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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第二章 狂瀾怒濤 名隊五番隊
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第二十四話 阿修羅の研究2



「時間が少し余りましたね……いまさっきつかったこの回復薬って、純度の高いものだと、名隊員の一年分の給料くらいの値段はするんですよ」


 沖奈が、鍵付きの箱に入った十本の試験管の赤い液体を撫でながら言う。

 さきほど使ったためにそれぞれ少しずつ量が減っている。


「基本、死獅は使い捨てだから、あんまり使わないんですけど、精神力が強くて制御しやすい死獅だったり、上のお(・)気(・)に(・)入(・)り(・)だと、たまにこれが使われるんですよね」

 楓は、台の上で力尽きて目をつぶっている日向を見た。


「この回復薬の製造方法、内訳(うちわけ)はおれでも知らないんです。でも……基は、『血(・)』じゃないかって思うんです」

 沖奈が胸元から『血の石』を取り出して、メスで新しくつくった傷に石を当てる。

 しかし、日向の腕の傷にはなんの反応もない。


「うーん、特殊な加工がされているんでしょうか。王の血から死獅が生まれていることからも、色や値段的にも、この考察が妥当だと思ったんですけど」

 ぶつぶつと回復薬の原材料について考える沖奈に、ずっと入り口の近くで座っていた月桂が立ち上がった。


「時間だよ」

「え、もうですか」

 研究室には、日向の血や薬品の瓶が散乱し、沖奈の書きなぐった紙があちこちに落ちて、惨状と化していた。


「なんとも興味深い、狂気じみた研究をしてるってことは分かったよ。わたしは今回かぎりでいいから、これからは楓くんを伴って研究をしてくれ」

 少し顔色の悪い月桂に、全身を日向の血で真っ赤にした楓が、一瞬だけ恨めしそうな顔をした。


「まとめた結果を月曜の夕刻までに届けてくれ」

「上には、おれが報告しますよ」

 沖奈がかぶせるようにそう言うと、月桂はじっと沖奈を見る。

 少しの間見つめ合った後、月桂は心なしか少しだけ冷めた顔で肩をすくめた。


「……わかった、これはきみの専門だ。報告は任せるが、正確にね。わたしも確認はする」

「はい、ありがとうございます」

 月桂は沖奈の返事に背を向けて研究室から出ていった。


「副隊長も、ご協力ありがとうございました」

 満面の笑みで、採集した日向の血を入れた試験管を研究室の棚にしまう沖奈に、楓は無表情で顔についた血をぬぐった。


「ここまでする必要があったんですか」

 沖奈の実験は、日向が回復薬で全快するとわかっていても、狂気じみていた。


「はい、大満足の結果が得られましたから」

 嬉しそうに、再生した白い肌に血まみれの日向の頬を撫でる沖奈は、黒刀を片手にまたぶつぶつと次の研究内容を考えはじめる。

 楓は、同じ年の変人研究者の穴倉から一刻も早く出ようとしたが、血まみれの服に顔をしかめた。


「沖奈さん、ここに着替えや羽織るものはありますか?」

「ああ、一つ上の階に簡易シャワー室がありますよ、寮で支給されてるタオルや浴衣ならありますので、ご自由にお使いください。おれはもう少し日向の研究をするので」

「いえ、わたしが連れて帰ります」

 沖奈が勝手に日向の研究を続行しないよう、台の上で倒れている日向を抱えた。


「え、それならおれが寮まで運びますよ」

「いや、いいです。沖奈さんは研究結果を資料にまとめてください。それから、資料は責任者のわたしにも必ず提出してください。漏れのないように」

 念を押して、抱えあげた日向は驚くほど軽く、冷たかった。


 沖奈に軽く会釈をして研究室を出ると、一つ上の簡易シャワー室に向かった。

 全身から日向の血の匂いがするのは、潔癖症のある楓には耐えられなかった。

