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阿修羅螺 ーわたしは生きるために「ぼく」として生き残る-  作者: 朱崎
第一章 一新紀元 日向の出会い 
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第二話 現れた敵


 日向と司は道場の隣に建っている朝日奈家へ向かう。


「今日も、母さんの手伝いしてたの?」

 日向の母は、朝日奈道場の隣で、病院で医者をしている。


「ああ、三日前から毎晩、全身を切り刻まれた人が何十人も運ばれてくるから……『戦学』を休んで手伝いにいってる」

 暗い表情の司に、日向も顔をしかめる。


 平日の午前に通う『中部州戦闘部隊育成学園』略して『戦学』を休んでまで治療をしなくてはならない現状がどれほど危険なのか、日向には分かった。


「大阪国が、天下統一を宣言した日から、だね」

 五年前に、京都の帝を殺し、全日本大陸を脅かした『帝殺しの大阪国』。

 その大阪国が、三日前に、『天下統一』を宣言した。

 日本大陸で唯一中立州を築いてきた愛知国にも、その脅威は迫ってきている。


「大阪国かぁ……」

 日向は、そうつぶやきながら、受験票を無意識に握りしめた。

「夜ご飯、なんだろうね」

 夕方に道場にやってくるときは、司も一緒にご飯を食べるのが決まっている。




「「「「いただきます」」」」

 四人で食卓を囲む。


「三日前から、もう五〇人以上の被害が出たわ」

 母の蘭が暗い表情で話す。

「牙や爪で襲われたような外傷なの、まるで獣に襲われたみたいに……」

「……そうか」

 蘭の報告に、日向はハッと小さく息を吸った。

(獣……)


 日向には、戦争孤児として朝日奈道場にやってきた九歳以前の記憶がない。

 朝日奈道場に拾ってもらった頃から、自分の血が大量に流れるとき、意識がなくなることがあった。

 日向はその経験を恐れていた。

(意識が戻ったとき、決まって誰かが傷ついているんだ)


 日向は、正面に座っている慶次の額についた、九センチほどの傷跡を見た。

(父さんのあの傷ができたときも……)


 五年前、九歳の日向が朝日奈道場にやってきて数か月が経った頃、道場で慶次に稽古をつけてもらっていたとき、日向の頬にかすり傷ができた。

 思いのほか深い傷から、血がでて――


「日向!」

 日向が次に記憶としてもっているのは、額から血を流した慶次が自分を見つめているものだった。

(ぼくが、やったんだ)

 赤い血を見て、日向は泣き叫んだ。

「うあああああああっ」


「日向、お前は日向だ」

 慶次は日向を抱きしめた。

「大丈夫、もう大丈夫だ」

 日向は自分が分からなくなる恐怖と、気づかないうちに人を傷つける恐怖を覚えた。

 

 それ以降も、自分の血が大量に流れることになったとき、意識が飛んだり、何も考えられない間に人を傷つけることが幾度も起きた。

 その姿は、まるで獣のようだった。

 成長していく中で、日向は意識を少しだけ保つことができるようになった。

 そのとき、脳裏に浮かんだ「阿修羅」という言葉。

 そこから、日向は自分で制御できない「自分」のことを「阿修羅」と呼ぶようになった。


(あれ以来、ぼくは自分を保つために修行をしてきた)

 日向は自分の手を見つめた。

(いまは、司が作ってくれる御守りもある。この御守りがあれば、意識や理性がとぶことも、力を出しすぎることもない。獣のように人を襲うこともない)

 ぎゅっと拳を握った。

(もう、血に支配されない)


