青い瞳は、日向の眼をじっと見た。
そして、日向の腕の中で眠る少年を見て、警戒しながらも頷いた。
「いい子」
日向は青い瞳の少年の頭をさっと撫でる。血で固まった固い髪に、心がざらっとした。
「走れる?」
感情を押し殺して頷く少年を見て、日向は足音とは反対の、入り組んだ道に走り出した。
朝日奈道場まで、絶対に無事につれていく。