 しかし、沖奈と二人きりにするのもはばかれたため、とりあえず脱衣所までは運んだ。


「おい、起きろ」

 脱衣所の棚にもたれさせた日向の服は、乾いた赤黒い血で固くなっていた。

 パンツは黒だったため分かりづらいが、上衣の青かった甚平は色が落ちなさそうだ。

 それは、楓自身の着物も同じで、一着を無駄にしたのがいささか腹立たしかった。


「次は、支給服でやるか」

 そうつぶやいて、次の実験にも参加しなくてはならないことに、深く息を吐いた。

 月桂隊長には逃げられ、責任者として必ず立ち会って監視しなくてはならない立場の楓は、これからの心労を思ってもう一度ため息をついた。


 実験の三時間は、戦争時とは違う悲惨さがあった。

 沖奈は加減を知らないかのように、欲望のままに研究を行う。本当に、文字通り加減を知らないのだ。

 放っておけば、気づいたら日向が死んでいるというのもありえる。



 楓は前髪をかきあげながら、目を閉じた。


「面倒くさい」

 偶然拾った小僧は、名隊に入隊して二週間が経った。

 その間、毎日飽きずに声をかけてきては、食事に誘ったり手伝いを願ってくる。

 楓は、柴波の言葉を思い出す。

――「家畜でも、長い間飼ってると情がわく。早めに処分するんだな」――


「だれが、情なんぞわくか」

 距離を置いても能天気に面倒ごとを起こし、懲りずについてくる駄犬は、楓の日常をひどく喧(やかま)しくしている。


「鬱陶しい」

 楓は上衣を脱ぎながら、脱衣所に置いてある支給服を準備した。


 お前はただの駒や。

 そう心で呟いて、さっきからピクリとも動かない日向の腕をつま先で蹴る。


 沖奈が気まぐれな考察のために、最後にメスでつけた傷がのこっている。

 その傷も、日向の潜在的な回復力で明後日には消えているだろう。


「おい」

 小さな体を棚にあずけた日向の顔は深い眠りについてるように動かない。

 自分が名隊に入った十五歳の時でも、こんなに小さくなかったと思考を巡らしながら、楓は少女のように細い腕を掴んだ。


「起きろ」

「ふぇ?」

 阿呆な顔で眼を覚ました日向に、楓は手を離すと、支給の浴衣の置いてある方をあごで示した。

「さっさと汚れ落として着替えろ、その恰好や寮に戻れん」

「え、もう研究終わったの?」

「ああ」


 真っ白な顔をした日向がのそりと立ち上がった、かと思うとそのまま前にいる楓に倒れこんだ。

 瞬時に日向が近づかないように片手を上げた楓の腕を、日向がすがるようにつかんだ。

「おい」

「え、あれ、なんか、立てないんだけど」

 貧血状態の日向が、ヘラッと困ったように笑って楓を見上げる。

 全身に日向の血を浴びた楓は顔を思いっきりしかめた。


「回復薬で、血液も再生されるんやないんか」

「そう、なのかな? 回復薬じゃ、体力は戻らないんだ、万能じゃないから、血も再生するのに時間がかかるのかも」

 先週、初めて回復薬を使用した後も、日向は半日眠っていた。


「シャワー室に運んでくれない? ついでに浴衣ももって」

「……這(は)っていけ、それくらいの体力はあるやろ」

 楓は日向が必死につかんでいる自分の腕を嫌そうに見ながら言った。


「ちょ、ひどいよ、ぼく頑張ったじゃん」

 駄々をこねる日向に、楓は眉間にしわを寄せたまま口を閉じた。

 正直、日向には後半の記憶はほとんどなかった。阿修羅になれば意識を保つことも難しく、自分が何を言っているのかもよくわかっていなかった。


「ちょっとそこまでだから」

 真っ青な顔色のくせに、のんきにヘラッと笑う日向から、楓は眼をそらした。

 実際に実験の手伝いをした楓にも、負い目はあった。

 楓にも、かなり人道にそれたようなことをしていた気はあったのだ。

 たとえ、それが死獅のような者でも。


「今回だけや、次からは自分で這ってけ」

 日向を小脇に抱え、タオルや浴衣などの支給品をつかむと、個室のシャワー室にほうりこんだ。

「終わったら呼べ」