 無意識に左腰にさしている黒い刀にふれた。

 九歳のときにこの朝日奈道場で拾ってもらった時に、唯一持っていた黒い刀。

 日向は、自分の本当の両親を知りたいとは思っていない。

 日向にとっての家族は、朝日奈家だ。

 でも、この刀は絶対になくしてはいけないものだと日向は本能で感じていた。


「「「「ごちそうさまでした」」」」




「じゃあ、司を家まで送っていくね」

「気をつけていきなさい」

 日向は、慶次にはい、と返事をしてうなずくと、司と玄関まで歩く。




 五年前に起きた、【大阪国の帝殺し事件】。

 大阪国が京都に攻めて、帝を殺した大事件。

 その事件以来、日本大陸の治安は一気に悪化した。


「日向に家に送ってもらうってのも、もう慣れたな。普通はおれが送ってやる立場なのに」

「将来の『名隊』の一番隊長に護衛してもらうなんて、愛知国の首相くらいありがたいことだぞ」

 ふんっと胸を張る日向に、ふっと笑う司。

 十五番隊まである『名隊』の一番隊は、中部州で最も実力のある者たちが集う部隊となる。

「ほんと、自信だけは一人前だ」


「ま、ぼくは強いからね」

 朝日奈道場の門をくぐり、名古屋城近くの司の住む寮へ向かう。

「もう、寮暮らしには慣れた?」

 空には丸い月が浮かんでいる。

 夜を迎えた街は人通りが少なく、静かだった。

 三日前から治安が一気に悪くなったからだろう。


「ああ、大丈夫だ」

 大丈夫とこぼす司の表情は変わらない。

 二年前に起きた中部州の国境で起きた戦争で、両親を亡くした司は『戦学』の孤児のための寮に住んでいる。


 日向は何度も朝日奈道場で一緒に住もうと誘ったが、司は断り続けた。


「こうやって、人と一緒に食事できるだけで、おれは幸せなほうだ」

 ふっと笑う司に、日向はむっと口をとがらせた。

「幸せなほうだ、って何? 人と比べるものじゃないでしょ? 無理しないでよ、いつでも朝日奈家は司を家に迎えるから」

 頬をふくらませる日向に、司は少し目を見開いて、嬉しそうにうなずくと、日向の頭に手をおいた。

「ありがとうな、日向」

 日向は満足そうに笑うと、大きく頷いた。

「うん、司は兄弟みたいなもんだから」

 その言葉に、司はなぜか悲しそうに笑って、

「いまは、それでいいよ」

 と、肩の力を抜いた。



 そのとき、日向はふと立ち止まった。

 司が何かを尋ねようと口を開く前に、日向はある方向をキッと睨んだ。

 その視線の先には、名古屋城。

「どうした?」

「すごく……嫌な気配がする」

 司はハッと息をのんだ。

「早く寮に行こう、例の獣かも」

 名古屋城の城下町に位置する寮に向かって走る。

 次の角を曲がれば、大通りに出る。

 大通りを抜ければ、学生寮はすぐ。


 角を曲がったそのとき――


「ぎゃああああああっ」

 大通りに響くいくつもの叫び声。

 その光景を目にして、日向と司は声も出せず眼を見開いた。


 目の前には、巨大な猪の頭をもつ人外が一軒家を踏みつぶしていた。

 真っ赤な爪が月明かりにギラギラと光る。

 一軒家ほどある巨大な獣の周りには、若葉色の羽織を着た『名隊』が三〇人程囲むように並んでいる。


「『名隊』!」

 これなら、大丈夫だ――

 そう言おうとしたとき、


 ザアァァァァァンッ


 一瞬にして、目の前が紅く染まった。

 獣の五本の指の刀のような爪が、いまは赤く染まっている。


「ゴオォォォォォッ」

 獣の地響きのような叫び声とともに、日向の脳裏に『死』という言葉が浮かんだ。


「に、逃げなきゃ……にげな」

 日向は司の腕をつかんだ。

「つ、司、逃げよ、朝日奈道場まで、父さんに、連絡を」

 震える声を振り絞り、さっき通った角を指さす。

 まだ、あの獣は日向たちに気づいてない。

 司はうなずいて、日向と一緒に音を立てずに、ゆっくりと後退する。

 そのとき、『名隊』の隊員の数名が呻き声を上げた。


 獣がその声に反応して顔を下げる。

「ひっ」

 日向はつい息をのんだ。

 獣が、日向を見た。

―― 死ぬ ――

 本能で感じた。


 獣が両手を下げ、四足動物のような姿勢で日向に向かって走り出す。


「司! 行って!」

 日向は思いっきり司を押すと、同時に左腰にある黒い刀を構えた。

 もう目前まで獣が近づいている。

 

 ここで死ぬの?

 あれから五年、生きたのに

 もう終わり?

 

 ……いや、終わらせてたまるもんか

 あがけ、最後の最期まで、あがくんだ


 震える身体を、心だけで支える。

 自分の頭より大きな眼に、身体よりおおきな牙、刀のような爪。

 どれも見たこともない異形の獣だ。


 日向は地面を蹴った。

 振り下ろされる爪を避けて、間合いに入る。


「死んで、たまるかぁ!」

 ガッ 

 振り下ろした刀は、真横から現れた爪にふさがれた。

「うあっ」

 鋭い爪が日向の左肩に食い込んだ。爪の威力にそのまま吹き飛ばされる。

  ドンッ

 近くの家の壁に背中を強打した。


「日向!」

 司の声に、なんとか意識をつなぐ。

 背中が痛い。刀を握っていた手がジンジンする……。

 日向は痛みを感じながら、薄れていきそうな意識を引き戻そうと努める。


「つ、かさ……にげ、て」

 口の中に鉄の味が広がる。さっきの衝撃で口の中を切ったみたいだ。

 左肩が痛い……


 こんなところで、死んで……たまるか……

 ああ、司がなんか言ってる……


 そこで、日向は壁に背中をあずけ、意識を手放した。



「日向!」

 司は日向の下へ走りだし、目の前の獣に息を飲んだ。

 確実に司を狙った獣に、後ずさる。


(ここで、死ぬのか?)

 司が獣を睨んだ瞬間――


「どけ! 邪魔や!」

 空から声が聞こえた。





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