 バタンッと扉を閉めた楓は、一番距離の離れたシャワー室へ入っていった。




 日向は、支給品を棚に置く。

「疲れた」

 心底疲れたのだ。

 シャワーのお湯をだすのにも一苦労しながら、なんとか血や薬品を落とす。

「お風呂に入りたい」

 名隊に入ってからシャワーだけで、浴槽に浸かっていないことを思い出して、がっくりとする。

 今度、銭湯にでも行こうかなと考えながら、体を洗っていると、手首の御守りが目に入った。


「あれ?」

 黒い生地に灰色の渦巻きが描かれている御守りは、三ヶ月程たつと、灰色の渦巻きが赤くなって変える時期を示す仕様だ。

 その渦巻きが、もうすでに赤くなっている。


「今日の実験で染まっちゃったのかな?」

 パンツで血の被害の少なかったはずの、足首の御守りを見ても赤く染まっていた。

「はやくない?」

 まだ交換してから一ヶ月くらいしか経っていないはずだ。

 変えの御守りは、司がたくさん用意してくれてたから大丈夫だけど、早めに変えないとな。

 日向は以前、隼が御守りを変えるのをやると言ってくれたことを思い出して、寮に戻ったら頼もうと頭のメモに書いていく。



 シャワーを終えて、着替えた頃には、体力が限界だった。

「楓……」

 ノックの音と、楓のしかめっ面を見たのを最後に、日向の意識は途切れた。




 楓は、名前を呼ばれた気がして、なかなか出てこない日向を連れ出すために個室の扉を開けた。

 その途端、なだれこんできた日向を片手で受け止めた。


 体調を崩したのかと、脈を測ろうと首に手を当てると、スヤスヤとのんきな寝息が聞こえた。

 イラッとしてこのままシャワー室に放置しようかと一瞬思ったとき、ふと首元に視線がいった。

 いつも独占欲の表れのように細い首に巻き付いている黒と灰色の御守りが、とれかけていたのだ。

 擦り切れて、後ろ首の複雑に結ばれていた部分がほどけかけていた。

 色も、灰色が赤く染まっている。


「実験のせいか」

 御守りを触られていたのがくすぐったかったのか、眠っている日向がふふっと笑った。

 そのあどけないのんきな寝顔が、十四歳の年相応な表情に見え、楓は首から手を離した。

 敵の多いこの名隊内で、いまさっき自分に研究とはいえ危害を加えた相手の前で、のんきに眠れる目の前の少年に、楓は無性に腹が立った。


 実験を見ていれば見ているほど、日向と阿修羅の生態の謎が深まっていく。

 死獅と似ていて、それでいて、どこか違う。

 実験の時に上がった、日向と大阪国の王の関係の可能性に、楓はひどく心が荒れた。

 日向は、生体からしても、沖奈の言う「お(・)気(・)に(・)入(・)り(・)」だったのかもしれない。


 もし、いまここで日向を殺めれば……。

 そう考え、日向の首に再度手をのばしかけて、やめた。

 スースーと小さな唇から漏れるのんきな寝息に、バカバカしくなった。

 例え、お気に入りだったとしても、いまのこいつは、ただの名隊の犬だ。


「殺せと命が下りたとき、そのとき殺せばええ」

 ため息をついてそのまま小脇に抱えると、楓は寮へ戻った。

 謎が深まった日向を連れて。






【実験結果 メモ】


一、阿修羅の発動条件の確認

・生存・防衛本能により発動 あざに血をぬることで、自我のない力だけの暴走をおこす(死獅と同じ)

 約三分後に日向に戻る(阿修羅特有)

・黒刀でつくった傷の血をあざに塗り、強い精神力を保てれば制御できる(阿修羅特有)


二、阿修羅を抑える薬の確認

・黒い液体のみ(重要:副隊長からもらう)

・今後確認…阿修羅が飲みたいと言った薬


三、回復薬の効果の確認

・純度一~三 皮ふ細胞の再生(深い傷は皮ふのみ 例:貫通傷)

・純度四~七 骨・皮ふ細胞・少量の血液の再生、解毒

・純度八~十 骨・皮ふ細胞・血液の再生(時間がかかる)、解毒







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